戦闘後だったのか、まとめている青い髪がぐしゃぐしゃに乱れて、手足も泥だらけで。裂かれてしまったらしい自分の服をにぎりしめてこっちを見るは、一瞬だけ今にも泣きそうな表情をした。




***12輪***




「な・・・、!?大丈夫か!?」
「あー、クラピカ、そんなに大げさに慌てなくても平気だってば」


 さぁっと蒼くなったクラピカが手を伸ばしてくる。さすがに逃げるわけにもいかなくて、あたしは仕方なく諦めた。あ、だめ。油断すると泣きそう。けど無理やり笑顔を作れば、なんとかなるような気がした。


「おい、ケガしてんじゃねえのか!?」
「いや、大丈夫。ケガは一切してないから」
「嘘をつけ!その・・・、っ」


 大声を上げそうになったクラピカの口を押さえる。すぐに押し黙った彼は、それでも心配そうにあたしを見た。逃げれば、よかったのかな。振りきれなかったわけじゃない。逃げちゃえば、よかった。今更ながら後悔する。そっとレオリオがあたしの手を引いて座らせた。


「・・・だから、ケガなんかしてないって・・・」
「わかったわかった。いいから座れ」
「・・・」


 有無を言わさぬ表情に、どうしようもなくなってあたしは破けた服を押さえたままで座り込んだ。


「どうした?」
「―――別に、さっき別の受験者と戦ってただけ」
「そうじゃねえよ。・・・その胸だ」
「っ、」


 優しげなレオリオの口調に、引っ込んだはずの涙がまた戻ってくるような気がして、唇をかんだ。真剣な2人の目に見つめられること数分、先に折れたのは、あたしだった。なんでこんなことになってるんだろう。


「―――わかった。大丈夫、レオリオ。あんたが気にするようなことじゃない。別に毒とか病気とか怪我とかそういう類じゃないよ。これはただの火傷の痕」
「!」
「そ。こないだ話した火事の話。あのとき、あたしは生き残ったけど、もちろんただで生き残ったわけじゃなくってね。・・・全身にね、酷い火傷が残ってるんだ」


 沈黙した彼らに苦笑して、あたしは押さえていた服から手を離して地面に落とす。黒のキャミソールから覗く、皮膚を引きつるようにして残る大きな黒い醜い痕。この状態じゃ全体図は見れないけれど、左胸を中心にしてそこから四散に広がるように伸びたそれは、両端がそれぞれ肩まであって。同じように逆は、腰の下まである。


 声が引きつる。胸が痛い。人前にこれを晒したのは、数えるほどもない。


「背中も酷いよ。左足も付け根から大腿部にかけて。けど、手足はほとんどそういうのは残ってないから、ある程度なら露出度の高い普通の格好も出来るわけ。まとわりつくような格好、苦手だから軽装だったんだけど。こんな目にあうとは思ってなかったし」


 いくらなんでもハンター試験を甘く見すぎた。自信はあった。自分の服が裂かれない程度の。それは、油断。


「・・・師匠にも、ちゃんと見せたことはないんだけどね・・・仕方、ないか」


 見はせずとも自然と知られた火傷の痕。同情されるのも、不快に思われるのも嫌で。知られた時は唇をかみしめて何も言わなかった。なのに、師匠は、顔に残らなくて良かったと、本当に本当に優しく笑った。これはお前が背負う業だと、ずっとそう思っていた、だから辛かった。けれど、師匠はあたしを抱きしめて、一番欲しかった言葉をくれた。


――――お前が、生きてて良かった


 神様がいるのならなぜあたしを生き残らせたのだろうと。家族全員を犠牲にして生き延びたあたしはそれだけの価値があるのかと。そんな疑問は霧散して、とにかく泣いたのを覚えている。この痕は、あたしにとって決して忘れられない記憶の証。あたしだけ生き延びた、助けられなかった、目の前で死んでいった家族を忘れないための。


 遠い記憶に沈みそうになった瞬間、ぐわし!とレオリオに頭を掴まれてぐしゃぐしゃに髪をまぜっかえされる。思わず目を点にしていると、黙っていたクラピカが目を伏せた。


「・・・・・・すまない。無理に話させるつもりも、見るつもりもなかったのだよ」
「いや、いいよ。あれだけ派手な登場すれば誰だって驚くし」
「しかし・・・!」


 焦ったように顔をあげるクラピカの頬に、手を伸ばして触れる。本当に、綺麗な顔してるよな。大丈夫、クラピカがそんな顔をするような必要、ないんだから。 


「本当に、平気だよ。ありがとう、クラピカ」
「・・・ああ。無事で、よかった」
「そっちもね」


 柔らかく笑う。それまで黙っていたレオリオが、唐突に荷物を放り出して漁り始めた。何も言えず見守っていると、取り出したのは真新しい一着の、シャツ。


「おい、!」
「へ」
「これ、着とけ」
「・・・レオリオ」


 新品同様にノリの効いた、真っ白な綺麗なシャツ。タグから察するにどこか名高いブランドものみたい。雑に放り投げられたそれを受取って、あたしは目を見張った。


「え、いいよ、高そうだし」
「いいから着とけ。あとで返せよ?」
「だからいいって・・・」
「借りておけ、
「・・・・・・」


 クラピカにまでそう言われて、あたしは小さく息をつく。・・・嬉しかったのは、本当だ。


「・・・ありがと」
「おう」


 恐る恐る袖を通せば、・・・案の定ものすごくサイズが大きくて、手は出ないし裾は太ももまであるし、動きにくいことこの上ないけど。それでも、火傷の痕が隠れたことは精神的にすごく良かったらしくて、無意識にホッとする自分がいた。


「さすがに大きくないか?・・・私のでも構わないが・・・」
「ん、平気。袖も捲るし裾も結ぶし」
「そうか?」


 平気平気ー、と腕をまくって軽く振る。ならいい、とクラピカは薄く笑って立ちあがった。そろそろ日が変わる。あたしも笑みを返して小さく息を吸う。すると彼は不意にあたしを振り返った。


「・・・、酷い火事だったのだろう?火傷が残っているのに、家族を亡くしているのに・・・こんなことを言っていいのか分からないのだが・・・、でも」
「ん?」





が生きていて、良かった」





「――――――っ、」
?」
「・・・なんでも、ない。・・・・・・ありがとう」
「ああ」


 ―――ありがと。





*




 そして、残りの期日が過ぎる。
 第4次試験合格者―――

 ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ、ヒソカ、イルミ(ギタラクル)、ハゲ忍者、帽子の少年、おっさん、そして―――あたし。























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090603