「すぴー。かー」


 どだだだだだだだっ、ばあん!!


「はっ!?ここはどこ私は誰!?」
「・・・・・・おはよう


 けたたましい足音とドアの開く音で意識を取り戻したあたしは、クラピカから呆れの眼差しで見られつつ起床のあいさつを受けた。





***16輪***





「キルアを連れ戻す!」


 声高らかにそう宣言して見せたゴンは、決まってんじゃん、と続けてイルミを睨みつけた。ちなみにイルミはもう変装を解いたままの姿だ。ゴンが強く強く握りしめているイルミの腕がおかしい。折れてる。すげえなゴン。


「まるでキルが誘拐でもされたような口ぶりだな。あいつは自分の足でここを出て行ったんだよ」
「でも自分の意思じゃない。お前たちに操られてるんだから誘拐されたも同然だ!」
「ちょうどそのことで議論していたのじゃよ、ゴン」


 怒鳴るゴンに、静かな会長の声が発せられた。ああそっか、そうだったよ。隣でクラピカが席を立って、さっきと同じような言葉を繰り返した。あまりにも不毛な議論に嫌気がさして「ごめん寝る。」とかさっさと宣言して寝たんだった。だって無駄じゃん、こんな言いあい。


「全て推測に過ぎんのぅ。証拠は何もない」


 レオリオとクラピカ、2人も会長が冷静に告げる事実にため息とともに頷く。2人とも無駄だとは分かっていたんだろう。でも言わずにはいられなかった。気持ちはわかるけど。


「不自然な点ならほかにもあるぜ」


 帽子少年が唐突に口を開く。その視線はクラピカに向けられた。彼が続けるクラピカへの疑念を聞きながら、あたしは再び眠くなってきてそのまま机に突っ伏す。いいよもうコイツら。ほんとどうでもいいわー。合格は合格、失格は失格。言い争っても仕方ない。生産性ゼロだ。うん、寝よう。そう結論付けてあたしはもう一度意識を手放した。おやすみー。





、起きろ」
「あ。おはよレオリオ」
「おはよじゃねぇ。よく寝れるなおめーは」
「だってどうでもいいし。あたし基本的に無駄なことはしたくない主義なの」
「はいはい」


 苦笑するレオリオの後に続く。講習会場のドアの前で軽く集まるらしい。会長を取り囲むようにして、新たなハンターの面々が並ぶ。


「さて、これでもうこの建物を一歩出たら諸君はワシらと同じ!ハンターとして仲間でもあるが商売敵でもあるわけじゃ。ともあれ、次に会うまでは諸君らの息災を願うとしよう。―――では、解散」


 ドアを出た瞬間、イルミと目があった。ひらひらと手を振られたのであたしも振り返す。そしたらその後ろからヒソカまでもがニヤリと笑って手を振ってきた。気色悪くなってきたので目をそらす。なんかヤな気分になったぞ畜生。


「ククルーマウンテンかー、聞いた事ねえな」
「は?ククルーマウンテン?」
「ああ。ゾルディックの本拠地だってよ。知ってんのか、


 レオリオが言う言葉を反復して、あたしは眉を寄せた。知ってるも何も。行ったこともあるよ。


「ああ、キルアを迎えに行くってことか。軽くめくってみな。すぐ見つかるから」


 なるほどキルアを連れ出しに行くわけだ。どーせイルミに教えてもらったんだろう、ゾルディック家って基本自宅は隠してないし。ちょっと様子がおかしいようなクラピカを気にしながらあたしは電脳ページを提案した。頷くレオリオの横でゴンがぽかんとしているのを見て笑いそうになる。え、もしかしてゴン、電脳ページ知らない?そこに声をかけてきたのは、ハゲ忍者。


「オレは国に戻る。長いようで短かったが楽しかったぜ。―――ところで、・・・だったな」
「ん?」


 いきなり名を呼ばれて反射的に顔をあげる。ハゲ忍者は「あのー」とかちょっと言いにくそうにしながら口を開く。なんなんだよ早く言えよ。


「その・・・悪かったな、服」
ああうん。ほんとだよ
「・・・」


 歯に衣着せないどころかすっぱりきっぱりとあたしは頷く。だってほんとにコイツのおかげであたしはヒドイ目にあった。服は台無しで火傷は見られるわ過去のトラウマ話までする羽目になるわ。ハゲ忍者はちょっと本気で落ち込んだ表情を見せて、それからためらいながら何かをとりだしてあたしに差し出す。


「・・・金?」
「買って返すにも試験中じゃどうしようもねえし、試験終わってからじゃもうほとんど会えないだろうからな。たりないかもしんねえけど受け取ってくれ。それで新しい服、買ってくれ。悪かった。すまん」


 手のひらの上の金を見る。結構な枚数ある。しかも万札。あたしが着てたのはノーブランドだし適当な服だったし、この金額じゃ足りないどころか余りまくりだ。むしろこのレオリオのシャツまで買って返せるくらいじゃないのか。

 頭を下げたまま顔を上げないハゲ忍者を見る。・・・うん、まあ、許してやるか。


「いいよ、もう。ありがと。コレは素直に受け取っとく。―――そんな悪いやつじゃないじゃん、ハゲ忍者。・・・ハンゾー、だっけ?」
「! あ、ああ!!」


 笑顔を向けると途端にホッとしたような笑みを浮かべたハゲ忍者・・・いやいやハンゾーは、今度は名刺を取り出してあたしたちに配る。なにこれ。なんかすげぇな。自己主張激しいなおい。


「もしオレの国に来ることがあったら言ってくれ。観光の穴場スポットに案内するぜ。それじゃあな」


 それから入れ替わるようにして今度は帽子少年が別れを告げにやってくる。ポックルというらしい彼は、これから幻獣ハンターとして頑張っていくらしい。ホームコードも電脳ページも知らなかったゴンに説明してから、ホームコードを交換して別れる。

 そして、ロビー横のホテルの備え付けのパソコンを借りて立ち上げて、電脳ネットに接続した。サトツさんと会話して戻ってきた、なぜか上気したゴンの頬を不思議に思いつつも、あたしはパソコンを操作するクラピカの横に立つ。


「まずはククルーマウンテンを調べてみよう」


 クラピカはそう言って慣れた手つきでワードを打ち込む。画面に映し出された、よく知っている情報。あたしはここに載っている情報以上のことを知っている。当然だけどね。


「パドキア共和国・・・大丈夫、一般観光客でも行ける国だ。飛行船で3日と行ったところだな。出発はいつにする?」
「「今日のうち!!」」
「了解。チケットを予約する―――も、いいのか?」
「あー・・・」


 クラピカに視線を向けられてあたしは低く唸った。試験のおかげで現在仕事は休業中なのだけど、終わったからには再開しないとまずい。いや依頼が来てなきゃいいけど、ここのパソコンでアクセスするのもなー・・・。一応、消去プログラムの入ったメモリは持ってるけどハンター協会の持ってるパソコンだし警戒は必要だ。ということはここでは依頼の確認はできない、と。

 軽く首をひねる。でも別に少しくらいなら再開先延ばしにしたっていいんだけどさ。なんで休業かなんて理由は伏せてるし。でもなぁ。


「先に行っててくれる?一応ゾルディックには行きたいし。ただあたし、ちょっと仕事の確認しなきゃだから、確認してからあんたら追いかけるよ」
「仕事?」
「うん。―――そんなに気になるか、あたしのことが?」
「うん!」
「・・・・・・ゴン・・・・・・・」


 きらきらしたゴンの瞳に見つめられてあたしは口ごもる。くっ、調子狂うぜこの子・・・!


「話してくれるという約束だったな。どうなんだ、
「あー、はいはい、話すよ。んじゃ、ちょっと移動しない?」


 そう言って親指をロビーのソファに向ける。頷いて立ち上がりかけたクラピカを、慌てた口調のゴンが止めた。


「待ってクラピカ!ハンターのページで、ジンってとこめくってみてくれる?」
「わかった。・・・ハンターの人名リスト・・・で、入力。ジン・・・何人かいるぞ。ファミリーネームは?」
「フリークスだよ、ジン=フリークス!」


 ゴンの行動に素直に納得する。なにかを探すとき、確かに電脳ページでめくるのが一番手っ取り早い。ただ、それはその対象が「もの」だった場合。しかもそれは正確とは言い難い。それに、ジン=フリークスの場合なんて、全く何も役には立たない。


「・・・!!」


 該当ページに到達して目を見開いたクラピカの態度も当然だろう。ジン=フリークス。一筋縄なんかじゃいかない男だ。「極秘指定人物」―――その言葉に驚いたようなレオリオに、クラピカは動揺を抑えた声で言う。


「電脳ページ上での彼に対するあらゆる情報交換が禁止されているんだ。電脳ネットワークの極秘会員に登録してるんだろう。ちなみに個人がこれに介入するためには、一国の大統領クラスの権力と莫大な金が必要だ」
「・・・!ゴン、お前の親父は予想以上にとんでもない人物みてーだな」
「うん」


 エラー音の鳴り続けるパソコン画面を見つめて頷いたゴンを見つめる。

 ―――ゴン。あたしにとって、あんたは数少ない手がかりの一つなんだよ。




*





「さてと。なにからききたい?」
「・・・」


 ソファに座って、あたしはそう言ってみんなを見る。ちらりと目線を交わすレオリオとクラピカだったけれど、最初に元気よく手をあげたのはゴンだった。予想はしてたけどね。


「はいはい!って、なんでそんなに強いの!?」
「強いの、って、ゴン・・・」
「だってすごいじゃん!キルアにも余裕で勝っちゃうし、ヒソカとギタラクルと一緒に3次試験クリアしちゃうし、オレ、ずっと、すげー!って思ってた!」
「・・・ありがとー」


 お前ほんっと可愛いな!!いい子だな!!ちくしょー!!思わず顔がめちゃくちゃニヤける。いい子だなおい!思わず身を乗り出して抱きしめる。いやもうあたしゴン大好きだよ。ごめん落ち着こう。あたしのせいで荒い息をするゴンを解放して、あたしはちょっと首をかしげた。なんで強いのかって、ねえ。うーん。


「ゴンには話してなかったんだっけ?あたし、小さい頃に家族を失くしてて、最近までは師匠と兄弟子に面倒を見てもらっててね。拾ってもらったときに弟子、ってことになって、それからずっと鍛えられてきたから」
「へぇー」


 感心する様子のゴンに笑う。


「実はね、ゴン。あたしが話そうと思ってたのはそのこと。―――あたしの師匠はジン=フリークス。あんたのお父さんだよ」
「え・・・、・・・!」


 ゴンが目を見開いた。それから、一気に興奮しだして身を乗り出した。はいはい落ち着いて。あたしはそっとゴンの肩を押さえて彼をソファに戻らせる。気持ちはわかるけど。さっきと立場が逆転してるよ。


「じゃあ、親父のこと知ってるの!?」
「知ってるも何も。ついハンター試験の前々日まで、一緒にいましたから」
「ええええ!!??じゃ、じゃあいまどこにいるかわかるの!?」
「あ、それは無理。だってあの人、あたしを木の幹に縛り付けて森の中に置き去りにして消えたもん」
え―――――――――!!!???


 絶句するゴンにケロリと答える。多分目の前の現実に頭がついて行ってないな。そこにクラピカが割り込んできて、息せき切って聞いてきた。な、なんだなんだ。


「ということは!君はそのゴンの父親であるジンの弟子なのか!?」
「だからさっきからそう言ってんじゃんよ。2番弟子だけどね」
「じゃあ、その兄弟子ってもしかしてカイト!?」
「そうそうカイト兄ね。元気にしてっかな」


 驚きっぱなしでくらくらしてきたらしいゴンは、ふー、と大きく息をついて深呼吸した。顔が真っ赤だ。おもしれー。


「ゴン、あんた今12歳になるまえだよね?」
「え・・・、うん」
「たぶんね、師匠はきっと、今年か来年かのどっちかにゴンが試験を受けに来るんだと思ってたんだと思うよ」
「・・・え?」
「だって師匠がハンターになったのもそのくらいの年だったから。だからあたしは今年、試験を受けさせられたんじゃないかな、と思ってるんだけどね」


 呆然とゴンはあたしを見る。


「親父に会いに行きたいゴン。師匠を見つけ出さないといけないあたし。カイト兄から聞いた?あたしは師匠を見つけないと一人前と認めてもらえない。目的は一緒。あんたがもし来年受けてたら、会えてなかったかもね」
「・・・そっか、これってもしかして・・・親父からの、ヒント?」
「そんな生易しい精神あの人が持ってるかどうか怪しいけど。ま、餞別みたいなもんかもね。ほとんど賭けだし」
「そうだね。でもオレは、に会えた」
「そう。あたしも、ゴンに会えた」


 ゴンはあたしにとっての手がかり。師匠、ジンさんを見つけ出すための。そして同時にあたしはゴンへの手がかりとなる。それは今年、ゴンが試験を受けていなかったら手にすることができなかったヒント。むしろ、挑戦状かもしれない。―――見つけ出してみろよ。なんてほくそ笑む師匠の顔が浮かぶ。ここまでされちゃあ動かないわけにはいかないしね。


「あらためてお互いよろしく。ゴン」
「うん。よろしくね、


 そう言ってあたしたちは顔を見合せて笑った。














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090923