「けほ、げほ、うえっほぉ、へっくしょいっ!」 「大丈夫ですか、様」 「あははー、だ、大丈夫!」 「そうおっしゃるのならよいですが。どうぞご自愛くださいませ」 ゾルディックの使用人にそう返して、あたしは鼻をすすった。アレ?試験中にかかってた風邪、ぶりかえしたのかなあ。とっくに治ったと思ってたんだけど。 ***21輪*** ごごっ、と響く低い音。着陸だ。飛行船が降りたのは門のすぐ前だった。お抱え情報屋であるあたしでさえ、彼らにとっては部外者であるわけで。もちろん試しの門をくぐる必要がある。 「!?」 「へ?ゴン、にクラピカにレオリオ?」 とんとん、とステアを降りて目に入ったのは、動きやすい格好の上からお揃いのベストを着用した見知った3人の姿だった。たちまちゴンが抱きついてくる。抱きとめたその異常な重さにぎょっとして、それから納得した。ベストが重い。なるほど、試しの門が開かなかったから特訓中ってわけか。 「・・・あれ?」 「どした?」 「・・・・・・ううん。なんでもない。仕事終わったの?遅かったね、!」 「これでも全速力でやってきたんだけどね。そういえば骨折してなかったっけ、ゴン?」 「うん、もう治ったよ!」 「・・・・・・・まだ試験から1週間くらいしか経ってないと思うんだけど・・・?」 なんだその驚異的な治癒力は。呆れかえって彼を見下ろすと、本当にうれしそうな瞳が返ってきた。もーやだこの子かわいい。半分理性を失いそうになっているところに駆けてきたのは、クラピカとレオリオで。おお、なんかたくましくなったような気がする。 「遅かったな」 「あのすっごい頑張ったんですけどあり得ないスピードで来たんですけど」 「そ、そうか?すまない」 「遅かったじゃねーかオメーはよー!」 「何回言わすんだてめえらは」 さっきから同じことばっか繰り返してるぞ。彼らの後ろによく知っている顔を見つけて、あたしは抱きしめたままだったゴンを解放して軽く会釈した。すると人の良さそうな笑顔が返ってくる。 「久しぶりですなぁ、さん」 「本当に。ゼブロさんも変わらないようですね」 「ええ。・・・この3人とはお友達ですか?」 「・・・はい。ハンター試験でね」 「―――では、キルアぼっちゃんも?」 ゼブロさんの目がほんの少し見開かれた。頷くとその目に優しそうな色がともった。「そうですか」とそれだけ言って彼は頷く。薄く笑みを返して、あたしは3人を見回した。 「試しの門が開かなかったんだね?」 「ああ。ゼブロさんのご好意に甘えて、こうして特訓中なんだ」 「ったく本当にバケモンだよなー!こんなもん開かねえっつうの」 「・・・は、開けられるの?」 ゴンの透明な瞳があたしを見た。クラピカとレオリオが目を瞠る。少し苦笑して、あたしは門を見上げた。そうだなあ、いくつまで開いたっけな。 「確か5の門までは開いたよ」 「「ごぉ!?」」 「ろ、64トンの腕力か!?」 うん、その辺までは開いたはず。さすがに5になると調子がいいか悪いかによって開くか開かないかってとこだけど。軽く指を鳴らして、門に近づこうとした瞬間、唐突に背後に気配を感じ取ってあたしは息をのんで後ろを振り返った。濃厚な独特の気配。こんなに近くなるまで気付かなかったなんて。自分の不甲斐なさに舌打ちたくなった。 「。なにやってんの」 「・・・・・・イルミ」 黒髪がさらりと揺れる。静かに感情の見えない瞳が微妙になにかを含んでるような気をして、あたしは思わずぞっとした。3人は勿論、ゼブロさんすらも彼の出現には今になるまで気づかなかったようで。こいつ絶かなんかしてたんじゃないだろうな・・・。一気にその場の空気が凍る。 「暇人?」 「んなわけあるか」 「じゃあどうしたの?オレ呼んでないよ、別に」 返答に困る。すると彼は軽くため息をついてあたしを見下ろした。 「キル?」 「うん、まあ」 「・・・別にキルを連れ出しに来ようが、オレには関係ないけどさ」 「へ」 なにそれいいのかよ。てっきり全力で止められに来たのかと思ってしまった。けれど、だからといって思わず気を抜いたあたしは、このあと目いっぱい後悔することになった。 「はまず自分の心配しなよ」 「は?・・・な、」 ざぁっと目の前が暗転した。 * 「!?」 「何をした!!」 ふわりと黒髪が凪いだと同時に目を見開いたは、声もなくその場にくず折れて、細く華奢な体がキルアの兄であるその青年に抱きとめられた。そのまま彼はの体を抱き上げる。 「になにしたんだっ!」 「うるさいな。気付かなかったの?」 叫んだゴンの声に、闇色の瞳が答えた。逆に問われて息をのんだゴンに私は眉根を寄せ、レオリオははっとするように声を上げた。 「まさか、おい・・・!」 「気付いた?じゃ、そういうことで」 「・・・待て、どういう」 全く話についていけず、私は思わずレオリオのひじを掴んだ。ためらうように視線をさまよわせた後、彼は私のほうは見ずにのほうから目を離さないまま、答える。 「のヤツ、熱かなんかあるぞ」 「・・・は・・・!?」 「うん、そうだと思う。さっきオレ、に抱きついた時、熱かったから。気のせいかと思ったんだけど・・・」 「当たり前だろ。が万全の状態だったらオレが近づいてることくらいとっくに気づいてただろうし」 淡々と言う青年は、そのまま身を翻した。華奢なの体を簡単に肩に担ぎあげて、そのまま器用に両手で試しの門を押そうと門の壁に手を置いた。 「をどこに連れていく気だ?」 「家だけど?」 「・・・・・・」 あまりにも平然と答えられて、何も言えずに私たちはその姿を見詰めた。次々と開いて行く門を見もせずに、彼はスタスタと去っていく。後ろ姿が見えなくなるよりも先に、無情な音を立てて門が閉まった。レオリオが軽く舌打つ。 「気付かなかったぜ、あいつ。うまく隠してやがったな」 「・・・ううん、多分、も気づいてなかったんじゃないかな・・・」 ゴンが心配そうな眼を門の向こうへ向けて言った。確かに、いつもと何ら変わりのないように見えた。医者志望であるレオリオですら気付かなかった。私自身だってそれなりに観察眼があると自負している。それでも気付かなかったのだ。それほどにはいつも通りだった。 「そういえば試験の時から、風邪をひいていなかったか?」 「あー・・・。確かに、オレが薬をやったな」 ぶり返したのだろうか。全速力でやってきた、そう言っていたが、まさか無理してやってきたのではないか。試験が終わって一息つく間もなく飛び出していった彼女が、「仕事」を処理してからやってくるには確かに随分早かったように思える。1週間すら経過していないのだ。今さらながら申し訳ない気分になってくる。 それと同時に、気になったのはあの青年だった。何故が風邪を引いていることに気づいたのだろうか。ただの雇用主と雇われ情報屋という関係、それだけのようにはどうしても思えない、そしてそう考えた自分自身に戸惑う。 「・・・でも、大丈夫だと思うよ。」 「ゴン?」 「なんか、・・・そんな気がするんだ」 変かな?そう言ってゴンはくしゃりと笑ったが、その気持ちは分かった。そして私たちが、今、しなければならないことは。この門を開けられるほどの。実力を自分自身につけることなのだ。 増えた心配事にため息をつきたい気分に駆られながら、私たちは目の前に立ちはだかる高い壁を見上げた。 * 「んー・・・」 「あれ、起きたの?」 ちょっと手加減しすぎたかな?なんて物騒な声が聞こえる。目を開けると、妙にどこか無機質な天井が飛び込んできた。それから異様に綺麗な黒髪。しばらくぼうっとしていた頭が覚醒してくるにつれ、状況が呑み込めてきた。 「・・・・・・え、あのー・・・イルミさん・・・?」 「なに?」 「・・・なんでこんなことになってるんでしょうか・・・?」 「馬鹿?馬鹿なの?」 「なんで突然罵倒すんの!?」 罵倒されなきゃいかんよーなことあたしはしたんですか。はぁー・・・、と深いため息をついて、イルミはあたしをまさに「じろり」と擬音でもするような目であたしを見る。 「体調管理もできないの」 「へっ?」 「38度9分」 「・・・・・・え?」 「よくそんな状態でこんなとこに来るね」 あの、めちゃくちゃ怒ってるんですけど。 どうしよう。今回はまずい気がする。あれです、放たれてるオーラが完全にキレてる。え、なに。どうしようこれ。え?あたし熱とかあったの?・・・・・・とにかく謝る。謝ろう。なんか理不尽な気がするけどこの際なんでもいいや。 「ごめんなさい」 「なんなの?素直に謝ればいいと思ってるわけ?」 「え、ちょっ・・・いやそんなことは、・・・すみませんほんとすみませんすみませんでしたごめんなさい」 謝れば謝るほどどんどんイルミの目が冷たくなっていくんですが。まずい。まずいよ。ていうか病人にそんなにプレッシャーかけないでください・・・。 「とにかく寝てて。あとこれも飲んで」 「・・・もしやとはおもいますけど、毒薬じゃな」「風邪薬だよ」 だって心配になるじゃないか。あたしはこの家の住人みたいな特殊な体はしていないんだ。下手なもん出されたらさすがにいくらなんでも死ぬんだ。それは初めてこの家に呼ばれたときに味わった。お茶を飲んだだけで軽く仮死状態に陥ったあの恐怖は忘れないぞ! 「・・・ていうかあの、イルミ?あたし案外平気っていうか、」 「聞いてなかったの?熱があるの。寝てって言ってるの」 「・・・・・・でもあの、」 「黙れば?」 そしてあたしは降参した。確かに眠りたかったのは事実だし、素直に寝かせてもらおう。ていうかここから動かせて貰えないんですよね。結局イルミからベッドを降りる許可が出たのはそれから4日後だった。熱が長引いたせいもあるけど、イルミが大げさだったともあたしは思っている。別に全然平気だったんだけどな。 ←BACK**NEXT→ 100314 |