旅団と、こんなに早く対峙するなんて。


――――約束通り 例の場所で◇ ヒソカ


 リーダーに一言告げて、私はホテルを出た。




 ***34輪***





「早かったね◆」


 乱立している廃墟の中の一角で、ヤツは私を待っていた。隠は使っていないようだが、決して油断はできない。戦る気はない、といいながら、纏うオーラは楽しそうに揺らめいていた。一定の間合いを取ったまま話を始める。


「ボクと組まないか?」
「・・・私には、情報提供者がいる」
のことだろう?」
「な、」


 思わず瞠目すると、ヒソカは可笑しそうにくつくつと笑った。「君たちが仲良しなのは知っているよ」と続け、ねっとりとした視線で私を見る。


「それに、彼女は地下世界で有名な実力者だよ◆ボクら―――旅団とだって繋がりがあるに決まってるじゃないか◇」


 確かに、は<情報屋 零>として名を広めているし、暗殺一家ゾルディック家のお抱え情報屋だ。人脈は私が想像するよりも広いものなのだろう。今更、そんな繋がりを聞かされていても驚きはしない。予測していたことだ。


「じゃあこれは知ってるかい?は、今日、ボクらのアジトに来たよ◆」
「・・・・・・ッ!?」
「団長に連れられてさ◇なんの依頼を受けたかまでは知らないけど、随分親しくしてるみたいだったねえ◆」


 楽しそうに笑うヒソカの声。そして私は、ひと月前のの言葉を思い出していた。


――――あたしは、その日、ある旅団のメンバーに呼び出しを受けている


 あの「メンバー」とは団長のことだったのか。今更ながら彼女に私の記憶のすべてを渡したことが本当に正しい選択だったのか、という問題がつきつけられる。あの記憶は旅団襲撃の一部始終、惨劇状態の村の様子が全て含まれている。決して能力に関わるようなものは渡していないはずだ。それでも。

 後悔は、しない。そう決めたはずだった。しかし旅団の一人を捕え、恐らくこの先戦わざるを得ないだろう状況において、彼女とコンタクトを取ることは得策なのか、否か。私自身の情報を漏らすことは絶対に避けたい。・・・だが、<零>の力は借りたい。これから戦う上で旅団の情報を得ておくことは必須だ。

 どうする。迷いが生じた瞬間、ケータイの簡素なコール音が響いた。


『クラピカ!大変よ、旅団の11番が逃げたわ!』
「何!?奴が?自力でか?」
『いいえ!旅団の仲間がコミュニティーの連中に化けてきたらしいの。どうやらリーダーが電話で連絡した時にはもう入れ換わっていたみたいよ!おそらく、リーダーは殺されたわ』
「!」
『私たちはパターンBに向かってる。すぐに戻ってきて!』


 センリツからの電話が切れると、私はヒソカを見た。


「どうだい?カードは多い方がいいと思うけどね◇」
「・・・・・・」


 緋の目の行方も知らないのであれば、単純な情報交換としての協力関係であるのならば。返答を望むヒソカに、私は口を開いた。


「明日 また同じ時間に」




*




 やっぱり、ね。“毒”はヒソカのことか。


 ホテルの一室で、戻ってきた一匹の≪異界の航海者(サファイア・シーフ)≫から流れ込む情報を確認しながら、あたしはひとつ溜息をついた。あと一匹ずつ、旅団のアジトとオークション襲撃班の方を追わせている。リアルタイム受信みたいな便利なことはできないけれど、多少のタイムラグはあるにしろ蝶が見聞きしたデータをそのまま得ることが出来る。録画した監視カメラの映像ってイメージかな?いやぁ自分で言うのもなんだけれど便利な念だよねー。情報収集には最適だ。

 戻ってきた蝶の代わりに飛び立たせた一匹は、再びヒソカのもとへ。隠を使っているから見つかることは無いと思うけれど・・・。


「気になるのは、クロロはそれを分かっていたうえで泳がせている、ってことかなー」


 分かっていたのにあたしを雇ってわざわざ調べさせたってこと?見当はずれだったら時間がかかったけれど、ドンピシャだったから3日もいらなかった。旅団員の全データと行動を洗い出す必要も無くなって拍子抜け。かといって、この余裕を逃す訳には行かない。つまり2日の空きがあるってことだ。


 ・・・・・・なんだ、この、手のひらの上で踊っているような、気味悪い違和感は。


 嫌な予感がする。

 あくまでもあたしの目的は、「シャルナークとコンタクトを取ること」であって、過去の真実を知りたいだけ。そのためには旅団に取り入って信用を得る必要がある。クラピカが旅団と戦ってその手を血に染めたって、あたしには関係ない。だってクラピカからの依頼は、「旅団の情報提供」だ。それ以下もそれ以上も求められてない。だから、関係ない。あたしは、ちゃんと自分の考えで動いているはずだ。




 その、はずなのに。




 ズキリと痛んだ胸の奥に気付かないふりをしながら、それでも瞼の裏に蘇るのは、彼の。――――優しく笑う、あの。




 ――――が生きていて、よかった




 ああ、そんなの。



 あたしだって、クラピカが生きていてよかったと、
 ――――幸せになってほしいって、思ったのに。



 思考に沈みかけた瞬間、唐突、に。

 吐きそうなほどの殺気を感じてあたしは跳ね起きた。ベッドのスプリングが軋んで音を立てる。と同時に漂ってくる血の匂い、悲鳴、暴れる音。かなり近い。反射的に行った円が侵入者を捉えて、あたしは思わず息をのんだ。こいつって。

 窓から踊りこんできた彼は、あたしを見て素っ頓狂な声を上げた。


「≪零≫じゃねーか!なんだ、とんでもねぇオーラを感じると思ったらお前かよ」
「う、ウヴォーギン?」


 思わず目を白黒させていると、威嚇するように視線を鋭くして彼はオーラの力を強める。いやいやちょっと待ってよなにがどうなってるの!


「ちょっとちょっとなんで臨戦態勢なわけ!人の宿泊してる部屋に飛び込んできて詫びのひとつもないの?」
「・・・いや、それもそうだな。悪ィ。あ、≪零≫、ビールねぇか?」
「はあ?」


 臨戦態勢を崩したと思いきやのその図々しい問いに、あたしは思わず脱力した。














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130915