クロロと数人を残して蜘蛛はヨークシン・オークション会場へと出発する。威圧的なオーラが減って、我知らず息をついた。よく考えたらあたし、敵陣のど真ん中にいるわけで。一挙一動に細心の注意を払いながら、オーラを整えた。下手な戦闘も、疑いも避けたい。 ***32輪*** 「零。お前は俺の言った依頼をこなせ。いつまでにできる?」 「・・・・・・いつまでに、やれって言うの?」 「3日以内」 「・・・・・・・・・・無茶だ。やってみるけど」 「やれ」 有無を言わさない迫力にあたしは仕方なく受け入れるしかなかった。 情報収集用の念能力<異界の航海者(サファイア・シーフ)>は、ほとんどの障害をゼロにして無限にデータを集めてくることができる。ただし真偽を選別することは不可能なので、膨大なデータを選別するのはあたしの役目だ。ソースから篩にかけることはできるけれど、噂だって侮れない。 つまり情報の選別作業が一番時間も手間もかかるわけで。収集自体はさほど大変ではないのだ。制限が、ないから。(出せる蝶の数は限界があるけれど)100のデータがあるとして、そのうち70は嘘だと考えていい。だからこそ情報屋という仕事は、質が求められる。無駄なデータは命取りになりかねないから。 まあとにかくそういうわけで、クロロから受けた「毒を探せ」なんつー無茶な依頼は本当に無茶だってわかってほしい。キィ・ワードが全くわからないし闇雲に蝶を飛ばしても無駄足になるのがわかりきっている。情報屋と探偵を勘違いしてるだろ。出来ないなんて絶対に言わないけれど。 「・・・どーしたもんかなぁ」 何より問題なのが、<異界の航海者(サファイア・シーフ)>は一度使うと解除するまで新しく飛ばすことができない点だ。しかも蝶は帰ってくるまで解除出来ないし、どれだけ時間がかかるかなんてわからない。おまけに難しい情報ほど時間がかかる。限界数まで飛ばすわけにはいかない。まずはストックから蜘蛛のデータを洗い出すことが先決だろう。 「ねぇクロロ。ちょっといい?」 「なんだ、シャル」 「零なんだけど。ちょっと借りていい?」 「――――ああ」 軽い足跡とともに戻ってきた金に近い茶髪の青年が、クロロにそう声をかけたところであたしの思考は現実に引き戻された。印象的な色の瞳がこっちを向く。 「・・・・・・私に用?」 「ということで零、ちょっと付き合ってもらうよ。こっち来て」 「ここじゃ言えないの?」 「まぁね」 声に含んだ色に、ぞくっと背筋が冷たくなった。口の中が乾く。早く、と言わんばかりの彼の呼ぶところへと、あたしは地を蹴る。物言わぬ静かなクロロの瞳があたしをじっと見たけれど、それには視線を返さずに、廃墟の一角へと歩を進めた。 「・・・・・・さて」 静まり返った廃墟の一角で、彼――シャルナークは、振り返らずに佇んでいた。振り返ったその瞬間、その瞳の色にあたしは息をのむ。風が足元を吹き抜けていった。カラカラと干乾びた葉が音を立てた。 「エート。『情報屋 零』だよね?」 「ええ」 「ふーん。じゃあ、さ」 「・・・ッ!」 一瞬、だった。 油断していたわけではない。むしろ最大限に気を張っていた。けれどその一瞬、ほんの一瞬きっとあたしはどこかに気を取られた。その瞬間、あたしは崩れかけた壁に勢いよく押し付けられていた。すごく近いところに彼の顔があって、だけど決して甘い雰囲気は無かった。ピリピリと痛いほどの殺気を感じる。 首筋に当てられたナイフが冷たい輝きを放つ。押し付けられたときにぶつけた背中はさほど痛くはなかったけれど、静かに沸々と流れ出る怒気が緊迫感をはらんでいる。 「何で、オレの従妹の姿をしてるわけ?」 「・・・・・・」 「その顔ならなにかができると思った?どうやって調べたんだ?――――まぁ零にそんなこと聞いたって答えてくれるわけないか」 自嘲気味な笑みが唇に浮かんだけれど、目は少しも笑っていない。ナイフが放ち続ける冷たい光は、あたしの首筋で神経質そうに揺れた。 「答えろ。――――なんのつもりでその姿をしている」 「・・・答える必要はないな。悪いけど」 「へえ。まあ団長の女だっていうけどオレには関係ないし、・・・・・・ッ!?」 壁に押し付けられているだけであるから決して両手は塞がっているわけではない。空いている左手でナイフに触れた瞬間に、刃の部分を強制的に錆で腐食させた。刃の先の方からじわりと、瞬く間に嫌な色をした錆が埋め尽くし、それに驚いた隙をついて膝蹴りをみぞおちに叩き込んだ。 「くっ!」 怯んだその刹那、あたしは両腕を合わせて頭上に大きく振りかぶる。勢い任せにシャルの首筋に叩き込もうとして―――すかさず腕を捕えられる。たちまちのうちにねじりあげられそうになり、右足を重心に勢いよく足払いをかけた。ゆるんだ拘束から抜け出して、数メートルの間合いを取る。 「・・・・・・話す気はないってこと?」 「・・・・・・・・・」 冷たい視線に沈黙する。捕まれていた腕が痛かった。力任せに捻られていたのだろう、後で痣になるなぁなんて考えがよぎる。 ここで話していいのかなんてわからなかった。 あたしの本名が・で、彼のいう「従妹」張本人で、 あたしは彼をずっとずっと探していたことなんて、 ――――いま、言っていいのかなんて、 「ふーん。まあいいけど。零、オレはまだ納得してないから」 「・・・そう」 「そろそろあいつら追いかけなきゃだし。また後で、ね」 一方的にそう言って彼はあたしを一人残して去っていった。戦闘解除で息をつく。一人残されたこの部屋で、今の攻防で乱れた髪を結びなおそうとゴムを引っ張った。ぱさりと灰銀のかった青い髪が肩に落ちる。 聞きたいことがあった。 彼に会いたかったのは、“真実”が知りたかったから。 炎に飲まれて死んだ家族。 交通事故で死んだ叔母夫婦。 知りたいことが、あったから。 あたしは『情報屋 零』として生きている。 ぶる、とケータイが震えた。メール着信の相手を見て、あたしは静かに返信を打つとクロロの方へ足を向けた。静かに本を読み続けている彼は、それでも一瞬の隙がない。 「依頼をこなせばここにずっといる必要はないよね?」 「・・・そうだな」 「3日後、結果を伝えに来る。それじゃ」 ←BACK**NEXT→ 130117 |