「ちぇ。って強いんだな、マジで」
「ありがと。素直に褒め言葉として受け取っとくよ」


 少し悔しそうに笑うキルアに、あたしも小さく笑みを返した。




***15輪***




 7試合目はレオリオとボドロとかいうおっさんのはずだった。しかし、レオリオがおっさんのけが(おっさんは前の試合相手がヒソカで、それはもうひどいけがを負っていた)を理由に延期を主張。となるとキルアは連戦となるわけで。試験官たちは気をきかせて休憩時間にしようか、なんて言ってくれたけれどキルアは「別にいいよ、オレやる」だなんて言うから。結果、第7試合はキルアVSイルミ(ギタラクル)となった。


「大丈夫なのか、キルア」
「ヘーキ。大した時間戦わなかったし。も本気じゃなかったみてーだったし」


 ちらりとこっちを見て笑うキルア。バレてたか、やっぱ。心配そうな顔を見せるクラピカに手を振ると、キルアはそのまま部屋の中心まで進み出た。イルミも同じようにそこに立つ。


「それでは第7試合―――始め!!」


 さっと身構えるキルア。しかしイルミは、ゆっくりと自分の顔の針に手を伸ばす。「久しぶりだね、キル」そんな風に言って。目の前で繰り広げられる光景に誰もが息をのむ。あたしとヒソカは知ってたけどね。


「・・・・・・兄貴・・・・・・!!」
「キルアの兄貴・・・!?」


 目の前に現れた長い黒髪の美青年を見上げて、キルアの声がひきつった。レオリオが茫然と呟く。キルアの様子が一変したことに、きっとだれもが気付いただろう。彼特有の余裕も生意気さも影をひそめる。ああ、やっぱり怖いんだ。キルアを見ながらあたしは冷静に腕を組んだ。けれど「恐怖」を感じる対象があることはマイナスな面だけではない。大切なことだ。


「や。元気にしてたかい?」
「・・・」
「母さんとミルキを刺したんだって?」
「まぁね」
「母さん泣いてたよ」


 ほぉ。あのキキョウさんを泣かしたのか。すげえなキルア。


「感激してた。あの子が立派に成長してて嬉しいってさ」


 うんまあそういうことだろうね。レオリオがずっこけるのを視界の隅に入れながら、あたしは一人で頷く。あたしはキルアには会ったことはなかったけれど、キキョウさんの異常なまでの「キルは天才なのよ」「キルは大切な時期なの」「キルは」キルキルキルキル・・・、あれだけ聞かされてればキルアをどれだけ溺愛しているか。この場合異常愛といってもおかしくはないだろう。にしてもミルキも刺したのか。これに関してはグッジョブと言いたい。あたしはあの豚野郎がきらいだ。


「奇遇だね。まさかキルがハンターになりたいと思ってたなんてね。実はオレも次の仕事の関係上資格を取りたくてさ」
「・・・別になりたかったわけじゃないよ。ただなんとなく受けてみただけさ」
「そうか。安心したよ。これで心おきなく忠告ができる」


 キルアが小さく震えるのがわかった。


「お前はハンターには向かないよ。
 お前の天職は、殺し屋なんだから」


 何も言わないキルアに、イルミは冷たい目で続ける。


「お前は熱を持たない闇人形だ。自身は何も欲しがらず何も望まない。影を糧に動くお前が唯一歓びを抱くのは、人の死に触れたとき。お前はオレと親父にそうつくられた。
 ―――そんなお前が何を求めてハンターになる?」

「確かに・・・、ハンターにはなりたいと思ってるわけじゃない、
 だけどオレにだって欲しいものくらいある」
「ないね」
「ある!今望んでることだってある!!」


 カタカタと細かく震えながら、必死の形相でキルアは兄に言う。けれどイルミはあっさりとその言葉を否定していく。いとも簡単に。キルアの想いを、心を折っていく。


「言ってごらん?なにが望みか」
「・・・っ・・・」
「どうした?本当は望みなんかないんだろ?」
「違うっ!」


 ぽたりとキルアの冷や汗が床に滴る。


「ゴンと・・・、友だちになりたい。
 もう人殺しなんてうんざりだ。―――普通に、ゴンと友だちになって、普通に遊びたい」


 必死の叫びだった。


「無理だね。お前に友だちなんて出来っこないよ。お前は人というものを、殺せるか殺せないかでしか判断できない。そう教え込まれたからね。今のお前にはゴンがまぶしすぎて、測りきれないでいるだけだ。友だちになりたいわけじゃない」
「違う・・・」
「彼のそばにいればいつかお前は彼を殺したくなるよ。殺せるか殺せないか試したくなる」


 握りしめたキルアの拳が震える。・・・イルミ。けれどあたしは何も言わないまま彼らをただ見つめた。


「なぜなら、お前は根っからの 人殺し だから」


 その瞬間、レオリオが動いた。


「キルア!お前の兄貴かなんかしらねーが言わせてもらうぜ!そいつはバカ野郎でクソ野郎だ!!聞く耳もつな!!いつもの調子でさっさとぶっ飛ばして合格しちまえ!!

 ゴンと友だちになりたいだと?ねぼけんな!!とっくにお前らダチ同士だろーがよ!!

 少なくともゴンはそう思ってるはずだぜ!!」


 レオリオの言葉に、キルアがぴくりと反応する。その瞳が、まるで今にも崩れ落ちそうなほどに不安定に揺れていて、あたしは小さく唇をかんだ。・・・これならあたしがイルミとヤったほうが良かったのかもしれない。柄にもないことを考えて後悔したけどもうそれも遅い。


「え?そうなの?」
「あたりめーだバーカ!!」
「そうか、まいったなー。あっちはもう友だちのつもりなのか。

 よし、ゴンを殺そう」


 空気が凍った。


「殺し屋に友だちはいらない。邪魔なだけだから」


 キルアは小刻みに震えながらぽたぽたと汗を落とした。だけどその場から凍りついたように動かない。いや、動けないのだろう。小さくあたしは舌打ちする。イルミのバカ。ふざけんな。勝手になに言いやがる。

 止めようと動いた試験官の顔に鮮やかに針を突きたて、無理やり顔を変形させ脳に侵入しゴンの居場所を吐かせる。試験官はその場に崩れ落ちた。そのまま素通りして出口に向かおうとするその前を、ずらりと。全員が塞いだ。


「ちょっとまで。何してるの」
「うるさいよ。勝手に殺してもらっちゃ困るんだよ。あたしはこれからゴンに用があるんだから」
「ふーん。まいったなあ。仕事の関係上オレは資格が必要なんだけどな。ここで彼らを殺しちゃったらオレが落ちて自動的にキルが合格しちゃうね。・・・あ、それはゴンを殺っても一緒か。うーん・・・」


 そう言ってイルミは少しだけ考え込むようなそぶりを見せて、それから「そうだ!」なんて気軽に言った。


「まず、合格してからゴンを殺そう!
 それなら仮にここの全員を殺しても、オレの合格が取り消されることはないよね?」


 その問いに肯定する会長。あのクソジジイあとでシメる。そしてイルミはキルアをゆっくりと振り返った。


「聞いたかいキル。オレと戦って勝たないと、ゴンを助けられない。
 友だちのためにオレと戦えるかい?―――できないね。
 なぜならお前は友達なんかより 今 この場で オレを倒せるかどうかのほうが大事だから」

 
 瞠目するキルア。どんどんと追い詰められていく。イルミはまるでそれが当然だとでもいうように、ゆっくりと手を伸ばす。


「そしてもうお前の中で答えは出ている。『オレの力では兄貴を倒せない』
 『勝ち目のない敵とは戦うな』オレが口を酸っぱくして教えたよね?
 ―――動くな!


 小さく後ずさりしようとしたキルアに、イルミは鋭い声を上げた。途端にキルアはその場に凍りつく。


「少しでも動いたら戦い開始の合図とみなす。同じくオレがお前に触れた瞬間から戦い開始とする。止める方法はひとつだけ。だが、お前が俺と戦わなければ、大事なゴンが、死ぬことになるよ」

やっちまえキルア!!どっちにしろお前もゴンも殺させやしねえ!!そいつは何があってもオレたちが止める!!お前のやりたいようにしろ!!


 レオリオが叫ぶ。クラピカが唇をかむ。あたしは目を閉じた。―――だめだ。もう、駄目だ。彼は・・・、兄に、その強大な力に。勝てない。


「まいった。オレの・・・負けだよ」


 全員が静まり返る。そんな中、イルミの軽く笑う声だけが響く。


「はっはっは、ウソだよキル。ゴンを殺すなんて嘘さ。お前をちょっと試してみたのだよ。でも、コレではっきりした。

 お前に友だちをつくる資格はない。必要もない。

 今まで通り親父やオレの言うことを聞いて、ただ仕事をこなしていればそれでいい。ハンター試験も必要な時期が来たらオレが指示する。今は必要ない」


 そして。キルアは。
 兄に負けて、そのまま、何も言わないまま。

 レオリオの対戦相手のおっさんを一撃で殺して。

 その足で、血に濡れた手をぬぐおうともせず。顔の返り血にも動じないまま。
 ハンター試験会場を、去って行った。

 あたしたちを、ちらりとも振り返ることはなかった。





***






「・・・ん。なに、クラピカ」
「ギタラクルと面識があるのか?」


 ・・・さすがにクラピカはすごいね。真剣な眼差し。レオリオもじっとあたしを見る。小さくため息をついて、あたしは口を開く。


「隠してたわけじゃないんだけどね。ていうかキルアの兄だって知ったのもついさっきだし。仕事の関係でちょっといろいろ面識があってね」
「仕事?」
「そ。仕事」
「・・・そうか。ならもうひとつ。私とヒソカの対戦直後、ギタラクルとなにを話していた?」
「あー・・・」


 うわ。もうなにそれ、そんなことまでお見通し、ってわけね。だけどあたしは、クラピカの青い目を見上げて切り返した。


「ならクラピカ。ヒソカとの対戦で彼に何を言われた?・・・見てたよ。目が一瞬、緋くなった、ね」
「・・・・・・それは言わなくてはならないか?」
「あたしも同じ。言わなくちゃいけない?」


 視線が交差する。沈黙。だけどあたしは、それを破って薄く笑った。クラピカの目が揺れる。


「いいよ、話す。ただしゴンが起きてから。―――たくさん、話さなきゃいけないことがある。そのときに聞きたいことがあれば聞いて。答えられる範囲のことなら答えてあげる」
「・・・・・・」
「信用できない?」
「そんなことは、」


 ない、と言おうとしたクラピカを見上げる。口ごもった彼は目を伏せた。その手に触れて、あたしは笑った。


「なにはともあれ試験終了。合格おめでとう、クラピカ、レオリオ」


 その事実に今気付いたかのように目を瞠るクラピカとレオリオは、慌てた風にしながら祝福の言葉を口にした。それでようやく彼らの表情に笑みが浮かぶ。そう、終わったんだ。

 ハンター試験、最終試験終了。

 合格者は、7名。ゴン、クラピカ、レオリオ、ヒソカ、イルミ、ハゲ忍者、帽子の少年、そして、あたし。

 死亡者1名。おっさん。失格者1名―――キルア・ゾルディック。



















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090831