「第一試合、ハンゾー対ゴン――――始め!!」 ハゲ忍者とゴンの試合が始まった。あたしは近くの壁に軽くもたれかかってそれを見守る。トーナメント表から判断するに、出番は6試合目くらいかなー。ちらりとイルミのほうに目をやると、無言の視線が返ってきた。 ・・・なに?その何か言いたげな目・・・。 ***14輪*** 一方的な試合だった。 3時間以上にわたってゴンはハゲ忍者にいたぶられ続ける。床に転がったゴンはもはやボロボロだった。ハゲ忍者にはちょっといやな目にあわされたせいか彼に対してどうもあたしは好感がもてないんだけれども。いやだってねえ、彼のせいであたしの服は台無しなわけだし?火傷も見られたわけだし?・・・また腹が立ってきた。 「・・・?」 「ん?なに、クラピカ?」 「・・・・・・・いや、なんでもない・・・」 声を掛けられてあたしは鮮やかな笑みをクラピカに返す。途端に彼の額から汗が滑り落ちた。え、なに、そんなに恐ろしいオーラでも放ってたかな。怯えさせたってことだよねこれ。うわごめんクラピカ。 「いい加減にしやがれぶっ殺すぞテメエ!!オレが代わりに相手してやるぜ!!」 「・・・見るに堪えないなら消えろよ。これからもっとひどくなるぜ」 逆上して飛び出しそうになったレオリオの靴のかかとをあたしは思いっきり踏む。そしてレオリオはそのまま床にべちん!と見事に倒れた。沈黙が辺りを包む。ハゲ忍者すらあたしを見た。いいから試合に集中しろよお前は。 「・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 「きゃーごめーんレオリオー。起きて、だいじょうぶー?」 「・・・・テメェ・・・・・・・」 床にしたたかにぶつけて赤くなった顔で振り返る。うっすらとその眼には涙が。そんなに痛かったかな。ごめんね。ゆっくりと立ち上がったレオリオに、試験官が告げる。「この状況で手を出せば失格になるのはゴン選手」―――その言葉に、レオリオは唇をかんだ。 「ほらみろ。頭冷えただろ」 「!」 「逆上した頭で勝手な行動とるな。そんなことしたら、一番怒るのはゴンだよ」 「くっ・・・」 「彼女の言うとおりだ。だが、」 「うん。わかってる」 この試合では「まいった」と言わせるしかない。それは気絶したり戦闘不能状態であったとしても敗者にはならないのだ。ゴンはてこでも引くような性格じゃない。となれば、気絶しない程度の拷問が続くはずだ。そうなれば、試合が終了したときゴンがどんな状態にあるかわかったものではない。最悪だった。 「大丈夫だよ、レオリオ・・・、オレ、こんなの全然、平気さ・・・まだ、やれる」 「っ!」 どんなに痛めつけても負けを宣言しないゴンに、ハゲ忍者も戸惑いながらゴンを押し倒して押さえつけた。そして言う。 「腕を折る」 「!」 本気だ。全員が息をのむ。それでもゴンは、 「嫌だっ!!」 骨を折る鈍い嫌な音が、響いた。 「――――ッ!!・・・・・あ、ッ・・・!!」 痛みにゴンは声にならない悲鳴をあげる。そりゃそうだ。骨を折られたんだ、相当な激痛が襲うはずだ。思わずゴンが折られた場所とおなじ場所をあたしはつかむ。尺骨だろう、位置的に。あー、痛い。 「クラピカ、、止めるなよ・・・あの野郎がこれ以上何かしやがったら、ゴンにゃ悪いが抑えきれねえ」 「止める・・・?私がか・・・?大丈夫だ、おそらくそれはない」 不穏な空気にあたしは顔を上げる。今にもブチ切れそうに額に血管を浮かせたレオリオがそこにいた。しかもいつも冷静なクラピカでさえ怒りに身を震わせていて、綺麗な青い瞳にちらちらと赤い光が浮かぶ。あ、やべぇこいつら。 「じゃあたしが止める。ゴンのとこに行きたいならまずあたしを倒してから行くといいよ」 「は!?なにいっとんじゃお前!?」 「今ゴンは、必死で戦ってる。自分の夢に向かって。どんなに痛くてもつらくても苦しくても頑張れるのは、ゴンにはそれだけの想いがあるってこと。それを邪魔するならあたしは容赦しないよ」 邪魔はさせない。きっとゴンは、ここで再起不能になろうがなんだろうが、試合を邪魔されることは一番嫌だろうから。 「・・・・・・・」 「わかる?レオリオもクラピカも落ち着きなよ。ゴンはまだ諦めてない」 「しかし・・・!」 「しかしもなにもないの。誰にもゴンを止める権利はないよ。もちろんハゲ忍者もね」 ゴンもハゲ忍者も必死なのだ。仕方ない。だってそういう試験なんだから。誰だって落ちたいわけがない。その意思を無視して勝手に行動することは許されない。 試合に意識を移す。ハゲ忍者が痛みで悶えるゴンに向かって、身の上話をしているところだった。だからといって何故人差し指で逆立ち?隠密集団の末裔らしいが、うん、いやアンタの身の上なんかどうでもいいんですけど・・・。ちょっとイラついてきたその瞬間、ゴンが動いた。 どごっ。 無抵抗で(そりゃそうだ、逆立ち状態だし)ゴンの蹴りを受けて、ハゲ忍者は吹っ飛ぶ。無様だ。ばかだ。 「いって―――!!!痛みとながいおしゃべりで頭は少し回復してきたぞ!」 「よっしゃあああああゴン!!行け!!!蹴りまくれ!!蹴り殺すのだアアアア!!!」 「それじゃ負けだよレオリオ・・・」 一瞬にして場の空気が変わる。なにこれ。すごい、一気に変わった。鼻血と涙を拭いてハゲ忍者は鋭いナイフをとりだした。足を切る。普通なら動転するだろう。なのに、ゴンは、 「いやだ!!」 「も、ぉ、無理・・・ッ!」 あたしはそれだけ言ってクラピカの背に顔を押し付けた。と同時に吹き出す。あははははははー!!!肩がふるえる、お腹痛い。やばい、どうしよう、ゴン、最高。 「・・・?あの、結構苦しいのだが・・・」 「ふへへへへへ、ごめ、ごめん、クラピカ!ふっはははは!」 「・・・だ、大丈夫なのかコイツ?」 「くくく、あははははははは」 爆笑するあたし。なんかいろいろ呆れの視線が来たような気がするけど気にしない。あー面白い。その間にもハゲ忍者は必死でゴンの決意を折ろうする。無駄だ。もうゴンは揺るがない。 「なぜだ、たった一言だぞ・・・?それでまた挑戦すればいいじゃねーか・・・、 命より意地が大切だってのか!!そんなことでくたばって本当に満足か!!!」 「親父に会いに行くんだ」 「親父はハンターをしてる。今はすごい遠いところにいるけど、いつか会えるって信じてる。でも、もしオレがここで諦めたら、一生会えない気がする。―――だから、退かない」 ゴンの想いが、決意が。響く。 ・・・ねえ、師匠。あなたは今、ゴンに会ったらなんて言えますか? ゴンは、正真正銘、あなたの子供だよ。 「まいった。オレの―――負けだ」 ハゲ忍者が言う。第一試合、勝者は―――ゴン・フリークス。 *** やっと!やっとあたしの試合!!あまりのヒマさにさっきちょっと寝たくらいだ。だって自分の出番が来るまで鬼のようにヒマだ。仕方ないんだけどさ。 ちなみに第二試合、クラピカVSヒソカはクラピカが勝った。ちょっと意外なくらい彼は好戦した。しっかりと基本の動きもできてるし頭もいいし、強くなるよ、彼。その試合の後イルミに呼び出されたあたしは、そこで驚愕の事実を聞く。 「はっ!?キルアがゾルディック家の跡継ぎ!?」 「うんそう。キルには会ったことないんだっけ?」 「アンタが会わせてくれなかったんじゃんよ!!」 「そうだっけ?」 「そうだ!!」 オタクな弟と日本人形みたいな可愛い弟には会ったけど、キルアには会ったことはない。ただし存在は知っていた。情報屋としてそれだけのことは。ただ顔は知らない。確か、大切な跡継ぎだからいまは大切な時期だから・・・とかなんとかってキキョウさんに言われた気がする。息巻くあたしをスルーして、イルミは変装した姿のままであたしを見る。 「オレはね、キルがハンターになると困るんだよ」 「大切な跡継ぎだから?」 「うん。だからね。負けたら承知しないよ?」 「・・・わざわざそれだけ言いに来たわけ?」 「うん」 悪びれずそう言うイルミに腹が立つ。あたしが?キルアに?負ける?・・・悪いけど、キルアがどんなに才能あふれる未来有望なゾルディック家の跡継ぎだからって、あたしは負ける気はない。イラつくあたしの視線に気づいたらしいイルミは、「ごめん」と言ってあたしの髪に触れた。 「変わってないね。じゃあ大丈夫か。わざと負けちゃったらどうしようかなって思ったんだけどさ。こんなこと言いに来なくてもよかったかな」 「あたしは負ける気、最初からないからね?大体、キルアに負けたら次に戦うのイルミじゃん。絶対に嫌だし」 「・・・まあそうなってもいいけど」 「いやいやよくないから!」 そんなことをやって、まあ結局はキルアに勝たないとあたしも自分の身が危ういわけだから。ごめんキルア。悪いけどあたしは自分の身のほうが大事だ。きっとキルアはイルミにぼこぼこにされるのだろうけど、まあ、仕方ないよ。家族のことはあたしには関係ない。 「第6試合―――対キルア!始め!!」 「わりーな!オレ、手加減しないよ?」 「はいはい、わかったから・・・」 挑発するように笑う。 「相手してあげるよ――――少年」 「・・・言ってろ!!」 瞬間、キルアは思い切り床を蹴った。姿を消した彼に場の全員がどよめく。だけどあたしはそんな中、同じように床を蹴って飛び上がる。クラピカの声が聞こえる。「上か!」不意を突かれたキルアに、空中で思い切りひじを落とした。 「ぐっ!」 重力に従ってキルアはそのまま下に墜落する。綺麗に受け身をとって即座に構えるのはさすがだ。でも、まだまだ。足が床に着いたと同時に的確に心臓めがけて伸びてくる腕。あたしはそれを逆手にとって思い切り腕をひねった。 「いッ・・・!」 「あ、ごめん。折れちゃう?って、おっと!」 足払いが入る。思わず腕を放す。げ、これが狙いか!あたしが放した腕を床について、キルアは足であたしの顎を狙った。顔を狙ってくるとか、ヤなやつだな!体をねじってそれをよけると、キルアは自分を反転させて態勢を整えてあたしを見る。 「・・・よし、」 「ん?―――ああ、」 肢曲、ね。 「うおおお!?」だとかレオリオらしい声が驚愕するのが聞こえる。何重にも増えたキルアがゆっくりと周囲を埋め尽くす。・・・けどね、キルア。 手刀を構えたキルアが前に出るそのとき、あたしも動いた。一度床に沈んで彼の死角に回り、背中に膝をたたきこむ。ほんの一瞬キルアの動きが止まったそのとき、あたしはその肩をとらえて思いきり力を込め、床に引きずり倒す。 「う、くっ・・・!」 「OK、キルア。さて、もういいでしょ。降参すれば?」 「なんでだよ!!」 「キルア、正直に言うよ。あんたはまだあたしには勝てない。もっと修業を積んで強くなってからまたおいで。いくらだって相手したげるよ」 「ふざけんな!!なんだそれ、」 「そう。まだヤる?あたしにも考えがあるけど」 イルミがさっき言っていたことから考えて、キルアはまだ念の存在を知らない。漠然と「なにか得体のしれない力」っていう認識はあるらしいけど、念能力者である兄や父に対してなんらかの恐怖を抱いているのなら。 「ねぇ、キルア。降参しなよ」 「く、そ・・・、っ・・・!?」 あくまで念は使わない。ただし、ちょっとだけオーラを強めた。瞬時に彼の表情が変わる。冷や汗が床にこぼれる。ごめんね。キルアは唇をかむと、悔しそうに言った。 「・・・・・・・・まいった」 「よし」 そう言った彼をすぐに開放してあたしは立つ。床にへたりこんだままのキルアは、あたしを見上げてむくれた。 「なんなんだよ、お前!」 「さぁね、なんなんでしょう。――――あんたの家のお抱え情報屋、だよ」 「・・・!?」 最後はキルアにだけ聞こえるように小さく囁いた。驚いたように目を見開くキルアの銀髪の頭を一度撫でて、あたしは笑う。 「第6試合、勝者、!!」 ←BACK**NEXT→ 090830 |