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「・・・Amazing grace how sweet the sound・・・」 煙る雨に夜景が遠くかすむ。窓ガラスを伝う雫が冷たい光を放つ。結局握りつぶした例のホームコードに、あたしは連絡を入れられないままで。求めていたものがすぐそばにあると知ったのに、どうしようもなく怖かった。今の、彼を知るのが。 ***28輪*** 「すまないな、依頼者である私が出向くべきなのに」 「いや、別にかまわないよ。料金加算するけど」 「はは、ミオトらしいな」 8月の半ば。数月ぶりに再会したクラピカは思っていた通り痩せていた。もともと細いほうなのに、かなり体重を落としたらしく顕著に表情に表れている。無茶ばっかしたんだろうと少し眉をひそめた。こんな短期間で念を習得した彼の覚悟が見える様で。 クラピカはゴンとキルアとは違う。あの2人は文字通り天性の才能があるし、なによりもすぐれているのが、子供であるせいか、全てを「楽しんで」いることだ。それはいい意味の余裕になる。だけど、クラピカは。 「それよりもクラピカ、随分がんばったんだね。強くなった」 「―――ミオトにそう言ってもらえると、私も嬉しいよ」 にこりと浮かべるのは愛想笑い。・・・強くなったかもしれないけれど。 「ここは私の雇主の館でね。無茶を言って時間をもらい、部屋を借りたのだよ。だからあまり長い時間は割けない」 「うん、把握してる」 やたらと豪華で広い館。だけどところどころから家主の趣味の悪さが露呈している。そもそもあたしが通される時もかなりの制限を食らった。もちろん部屋の外には何人もの警備の人間が。おそらくここには監視カメラだってあるだろう。ビロード張りのソファ、シャンデリア。場にそぐわない人間の生首の彫刻。居心地は最悪だ。 「では、本題に入ろう」 「・・・」 「幻影旅団の情報が欲しい。基本的なデータは私ももう手に入れている。人数・・・慈善活動から凶悪犯罪まで手を染める集団。そんな情報じゃない、旅団員の能力、スペック、顔、名前―――即、彼らに繋がる情報が欲しい」 どくんと彼の瞳が紅く煌めく。前にしながらあたしはすぅと息をととのえて、オーラを切り替える。≪零≫へと。ふわりと髪が自然と凪いだ。 「幻影旅団の情報、ね。 確かに私は多くの情報を握ってる。依頼も多いからね、彼らほどのクラスの賞金首となると。彼らの襲った場所のリスト、盗った物品のリスト、人数。それだけでも充分に売れるから」 だからあたしはろくに調べてこなかった。だけど知る必要が出来てしまった。今のあたしは、多分業界随一の旅団データを所持している。そう言った意味では彼が≪零≫に声をかけたのは正しい。 「だけどクラピカ―――私はあんたには売れないよ」 「・・・何故だ」 ハンター試験の時にも同じセリフを言った。だけれど彼はあのときとは違い、とても冷静に、静かにあたしを見つめる。 「私に―――感情移入して売れないというのなら、やめてもらえないか、ミオト」 「はっ!」 思わず嘲笑が漏れた。ぐっと押し黙る彼の表情が初めて崩れる。ざあざあと降る雨の音が耳に痛い、痛い。 「≪零≫を見くびるな。ミオトは関係ない。私は契約が満たされればどんな相手にだって情報は売る。それがたとえ悪魔や死神の使いであっても」 「・・・・・・ならなぜ」 「クラピカ。―――旅団はSランクのデータ。DやEランクのものもあるけれど、あなたが求めているのは少なくともBから上。データのランクは調べる分でのリスクと難度、更に情報をひきわたす上での危険指数からつけてる。ランクが上なほど、“情報を持っている危険”が上回る」 世の中には知らなくていいことがたくさんある。知っているだけで自分の身が危険にさらされる。そんな情報はたくさんある。そしてもちろん、旅団のデータも“情報を持っている危険”はハイレベルだ。 「・・・つまり、私に支払い能力が無いということか」 「察しがいいね、流石だ」 クラピカの財力は無いに等しいだろう。そりゃあこうやって働いているわけだから多少の契約金、一族の遺産、あるにはあってもあたしへの支払いができるほどではない。彼が欲しがっているデータは、それだけのリスクと引き換えだ。 「それなら―――問題はない」 「―――――は?」 「≪零≫は金銭だけの取引ではないのだろう?金銭以上に値打ちがある“情報”ならば取引可能なはずだ」 「・・・・・・・・・確かにね。じゃあ、何を払ってくれる?この≪零≫が知りえないデータなんて、相当のものしかないはずだけど?」 例えば。クロロの場合、一緒にいるだけで多少の“支払”になるのだ。彼が口にする一言がすべて貴重なデータ。もちろん彼の場合はお金も貰うけれど、かなりの割引になっている。だって取引のために一緒にいる時間ですら、≪零≫にとっては売買可能な“情報”だ。その分を差し引いた金額を彼からは頂いている。 だけど、クラピカとは違う。クロロの場合は、存在そのものが賞金首でどんな小さな事柄でもお金になるから。クラピカはそうじゃない。 「記憶だ」 「は?」 「―――クルタ族襲撃の全ての記憶を私が情報提供料として支払おう」 「・・・!?」 「クルタの生き残りは私だけだ。必要なら一族の習慣やら伝説やらも提供するが、≪零≫の欲している情報とは違うだろう?“あのとき”の全てを知っているのは私だけだ。それは≪零≫ですら知りえない情報であると判断したが」 「・・・っ」 確かにそうだ。その記憶を対価とするのなら情報提供も確かに可能。だけど、それは彼にとって最大の禁忌ではないのか。仲間や友人、恋人であっても誰にも侵されたくない領域。―――ああ、だから。 だから、彼はあたしとの間にこんなに深い一線を引いたのか。 「・・・わかった。取引成立だね」 「ならよかった。よろしく頼む」 「了解。対価を貰ってからデータの受け渡しという形になるけど。・・・そのあとなら、いつ呼び出して情報を引き出しても構わないよ、対価分までなら、だけど」 クラピカの差し出す情報がどのくらいの価値のあるものか、あたしにだってわからない。だけどおそらく相当のものだろう。だから、きっとあたしは彼に旅団の情報を与え続けるのだろう。それがクラピカ自身の首を絞めるものになるであろう、としても。 「それで構わない。いつでも、というのは?」 「そのときに欲しい情報があるなら、それについて一言連絡をくれれば調べてから駆け付けられる。調べなくても提供できる情報なら今でもいいよ?―――ああその前に、このビン」 『記憶屋』から借りている小さなガラスの瓶を差し出す。不思議そうに受け取るクラピカに、人差指をその瓶の口につけるように指示をする。 「『あのとき』の一番印象に残っていることを思い出して」 そう告げた瞬間、納得したのかクラピカはひとつ頷くとそっと目を閉じた。唇を噛んで寄せた眉が震えて、その瞬間にオーラが指先からあふれ出した。瓶の口元までいっぱいになったのを見届けて、あたしはそっとクラピカの肩に触れて終わったことを告げる。彼の開いた紅の瞳がすぅっと元の碧い瞳に戻ったのを見届けて、あたしは瓶の口を閉じた。 「これが対価、ね」 「・・・ああ」 「確かに受け取ったよ。料金換算は自宅でさせてもらうけれど」 タイミング良くノックが鳴り響いた。時間だ、とばかりにソファから立ち上がったクラピカは、カバンを持ち上げたあたしを送り届けようと一緒に扉を抜けた。ゴツいいかにも「そっち」の仕事をしていますと言わんばかりの男性と一言二言交わすと、玄関外まで一緒に来てくれた。 「―――今日はありがとう。ミオト」 「・・・ん。全然。あたしの方こそ、いい商売をさせてもらったよ」 降り続いていた雨はいつしか止んでいた。夕闇にクラピカの金色の髪が揺れる。ほんの少し笑みを浮かべた彼に、どこか安心した自分がいた。なにやってんだろう、あたし。 「久々に会えてうれしかった。本当だ」 「うん、あたしも」 「ゴンとキルアは元気か?」 「元気だよ。最後に会ったのは5月ごろだけど」 「そうか・・・レオリオは?」 「あはは、こないだメール来てた。勉強に勤しんでるみたい」 そうか、と彼はそっと笑った。うん、とあたしも笑顔を返す。さっきまで殺伐とした空気を漂わせていたのが嘘みたいだ。だけれど、もう彼とあたしはただ単なる友人ではなくて、契約で結ばれた関係だ。なんて色気のない繋がりだろうか。 「――――ひとつ教えてあげる」 「・・・なんだ?」 「約二週間後の9月1日。―――あたしは、その日、ある旅団のメンバーに呼び出しを受けている」 「・・・・・・!?」 「今言えるのはここまで。ああ、ちなみにこの日に呼び出しは受けられないから。先に成立してた契約だから優先させて貰うよ。それじゃあね、クラピカ」 「待っ、」 彼が言う前にあたしは地を蹴った。神速というほど足が速いわけではないけれどそこそこ速いからには、気が動転している彼にはきっと追いつけないだろう。人ごみに紛れるようにして飛行船の乗り場まで来て乗り込む。そんな風にして家に帰りついて、あたしは深くため息をついてベッドに身を投げた。 こんなに辛い仕事、初めてかもしれない。 ←BACK**NEXT→ 111106 |