「随分久々じゃねーかよ」
「んなことないっつの。2週間前に会ったじゃん」
「嫌味だバカ」


 険のある言い方をされて、あたしの眉間には思いきりしわが寄った。家にも帰らず頑張って帰ってきたっていうのに、それしか言うことないのかお前は!





 ***18輪***





「正式な契約で頼んだんだから文句は受け付けません。こちとら正真正銘“クライアント”だし」
「そもそもこんなの引き受けること自体、オレたちにとっては例外中の例外なんだけど!」
「契約したのはアンタじゃん!あれは正式契約、いまさらグチなんて言わないでくれるこのドチビ!」
「ドチ・・・ッ!?うるっせえくるくる頭のくせしやがって!!ここまで面倒だと思わなかったんだよ!」
「あのねぇあたしは普段はあんたらへのつなぎ役までやってんだから!ちょっとは感謝しろっつのっ!!」
「そこまで」


 重低音ボイスが不毛な言い争いを遮った。あたしたちは顔を見合わせてからため息をつく。真黒な髪の少年は、ひとつ咳払いをしてからもう一度あたしを見た。


「・・・とりあえず、おかえり。これは言っとく」
「そうだな。・・・で、なんの用だったんだ?」


 ああ、そうだ。言ってなかったんだ。最低限のことしか告げずに慌ただしくあたしはハンター試験に向かったので、この2人には仕事の代理しか頼まずに飛び出したんだった。なんせ試験を受けることすら突然だったし。あのトンデモ師匠のおかげで。だから予定を全部取り消して、ここに飛び込んで無理やり頼んで試験を受けに行ったわけだ。よくやったなあ。自分で自分に感心する。


「ハンター試験受けてた」
「はあ!?お前それ言ってけよな!!下手したら一カ月くらいかかんだぞあの試験!!」
「・・・まあ、それはいい。で、合格したのか?」


 2人に見つめられ、あたしは軽やかに笑った。


「もちろん!」





 この2人は通称「記憶屋」。見た目から、おそらくジャポン国あたりの出身だということがなんとなく想像できるが、正確な国籍は知らないしそもそもそんなものないかもしれない。ともかく、実働役のハルキとデスクワーク兼護衛役のアサタカで成り立っているこの店は、あたしのお得意様であり常連店でもある。ちなみに店長である、実権を握っているのはハルキ―――チビで童顔で黒短髪黒目の、実年齢はどうやらあたしと同じ17歳くらいらしいのだけど、正直な話14歳くらいにしか見えない少年―――のほうだ。

 で、補佐役のアサタカは、暗めの胸まで流れる長い髪を頭の後ろでくくった青年だ。身長は高く、あたしよりも中指ひとつ分も小さいハルキと並ぶと見事にでこぼこコンビ。だってアサタカとあたしが並んだって、あたしの頭は彼の肩にすら届かない。ジャスト胸の位置かなってとこだ。見た目はスラッとしてるけど、脱いだらすごいタイプ。じゃないと護衛役なんてやってらんないだろうし。で、目は金色で、鋭い。26歳、彼女はいないらしい。ちなみにコレはハルキに聞いた話だ。


「カノジョ?前、いたぜ。今はいないはずだけど」


 無責任に軽くハルキはそう言った。そりゃいただろう、一人や二人くらいは。2人とも顔は結構きれいなほうだと思うわけですが。特にアサタカはもろ美形なのだ。ハルキの話だと客相手には口調も表情も柔らかくなるらしい。ほんとかよ・・・。


「ところで依頼って?あたしの承認なしじゃ依頼は成立しないようになってるはずなんだけど」
「オレのお得意様なんだよ。信用度が高いし、お前もいつも受けてる人だ。緊急性もあるし、“お前が一番居場所を知られたくない相手”だろうから、ここで断ったり連絡しなかったらめんどくさいことになると思って勝手に承認させてもらった。まぁ帰ってこなかった時の対処も考えておいたし」
「・・・お前それホントに考えた?」
「あ?うん。適当に情報流そうと思っ」
ふざけんな


 全くなんてやつだ!呆れた。あたしの信用を台無しにする気か。いつもそういうのを止めるのはアサタカの役目なのに、今回はどうしたんだろうか。そう思ってあたしは彼を見上げた。するとアサタカは表情の乏しい顔で答える。


「止めた時にはもう承認していた」
「・・・さいですか・・・」


 だめだ、この際グダグダ言っても仕方ない。さっさと終わらせてゾルディックに行こう。あたしはそう結論付けると、一言ハルキに告げてパソコン前に座った。預けておいたメインプログラムを起動させて依頼確認。零への依頼は、実はかなり厳重に縛られたパスワードやページを発見しないとできないのだ。




 ウィン、と機械の起動音が鳴る。まずはネット上のとあるページにアクセス。そもそもこのページのURLを手に入れるのも普通は難しいはずだけど。そのページでは暗号化されているホームコードを取得できる。ここまでで第一段階。ホームコードにダイヤルすると、音声が発信される。


「********************」


 流れる音声は特殊な念波音。常人には不快な音の羅列にしか聞こえない。そこで聞き取った言葉を一字一句違わずに、さっきのページのパスワード入力部分に入力。すると新たな暗号ページが現れる。それを解読すると、メインパスワードを手に入れることができ、更にページ内の隠しページに入力。すると画面全部が真っ青なページへ飛ぶ。それが依頼画面だ。依頼は直接零のホストコンピュータに届き、零が依頼確認として契約者と連絡を取る。この連絡は専用の機械音を使用してホームコードで行われるのだ。正直ここまで厳重にする必要もなかったんだけど、こうなったのはゾルディックのお抱えになってからだ。つまり、あたしが狙われることも多くなった、という意味でもある。それでもまだ軽いほうらしい。でも正直、これ以上難しくしちゃうと依頼者がいなくなっちゃうんですけど・・・。

 ハルキとアサタカに頼んだのは、このページの管理だ。別に放置しててもよかったのだけど、あたしは同じ方法で『記憶屋』へのつなぎ役も担当してるので、その依頼が2人へのものだった場合を考えたのだ。あたしあての依頼ならともかく『記憶屋』への依頼までストップさせるわけにはいかない。この2人の生活までかかってるわけだし。・・・まさか、余計なことまでされるとは思わなかったけどさあ・・・。

 そしてあたしは改めて依頼を確認する。承認待ちが3件。・・・で、すでに承認済みが1件。こいつか・・・。メールを開く。差出人は。


≪クロロ・ルシルフル≫


 思いきりしわの寄った眉間を押さえつつ、あたしは大きくため息をついた。内容ももちろん、いつもの如く超難題だ。国家機密レベルの情報、もちろんSランク。こうまでくるとデータベースにあるわけがない。ハッカーハンターに捕まるリスクは出来るだけ負いたくないんだけどなー。


「・・・・・・てか、こんだけのデータを・・・・・・3日で・・・?」


 アホか。アホなのか。いくらなんでも。しかもすでに1日経過してるから、残りは2日。無茶苦茶だろうが!鬼畜か!!知ってたけどさあ!!でも報酬はいつもかなりいいのだ。だから文句を言いつつも結局は引き受けてしまうのだけれど。っあー!!やりたくない!


「仕方ない、か」


 あたしは腹をくくると右手をすらりと出した。空中からなにかを取り出すように手のひらを翻す。刹那、そこに青くきらめく蝶が3匹ほど出現する。


「<異界の航海者(サファイア・シーフ)>」


 その蝶の一匹ずつにキィ・ワードを告げると、彼らはひらりと一度はばたいて、するん、とパソコン画面のなかに吸い込まれていった。さーて、どれくらいで帰ってくるかな。

 と思ったのは束の間。ぶぅん、という独特の感覚が走る。え、もう?嫌な汗をかきつつ、あたしは画面に向き直る。たちまち、1匹が戻ってきた。


「早いよ、もー!!」


 ぼやいててもしょうがないので、急いで手のひらを上に向けた。蝶はひらりとそこに吸い込まれていく。その瞬間、脳裏に膨大な量のデータが閃いた。取得する情報量が多いのは慣れてるし特性でもあるのでそこに問題はないのだけれど、とある防御プログラムまで行き着いたところでその蝶の記憶は終わった。ふぅ、とため息をつきつつ、あたしはキーボードに手を乗せた。蝶の持ってきたデータから、可能な範囲まで入り込む。そしてその例の防御プログラムにまでたどり着いた。ここからが大変なのだ。


「っげ!明らかにこれはどっかのハンターが組み立てたプログラムじゃん・・・!!うっわ、すり抜けるのどんだけ大変・・・あああもう!」


 やばい、今回はマジでやばいかもしれない。思いつつもあたしは侵入を開始した。





*





「・・・・・・・・ッ・・・・・・」
「ほら」
「・・・ありがとアサタカ。あー・・・久々に・・・久々にこれは・・・辛い」
「終わったんだろ?」
「終わったよ≪零≫ナメんな」


 アサタカの差し出す紅茶のカップを素直に受け取って、あたしは椅子に沈んだ。あ、ちょっとマジでしんどい。この2日でどんな量の情報を無理やり詰め込んだと思ってるんだろう、あの野郎。ハルキはくつくつと面白そうに笑ってるけどそれどころじゃないので、あたしはふらふらしながら席を立った。あ、死ぬかも。


「え、なにお前、これから依頼先に行くの?」
「だって契約、今日までだし。行かないと」
「ちょっと待てよ、」


 あら珍しい心配してくれてんの?そう思ったあたしは、ハルキの次の言葉に思いきり裏切られることになった。


「オレらへの対価は?」
「・・・・・・・」
「お前が試験受けに行ってる間のページ管理代。正式契約だっただろ。対価、払え」
「・・・アンタねえ、ふらふらしてる女の子をもうちょっと気遣うとかさあ・・・」
「それとこれとは話が別だ。大体ここに2日も居させてやったのも例外中の例外なんだぞ。わかってんだろ」
「わかってるけど・・・」


 そりゃそーだけどさあ。


「あー、でも無理。先にこっちの依頼、満了させて貰うよ。戻ってくるからさー」
「信用できねえんだよ」
「信用してよ。そもそも今のこの状態のあたしじゃ、ほんと、無理」
「・・・・・・」


 確かに、と呟くハルキの目が冷たい。別にいいけどさ。アサタカに紅茶のカップを返して、あたしはようやく外へ出た。ここずっとハルキたちのところにお世話になっていた・・・てかならざるをえなかったのだけど・・・せいで、彼らへの借りがトンデモナイ量になってる気がする。あーあ、どんだけ対価払わされるんだろ・・・。


「しょーがない。行くかー」


 疲れた体を引きずって、あたしは列車に乗り込んだ。いいや、もう。着くまで寝よ。
















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091230





≪異界の航海者(サファイア・シーフ)≫

 青い蝶の形をした念。が具現化した蝶。15匹まで出現させることができる。
 対象の情報を引き出す能力。
 人間である場合、対象の傷口から侵入し身体・記憶情報を取得。取得時間はおよそ1分。取得したら同じ傷口から出てのもとに戻ってくる。帰ってくると蝶は手のひらに吸い込まれるように消えて、その瞬間に「データ」として脳内に蓄積される。この情報は決して消えることがない。

 ある限られた情報だけを取得したい場合、あらかじめ「異邦の航海者(サファイア・シーフ)」にキィ・ワードを告げる。そうするとそのキィ・ワードを含む記憶(データ)だけを取得することができる。
 対象がモノである場合、「異界の航海者(サファイア・シーフ)」はそのモノに触手を伸ばして触れて情報を取得する。この場合、モノそのものの情報のみしか取得できない。(重さ、大きさなど)

 例外:ネット。
 電子ネットワーク内の場合、ネットワークにつながっている機器から侵入すると、ネット内から大量の情報を取得できる。つまりつながっているところからなら無条件で情報を盗めるのである。ただし真偽判断は出来ないのでデマも大量に取得せざるを得ない。要はハッカーみたいなもの。ただし、特殊な防御プログラムなどを乗り越えることはできないので(ある一定レベルまでは平気)、それにぶつかると自身がそのサポートをしなければならない。(自らそのプログラムの解除に向かう、など)


 (もっと細かく制約やルールがありますが今はここまで)