届くデータの全てが示す真実。
 あたしが、これほどまでに自分の能力を呪ったことがあっただろうか。知らないほうがよかった、知らなければよかったのかもしれない。世の中にはそんなことが溢れていて、それでもあたしは自ら進んでこの職を選んだ。

 けれど。


「・・・ヒソカ死ね」


 八つ当たりのようにその名を口にして、あたしは顔を覆った。





 ***27輪***





『データに勝るものは生きる記憶だよね◆』
「なにそんな、・・・わかりきったことを。それがあたしの弱点と言うのなら甘いよ、ヒソカ」


 バトルから数日後、あたしにかかってきた一本の電話。相手はヒソカで、こないだの言葉の続き――零の弱点、をわざわざ知らせに来てくれた、と。なにはともあれあたしはこの瞬間、このケータイの解約を決意した。そりゃあ仕事用のだしプライベートのはもう1台あるけど、とりあえずヤツにバレているのが不快だ。


「弱点てそれだけ?切るよ」
『まぁまぁ◇零は情報屋とはいえ、情報を全て握ってるわけじゃないんだよね?』
「・・・それがなにか」


 世界中にデマも含めて溢れる情報を常に一度に握るのは不可能だ。多少は収集してあるからストックがあれば依頼が来た瞬間に流すことも可能だけれど、いかんせん『零』のところに来る依頼はそんな生易しいものじゃない。だから依頼を受けたら調査して引き渡す。その代わり依頼から調査して引き渡しまではこの業界では最速を誇っているはず、今さらそんなタイムロスをとやかく言われる筋合いは無い。


『依頼を受けないと調査しない◆君の弱点はそこだよ◇』
「・・・・・・・どういう意味」
『僕らについて限界まで調べてみるといいよ◆』
「はぁ?」


 電話の向こうから漏れ聞こえるくつくつという不快な笑い声。


『零の実力は折り紙つきじゃないか◇』
「何を、」


 言ってる。どういう意味だ。それって、まさか、つまり、


『君の従兄弟は僕らの仲間だ◆―――幻影旅団の団員だよ◇』
「・・・・・・・!!!」


 そうして思わず息を飲んだのは、数時間前だ。

 ヒソカの電話が切れるや否やあたしは全ての情報網を駆使して旅団を調べつくした。それでも手に入らないデータもあったし、見つからないものも多くあった。それでも動いた甲斐はあって、充分すぎるほどの情報が手に入った。もちろん記憶屋にも押しかけて、また大量の対価と引き換えに記憶を売ってもらった。

 今の、あたしの頭の中には。旅団に出会い殺された、または運よく生き延びた人々の記憶がいくつも眠っている。

 そして知った、事実。


「・・・はは」


 泣きたいような笑いたいような、感情がごちゃ混ぜになって上手く表情を作れない。本当は気付いていた、少しだけ。手を尽くして探した?そんなの、「一般人の領域内」だけに決まってるじゃないか。アングラ世界に彼がいることなんて、考えたくはなかった。

 旅団の一員。符合する様々な事象。もう誤魔化しなんてきかない。彼があのときからなんら変わっていないのなら、きっとあたしと似たようなことをしているだろう。そもそも、あたしがネットやパソコンを扱えるようになったのは彼の影響だ。


「どーしよっかなぁ・・・」


 手に入れた連絡手段、しかもホームコードの番号を見つめながらあたしは小さく呟く。


「なにが?」
「連絡するべきか否か・・・どひゃああ!?


 耳元に落ちたテノールボイスに悲鳴を上げる。振り向きながらあたしは咄嗟にキーを1つ2つ叩いてデータを閉じた。切り替わる画面に不満そうな色をその目に浮かべながら、そこに立っていたのは。


「い、イルミ・・・!」
「よく逃げたりなんかしてくれたよね。いい度胸してるよね相変わらず」
「い、いやあのちょっとその」
「別にオレは構わないけどね。というかって≪零≫やってけてるのってオレのおかげだってこと承知してないだろ」
「や、してる、してるから!」


 こんな危険な仕事をして特徴的容姿まで割れてるのにあたしが比較的安全なのは後ろにゾルディック家がいるからだ。「ゾルディック家お抱えの情報屋」という肩書は結構頼れるものであって、まだ十代後半の小娘でしかないあたしが安定して仕事を受けれるカードでもある。


「本当に?わかってないよね、雇主の家で好き勝手やってくれるし鉄格子壊すし」
「・・・・!!」
「なにあれ?鉄格子、酸素で腐食させたの?サビで真っ赤に変色してたんだけど」
「・・・・・・・う」
「あとで処理するうちの使用人の身にもなってくれる?」
「そ、そんなのイルミだって気にしない癖にっ」
「そうなんだけどね」
「認めんのかよ!」


 とそんな会話を交わしながらも徐々に椅子ごと壁に追いつめられていく。とん、と肩が壁に触れて、あ、ヤバい。と顔を引きつらせた。表情の少ない顔が迫ってくる。


「そろそろお仕置きしたほうがよくない?―――
「っ、ひ!ちょ、ちょっとっ、イルミ!」


 ぱさりと長い黒髪で視界が覆われて、ざらりと生温かいものが首筋を舐めて、後ろは壁で、骨ばった長くて綺麗な指がTシャツの裾からはいりこんできて腰を撫ぜて―――・・・ってちょっと待て!!


「この、むっつりエロ!は、な、せ―――ッふぁ!」
「ていうか今回はが全面的に悪いし」


 風邪引いてダウンしたのはあたしが悪いけどそのあと軟禁状態にしたイルミに非が無いとでも言うのか!!だってあたし普通に仕事だってあったし、そんなのイルミだってわかってるくせに、なんて、全部言いたいのに言葉にならない!


「ちょ、ヤだ、ヤだってばイルミ、」


 触るのはともかく脱がされると火傷が、


「――――ッ嫌!」


 お構いなしに動いていた腕が止まる。完全な拒絶だった。思わず叫んだ喉が震えて、気まずい沈黙が落ちる。


「(あ。ホントに泣かせちゃった)ごめん、やりすぎた。―――見ないから」
「っ、や、だって・・・言ってる・・・!」
「うん。ごめん。泣かないで?」


 表情の起伏の少ない声が、珍しく困ったような色を帯びていた。きっと、あたしにしかわからない程度の変化。あたしは腕で顔を覆ったまま、引きつる呼吸を整えようと必死で酸素を求めた。とんとん、と優しい手があたしの背中に触れる。まるで幼子をなだめるみたいに。


「ごめんイルミ、・・・もう、大丈夫」
「そう?まあいいけど」


 あと着信あったよ?とパソコンを指差される。一瞬呆然と目をしばたたかせて、それからあたしは慌ててデスクの前に戻った。


「依頼――・・・え」


 依頼者の名前を見てあたしは手を止めた。




 ――――クラピカ――――



「・・・≪零≫への正式依頼・・・!?」


 新規の依頼者は久しぶりで、しかもクラピカだ、なんて。 

 そもそもかなりガードの硬い≪零≫は基本的にお得意様ばっかりだ。自力でたどり着ける人ももちろんいるけれど、誰かからの紹介っていうのも珍しくない。そんななか、クラピカはきっと自力で辿りついている。あたし、まで。全てが、おそらくは彼の覚悟の証。


「誰から?」
「いくらイルミが相手でも、依頼者の情報公開はお金取るよ」
「言うと思った」


 声とオーラを≪零≫に切り替えて言うと、彼はふと唇に笑みの気配を含ませて、あたしの頭に手を置いた。不思議そうに見上げると、イルミはぐしゃぐしゃと無造作にあたしの髪をまぜっかえす。


「ねえ、変わったね」
「・・・え?」
「変わったよ」


 そんなこと言われるとは思っていなくて、あたしは思わず呆然とただイルミの黒い瞳を見つめた。ついこないだには、そう確かクロロには「お前は変わらない」って言われたと思うんだけ、ど。


「綺麗になった」
「・・・・・・・・・・・はぁ?」
「撤回。その間抜けヅラやめてくれる」


 なにそれ。


「イルミがデレてる気持ち悪い・・・」
「本当に失礼だよね












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