「申し訳ありません様。イルミ様より言いつかっておりますので、ここから出すことはできません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あのヤロウ・・・・・・」


 なんで熱が下がったのに部屋から出られないんだよあたしは!!




 ***22輪***




 ドアには鍵、その前には執事2人、部屋には監視カメラ、窓には鉄格子。部屋のつくりはすごく豪華で、家具も装具もシャランラ☆って感じなのに、そういう「似つかわしくないもの」のおかげであたしは神経がかなり研ぎ澄まされていた。いや、ゾルディックには何度かお邪魔したことがあるから環境的には慣れてるんだけども。

 そう、あたしはいま、ここから出られない状況にある。


「イルミのやろー、あたしどんだけ信用ないんだ・・・」


 熱が下がるまでは仕方ないんだけど、しっかりばっちり治ったいま、あたしがこの部屋に留まらなきゃならない理由などない。なのに、先述の通り、あたしはここから出られない。言わせてもらえば軟禁状態だ。


「つーかあたしもう熱下がったんですけど。あの、もう平気なんですけど」
「申し訳ありません。イルミ様からのお言いつけに私どもは従うのみでございます」
「ちょっとそのイルミさん呼んで頂けます?」
「ただいまイルミ様はお仕事に向かわれました。お帰りになるのは1か月後でございます」
「・・・・・・!!!」


 部屋の前にいる執事にそう訴えるとそんなそっけない返事が返ってきた。あのヤロウ自分の目であたしが治ったことを確かめない限り出さないつもりか。ふざけんな暇じゃないんだよあたしは!あのバカ!

 かといって主人の言いつけしかきかない執事とこれ以上問答していてもらちが明かないので、あっさりあたしは引きさがって部屋に戻る。脱出、開始だ。キルアにも会いたいしね。ゴンたちも心配してるだろうし。・・・なにより仕事がまずい。


「円・・・は苦手なんだよねー」


 指で唇に触れて、あたしは思案気に目を細めた。まずは情報収集が先。ゾルディック家を甘くは見ていない。不用意に窓の鉄格子を壊してなにかセキュリティとかが発動してはたまったものではない。円は苦手でこのあたしを中心とした15メートル程度しか広げられないから、すぅ、とあたしは右手を上げた。現れる15匹の青い蝶。あたしの出せる限界の数だ。んー、広いからなあ、ここ。 

 意思どおりに窓から飛んで行った蝶を見届けて、それからあたしは下ろしていた髪を束ねる。監視カメラは、うん、・・・放置だ。破壊くらいできるけど下手に手を出すと逆に見つかっちゃうし。もうあれだ、見つかる前にここから抜け出すしかない。


「お!よし、帰ってきた」


 ひらひらと帰ってきた蝶の持ってきたデータが脳裏に閃く。――――あたしがいるのは本邸の5階西の一室。執事は部屋の前に2人、右隣の部屋は使用人が掃除中、左、上下の部屋は誰もいない。3階下の廊下を歩いてるのは使用人――――・・・そして、そのなかの一つの情報にあたしは思考を一瞬止めた。

 地下・・・かな。広い部屋。2人。話してる。両方知ってるオーラだ。かなり強いほうが、あれだ、あの人だ。シルバさんだ。そんでもう片方が・・・ああ、そうか。キルアだ。そこから少し離れた場所に2人。ゼノさんとあの豚野郎がいる。庭には猛スピードで移動してるキキョウさんとカルト?何故。それから、・・・えっ!?


「はあ!?ゴンとクラピカとレオリオ、だよねコレ。うっそ執事室の近くにまでいる!どんだけ短期間で門をクリアしたんだアイツら!」


 えええ、成長スピードハンパなさすぎだろあいつら!って、そんなこと考えている場合じゃなかった。調べた限り、抜け出せそうではある。イルミがいないのも大きいな。あいつがいたら無理だ。


「よし」


 さてと、逃げるか。

 触れた鉄格子がばきりと音を立ててがらん、と足元に落ちる。ふわりと窓から外に飛んだ。すぐ外の木に飛び移る。


「かといってすぐバレるだろうし。さー急げ」




*




 ぱたぱたと軽い足音に、あたしは顔がニヤけるのを感じた。躊躇いなく茂みから飛び出すと、足音の主が立ち止まる。そうして嬉しそうに笑った。


!」
「よっ、キルア」


 うわ傷だらけだコイツ。


「ってかなんでここに?どこから出てきたんだよお前!執事室かと思ってた」
「あー、深く気にすんな」


 並んで走りながら、執事室に無事到着する。我慢できないように「ゴンー!!」と名を呼ぶキルアが可愛い。頭を下げる執事たちを尻目に中に飛び込むと、執事たちに囲まれた3人があたしたちを出迎えた。


「キルア!!!」
「ゴン!あと、えーとクラピカ!リオレオ!!」
「レオリオ!!」
「ついでか?・・・も、熱は」
「あ、治った!ごめん、心配かけて」


 ていうか熱だって知られてたのか。心配そうに顔をのぞいてくるクラピカに笑顔を返すと、ほっと一息つかれる。おお、絵になるな。


「さっそくだけど出発しようぜ!ここにいるとおふくろがうるせーからさ」


 そう言ってすたすたと歩き出すキルアに引っ張られて外に出る。歩きながら、あたしはふと振り返った。なんだかすっごく怒りそうなイルミが想像できる。これはもしかしてヤバイかもしれない。まあいいや、全力で逃げよう。


「ところで3人とも、ほんとに門クリアしたの?」
「おおよ!!オレ様なんか2の門まで開けたぜ!」
「だっせー、オレ、3まで開くぜ」
「お前と一緒にすんな!!キルア!!」
は5まで開くって言ってたよ?」


 あっけらかんと言ったゴンがあたしを見上げる。それを聞いたキルアがバケモンでも見るような目をした。・・・実はあれ、練をした状態でってことなんだけども。さすがに念無しだとどうだろう。2か3ってとこなんだけど・・・。


「・・・さー、実は女じゃねえだろ」
よしキルアお前あとで覚えてろよ





 *





「お前、本当にガンコだなー、ハンター試験合格したんだろ?なら観光ビザなんかなくたってずっと外国滞在できるんだぜ!」


 無事ゾルディック家を出て街を歩きながら、キルアがそう言ってゴンの額を小突いた。ゴンはハンター証を使わずわざわざ普通にビザを取得して入国したらしい。うんうん、と頷くクラピカとレオリオ。まあそりゃそうだ、なんでわざわざ。そう言うと、ゴンは困ったように眉を寄せた。


「だって決めたんだもん。やること全部やってから使うって」
「やること?なにそれ」
「えーと、まずはお世話になった人にあいさつに行って、なんとかカイトと連絡とって落し物を返したいし・・・そして一番肝心なのは」


 そう言いながらゴンはごそごそと懐からなんだか懐かしいものを取り出した。それ、試験のナンバープレート?


「かくかくしかじかで渡されたこのプレートをヒソカに顔面パンチのおまけつきで叩き返す!そうしないうちは絶対ハンター証は使わないって決めたんだ!!」
「ふーん。で、ヒソカの居場所は?」


 鼻息荒く言い終えたゴンに、キルアがずっぱりと突っ込んだ。途端に目を点にした彼に、あたしたちは一様にため息をついた。やっぱりか。


「私が知ってるよ、ゴン」
「本当?」
「ああ」


 頷くクラピカを見上げた。レオリオが素直に疑問を口にすると、返ってきた「本人に直接聞いたから」。思わずあたしは息をのむ。それってもしかして、試験中に交わしていた意味深なシーン?同じことを思ったらしいレオリオが聞く。


「あの時か?」
「講習が終わった後だ」
「・・・関係は、あるね?」
「まあな」
「―――ねぇクラピカ。訊いていい?あのとき、何を言われた?」


 しばらくの沈黙の後、彼は昏い目で答えを返す。


「“クモについて”」


――――いいことを教えよう◆



「・・・講習のあと、ヒソカに問いただした。すると、


 9月1日 ヨークシンシティで待ってる◇


 だ、そうだ」
「9月1日?」


 待て、ちょっと待て、それって。


「世界最大のオークションが開かれる日だね」
「ああ」
「オークション?」


 ゴンが不思議そうに上げた声に、あたしは頷く。


「9月1日から10日、世界中から珍品、希少品、国宝級の貴重品が集まる。もちろんその何十倍もの偽物もね。それらを目指して海千山千の亡者たちが欲望を満たすために集まる。世界で一番金が集まる場所だよ。有名だね」
「旅団が来るってことか」
「かもな。少なくとも関わりの深い連中はごまんと来るだろう」


 かももなにもない。確実な情報だ。だってあたしはついこないだ、その団長に言われたばかりだ。そう、しかもよりにもよって「依頼」つきで。でも何故、それをヒソカが知っている?半年も後の情報を、この『零』であるあたしよりも先に。しょっちゅう旅団にまつわる依頼は入ってくるから彼らの動向は頻繁に調べてるあたしですら、こないだクロロから聞かなければ知らなかったレベルだ。それってつまり、ヒソカは。


「というわけでその日ヒソカはヨークシンのどこかにいるはずだ。見つけたら連絡するよ」
「わかった、ありがと!」


 クラピカの声にあたしは思考から引きずり戻された。至った結論は恐らく外れてないけれど、この場で言うべきことじゃない。


「じゃあ、私はここで失礼する」
「え?」
「キルアとも再会できたし、私は区切りがついた。オークションに参加するためには金が必要だしな。これからは本格的にハンターとして、雇主を探す」


 そっか。クラピカはブラックリストハンター志望だったっけ。標的は旅団しか見えてないだろうけれど。実はかなり近いところにいるってこと、彼は気づいてるんだろうか・・・。でもヒソカのあの禍々しい強さはなんとなく納得できたけれど。


「さて、オレも故郷へ戻るぜ」
「レオリオも!?」
「やっぱり医者の夢は捨てきれねェ。国立医大に受かれば、ハンター証でバカ高い授業料は免除されるからな。これから帰ってもう勉強しねーとな」
「そっか、頑張ってね。は?」
「んー、あたしはまた一回帰って仕事かな?」


 後回しにしちゃった依頼もあるし。そう言うと、ゴンは少し寂しそうに笑った。その頭を優しく撫でて、レオリオはにっと笑う。


「また会おうぜ。そうだな、次は―――」




 9月1日、ヨークシンシティで!
















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 ちょっとずつの能力の片鱗が覗いてますが・・・
 まだ分かりませんよね?え、バレちゃったりしてるんでしょうか←





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