「だから腰に触んなっつってんの」 「・・・・・・」 全く油断ならないなコイツは。 ***20輪*** 「―――――以上。あたしが仕入れた情報はこんなもんよ」 「充分だ。これだけの量のデータをよくこんな短期間で仕入れたな」 「・・・無茶だってことは理解してたんかい。じゃあもうこんな依頼はしないで頂けます?」 「報酬はふりこんでおく」 無視かい。 あたしの小さな願いを普通にスルーして、クロロはグラスを口元にまで運ぶ。シャトー・ラフィット・ロートシルトの1870年もの、赤の超高級ワインだ。ためらうことなく注文した彼は、お金持ってんだろうか。盗賊が大金を持っているイメージはあまりない。・・・ドレス買ってもらったあたしが言うことじゃないけど。 深く深く暗い青色のドレス。ほとんど黒で、光の加減で時折青色にきらめくくらいの色だ。形はシンプルなマーメイドラインで、胸元の合わせが複雑なおかげで火傷も全く見えない。ついでに淡色のストールなんかもあるので、胸の露出は気にならなかった。ドレスって胸の大きく開いたデザインのものが多いから、ちょっと心配していたのだけれど。クロロは、そんなあたしのことを知ってか知らずか、彼が選んだのはそんなデザインのものだった。 「似合うじゃないか」 「どうも。あんたの言いなりってのも腹が立つけれどね」 髪もメイクもバッグですらも彼のサポートで鮮やかにコーディネートされて。・・・別にいいけど、最後にネイルサロンに放り込まれた時はさすがにうんざりした。疲れたっちゅーねん。正直こうまでやられるのは不快だったけれど、抵抗するのも面倒で。結局こんなことになっている。 「ん、さすが超高級ワイン。美味しい」 遠慮なく飲んだワインはさすがのものだった。料理もフルコースで完璧。確かに、これだけ至れり尽くせりされれば・・・普通の女の子は、オチる。と思う。なんで情報屋との取引をするためだけにこんなにされなくてはならないんだろうか・・・。毎回疑問でならないけど(要するにあたしが目当てなんだろうけれど)あたしはそんな彼の意図を毎回無視している。今回も、そこで席を立った。 「じゃ。これで依頼成立ね。あたしこれからまた用があるから」 「またすぐに次の依頼か?相変わらず忙しいな」 「商売繁盛、ありがたいじゃん。報酬はいつもの通り、よろしく」 「ああ」 そうしてドレスのすそを翻して、ふと思い立ってあたしは振り返る。 「クロロのとこにも情報屋、いなかったっけ」 「情報屋?―――ああ、そういうのが得意な団員はいるが。お前は会ったことはなかったのか?」 「シズクとマチとパクノダとウヴォーギンとノブナガは知ってる。それ以外はない」 「お前が名前も知らないのか?」 「いや、別に調べたことがないだけ。そもそも旅団の情報なんて、たった表面上のものでも高く売れるからそこまで深いこと調べないの。さっき言った5人は会ったことがあるだけだよ」 手間がかかるし、依頼が入らないと普通は調べないのだ。だから全然、知らない。そうなのか、とクロロは頷く。 「いや、あいつには別のことを頼んでいる」 「へぇ、そう。まあいいけど」 カツン、と華奢なヒールが音を立てる。そこで背中に声がかかった。その言葉に返事をして、そのままあたしはレストランのドアを抜けた。 ――――――9月1日、ヨークシンシティで。 * 「よっし!このあとハルキのとこ戻って―――」 ハルキのとこ戻って、ゾルディックに向かう!まぁ依頼もあるけど、承認してないし緊急性も低いやつばっかだったから後回しでもいい、だろう。そんでもって・・・そんでもって、どっかで家に帰る時間が、欲しいな・・・。 ドレスはそのままで、再び飛行船に乗る。え、どうなんだろこれ。さすがに着替えとくべきだったかなー、ま、いっか。・・・今度こそテロリストに巻き込まれませんように。そうしてまた、あたしは客席に体を沈めた。 「着いたアァァ――――――――ッ!!」 「・・・うるせーぞお前・・・なんだその格好」 「素直に綺麗だって褒めなさいよ」 「なんでだよ」 メイクは多少崩れてるだろうけど。言うと、ハルキは本気で不愉快そうな顔をした。なにそれ。失礼じゃないですかあんた。普段表情の動かないアサタカが、あたしを見て少しだけ瞠目した。おお。驚いたのか。 「・・・仮装か?」 「ふざけんな」 それはそうと。 あたしが慌ててここに帰ってきたのは理由がある。ハルキにこないだの分の対価を渡すためだ。これ以上引き延ばすと、あたしにとって不利になりかねない。彼の能力にはそんな特質がある。 「さて、さっさと始めてくれない?あたし、これから用があるから」 「ったく慌ただしいヤツだな。んじゃアサタカ、こいつをいつものところに」 「ああ」 アサタカに連れられて、簡易ベッドの上に横たわった。無防備な姿をさらすのは苦手だけれど、これだけは仕方ない。ハルキの冷たい手が閉じた瞼の上に乗った。独特のオーラをそこに感じる。意識がどんどん遠ざかっていく。 「“グェト ナクト(おやすみ)”」 そのままあたしは彼の言葉に従って、意識を手放した。 * ぼぅ、と淡い光がを包んだ。簡素なベッドにドレスのままで横たわった彼女は、完全に意識を失くしている様でちらりとも動かない。その横の椅子に腰かけて、の額の上に手をかざしているのは黒髪の小柄な少年だ。その少年、ハルキの感情の見えない瞳は一度も瞬きすることがない。 アサタカはその姿を見やってから、ガラス棚を開けると中から小さな小瓶をいくつか取り出し、ハルキの座る椅子のサイドテーブルの上に置いた。 「・・・・・・さんきゅ、アサタカ」 「ああ」 から目を離さずに、ハルキは右手だけをかざしたまま、左手だけをサイドテーブルの小瓶に移す。そして、アサタカの手で開けられたその瓶の口に指を差し込むと、ハルキの指からオーラが溢れだした。 「・・・ッ、ハンター試験、か。貴重な記憶だな」 「濃いだろう。休憩しながらやったらどうだ」 「そうしたいところだけどさ。こいつ、まだなんか用があるんだろー?」 はぁ、とため息をついたハルキは肩をすくめたけれども、そのままその作業を続行した。次から次へと一杯になる小さな瓶を器用に変えながら、彼は一度大きく深呼吸をする。が聞いていたら絶対に言わないような言葉だ。 「本人の前で言ってやればいいだろう」 「うるせー!こいつの前でそんなこと言ったら、調子乗んじゃねえかっ」 ああわかったわかった、というように返すと、ハルキは不満げに鼻を鳴らす。 「こいつと組んでるのは、質のいい記憶を大量に持ってるからだっつーの!さすが情報屋やってるだけあっていい経験積んでるしさ」 ぶつくさと文句を呟きながらも作業を続けるハルキの言葉をまるっきり無視して、アサタカは一杯になった瓶に封をして棚に戻していく。「ちょっと聞いてんのかよアサタカっ!」そんな声に適当に返事して、アサタカは作業に集中するように告げた。 * 「終わったっ!?」 「終わったようるせーな!!」 目が覚めると同時に跳ね起きて、あたしはベッドから飛び降りた。疲れた顔で肩を鳴らすハルキは、アサタカに淹れてもらったらしい紅茶を手にソファに沈みこんでいた。いやあたしもかなり疲れてるんですけど。 対価、というのは「記憶」だ。彼は「記憶屋」。人の記憶を売っている。あたしの情報が文字や映像での単なるデータ、だとしたら、彼が売っているのは特定の個人の持つ「記憶そのもの」。情報収集としての意味でもハルキの能力はあたしも重宝している。記憶をどう収集しているか、はあたしも詳しくは知らないのだけれど。 「よしきたアサタカ!シャワー借りるよ!!」 「何故だ」 「着替える!!いつまでもドレスのままじゃ不便!」 ドレス姿でゾルディックに向かうわけにはいかないんです。 返事も聞かずに風呂場に飛び込んだ。着替えなら荷物に入ってる。そのまま大慌てで身だしなみを整えて、あたしはいつもの格好で飛び出して荷物をひっつかんで2人に別れを「じゃそゆことで!」告げた。そんでもって次に、ゾルディック専用の飛行船を呼び出す。 「よ、ようやく行けるぜゾルディック・・・」 こんなにあんな家に行こうと思うだなんて・・・。好きな場所では決してない。あんなに居心地の悪い場所もまたとない。でもとにかく、ゴンとクラピカとレオリオと、キルアが待ってる。てゆーかあの3人じゃそもそも本邸どころか執事館にも辿りつけないだろ。今なにやってんだ一体。 ゾルディックの飛行船に乗りこんで、あたしは窓の外を見ながら考えた。あと2時間もしないかな。 ←BACK**NEXT→ 100207 |