――――3時間は走ったと思う。



 ***2輪***




 息切れさえしない。確かにまだ40キロだ。けどそろそろ飽きてきた。けれど、周りには何人もの脱落者が転がっている。ここまで走れるほうが特殊なのだろう。やっぱり修行のおかげかな。あぁ、あの悪夢の11年間。師匠の仕打ち。笑顔。降ってくる岩石。魚。・・・・。・・・・。
 思い出すのもおぞましいくらい。・・・でも、一体どこまで走ればいいのだろう。

 けれど、それを考えてしまうのがいけないと思う。精神力も試されるのならなおさら。数えたり、考えたり、集中力を削るのが、一番いけないことだ。 ・・・でも飽きるっちゅーねん。


絶対ハンターになったるんじゃ―――!!!くそったらぁ―――――っっ!!!


 そう思った矢先、すぐ傍を絶叫しながらレオリオが通り過ぎた。やや呆気に取られて、あたしは彼のすぐ後ろについた。横には、同じく呆気に取られているクラピカがいる。


「だいじょーぶー?レオリオー?」
「ヘーキのヘーザだねこんなの!!へっ、甘くみんな!!」
「でもさ・・・・見てよ。階段なんだけど・・・・」
うげっ!


 目の前に、どこまで続くのかという階段が現れた。そうか、B100階はこういうことか。・・・にしたってやりすぎじゃね? 試験官は、スタスタと二段飛ばしの勢いで駆けていく。後ろには、遂にリタイアした者たちがずらりと屍のように倒れている。あたしは、ほとんどそいつらに気も配らずに、踏みつける勢いで超えていく。

 ごめんね。あたし軽いからあんまり痛くないっしょ?


「うげっ!」
「ふぐあぁっ!!」


 踏みつけられた人たちが悲鳴をあげる。失礼な。でもその原因が、靴に少しだけ入っているヒールのせいだと気付いた。1センチもないけど。こりゃ食い込むか。痛いよね。ごめん。次はなるべく気をつけるよ。保証はなし。みんな、保険には入っとこう。


「つーか何で脱いでんのレオリオ」
「あ!?すまねーな!ちょい我慢してくれよ!!」
「別にいいけど・・・」


 前に視線を戻すと、いつのまに脱いだのかレオリオが半裸になっていた。ここできゃーいやーん最低よーとかいって真っ赤になってばちこーんと引っ叩いて視線を逸らせば乙女確定なのかもしれないが、別にあたしは気にしない。全裸じゃ有るまいし。全裸だったら問題だけど。

 クラピカもいい加減心配になってきたようで、声をかける。


「レオリオ大丈夫か!?」
「おう!みてのとーりだぜ!!なりふりかまわなきゃまだまだいけることが分かったからな!! フリチンになっても走るのさ〜!!!クラピカ、!他人のふりするなら今のうちだぜ!!」
「・・・・・・・・・ごめんそうなったらあたしがレオリオ殴って気絶させるから。覚悟よろしく」
「・・・・もっともだな。だが・・・・私もヤツを見習うよ」
「え!?フリチンはやだから」
なるか!!


 クラピカの言葉にあたしは一瞬仰天したけど、彼が脱いだのは上に着ていた民族服のような衣装だった。あたしの言葉に顔を真っ赤にさせて彼は反応してくれた。いい人だ。


「あたしも脱ごっかな」
「「やめろ!!」」
「・・・・冗談だって」


 ちなみにあたしが今着ているのは、東洋風のぴったりとした服。デザインで空けられている、左胸に空いた小さいひし形の穴から、下に着てる黒のキャミソールが覗いてる。んでジーンズの短パン。ちなみに靴は、無彩色のブーツの上に、レッグウォーマーみたいなのを細い革のバンドで止めてある。ついでに言えば、髪は邪魔だし片耳の下で一つ結び。

 かといって、脱いだって別に、黒のキャミソールを着ているから、下着になるわけじゃないのに、二人そろって何を心配するのか。えーと、顔が心なしか赤いですよお二人サン。いくらなんでも下着になるわけが無いじゃないか。大体、あたしが脱いだら二人とも、びっくりするよー?

 確かに、いきなり女の子が脱ぐなんて言い出したら驚くかもしれないけど。


「・・・・・・ゴホ。れ、レオリオ。一つ聞いて良いか?」
「へっ。体力消耗するぜ無駄口はよ」
「ハンターになりたいのは本当に金目当てか?」
「!」


 あたしも耳を傾ける。これは気になる内容だ。


「違うな。ほんの数日のつきあいだがそれ位は分かる。確かにお前は、態度は軽薄で頭も悪い」
「何気に毒舌だねクラピカ」
「・・・・・だが決してそこが浅いとは思わない。金儲けだけが生きがいの人間は何人も見てきたがお前はそんなヤツらとは違うよ」
「ケッ、理屈っぽいヤローだぜ」


 息を切らして汗をだらだら垂らして、レオリオは前方だけを睨みつける。クラピカは少し黙ると、ゆっくり口を開いた。


「緋の目」
「?」
「クルタ族が襲われた理由だ」
「!」
「? えっと・・・、クルタ・・・族? 確かあの、えーっと・・・幻影旅団に全滅させられたとかいう・・・。・・・ッ! まさか・・・クラピカ」
「ああ。…、私はそのクルタ族の生き残りだ」
「っ!」


 あまりにあまりのことに言葉を失う。瞬時に冷たい光を宿したクラピカの瞳を、直視しているのがつらくてあたしは目を逸らす。すると彼は、


「私が話す代わりに、がハンター試験を受ける理由も聞きたいが」
「あ、別に良いけど」
「そうか?」
「えー、うん」


 と言う。別に…あたしが受ける理由なんかほんとにたいしたことないのに…。ほ、ホントにたいしたことないのに。こんな大切なこと聞いてもいいのだろうか。心の中で逡巡したけれど、結局言い出す前にクラピカは話し始めてしまう。


「では話に戻るぞ。・・・・緋の目とはクルタ諸族固有の特質を示す。感情が激しく昂ぶると、瞳が燃えるような深い緋色になるんだ。その状態で死ぬと、緋色は褪せることなく瞳に刻まれたままになる。この緋の輝きは、世界七大美色の一つに数えられているほどだ」
「・・・それで幻影旅団に襲われたわけか」
「幻影旅団……」
「ああ。うち捨てられた同胞の亡骸からは一つ残らず目が奪い去られていた。今でも彼らの暗い瞳が語りかけてくる・・・“無念だ”と。・・・幻影旅団を必ず捕らえてみせる! 仲間たちの目も、全て取り戻す!!」




 ・・・・・・・そん、な。


 何、なに。なに、それ。
 復讐のため。
 そんな。
 クラピカは、・・・・・・・それだけの、ため、に。


 俯いていると、頭の上でクラピカとレオリオが話しているのが分かった。でもごめん、顔を上げられるような顔、してない。


「オレは単純だからな!医者になろうと思ったぜ。ダチと同じ病気の子供を治して“金なんかいらねぇ”って言ってやんのがオレの夢だった!!――笑い話だぜ!!そんな医者になるにはさらに見たこともねぇ大金がいるそうだ!分かったか!?金 金 金だ!!オレは金が欲しいんだよ!!」


 レオリオの叫びが、あたしの耳に飛び込んできた。俯いたままでも、レオリオがどんな表情をしているかはなんとなく読み取れた。けど、やっぱりあたしは辛くなるだけだった。


「・・・・・・・?」





 驚い、た。
 話の途中から俯いていたのには気付いていたが、まさかこんな顔をしていたとは。
 深い海色の瞳が、苦渋の色で染まっている。
 だから、余計に心配になった。
 

 それと同時に――、何故か、心臓がトクンと脈打った。





 さて、どうするよ。
 こうなったらあたしは話さないわけにはいかない。だってそういう約束だったし。


「えっと・・・・あたしは、その・・・別にそんな、大層な理由じゃないんだ」
「それは関係ないだろう?理由に良い悪いなどはないよ」
「うん・・・あのね、一つは…えーと、あるヒトに強制的に受けさせられた」
「は?」
「いやちょっといろいろ事情があって。もう一つは…」


 クラピカもレオリオも重い理由を打ち明けてくれた。それなら、あたしも同等の理由を言うべきだと思った。けれどやっぱり、心が締め付けられるように痛くなって悲しくなって。口を開いたら、引き連れた小さな声しか出なかった。


「あたし、家族と引き取ってくれた親戚の一家を亡くしてるんだ。ついでにたった一人の従兄弟とも生き別れ。だからその従兄弟を探している。ハンターになれば、従兄弟に近づけるんじゃないかと思った、それだけ」


「家族を・・・それは」
「・・・・あー・・・」


「あたしの家族は火事で。かなり幼かったから覚えてない。奇跡的にあたしは助かったけど、両親、姉、弟、祖父母は死んだ。それから親戚を転々として。最終的に母方の叔母に引き取られたけれど、叔母家は交通事故でね。全滅。あたしと従兄弟はたまたまその日、風邪で行かなかった。そしたら、そこでみんなに死なれちゃったわけ。従兄弟は無事だったけど、今度は二人そろって孤児。まだ5歳だった。そしてその従兄弟は・・・6歳の時にはぐれてそのまま行方不明」


「「…………」」


 さすがに凄惨なあたしの生き様に、クラピカ・レオリオは絶句する。仕方ないと思う。たった17年とちょっとしか生きていない小娘が、一体何人分の死を間近で見ただろう。自分で考えてもおかしいと思う。


「でもね、火事とはいっても別に、本当にただの事故だし、叔母さんたちも事故。だからもうあまり気にはしていないよ。育ててもらった人たちには感謝しているし、普通の人とは違うかもしれないけど幸せだし」


 けれど、いまのところ、あたしに深く関わって生きているのは師匠と兄弟子だけ。従兄弟はわからない。





 そう言って、なんでもなかったように彼女は笑った。しあわせ。その言葉は本当なのだろう。たくさん失ったのに、彼女はそれでも笑顔を見せた。

 失った量や、重さが、私の方が大きかったなどとは、思わない。けれど、失ってきた彼女が今、しあわせだ、と笑えるように、私はそんな風に、生きてきたのだろうか。





 照れくさくなって誤魔化すように笑みを浮かべる。二人と比べれば全然、情けないくらいの理由だけど。
 それでもあたしは、本当にハンターになりたいんだ。
 ……にしたって、きっかけは突然すぎるだろ。


 ようやく前に光が見えてきた。誰かが叫ぶ「出口だ!」


「レオリオあと少しだ!」
「ほらもうちょっと!!」
「・・・・・・・・おう!!」


 出たら。目の前に広がっていたのは、霧が蔓延して先さえよく見えない、ぬめぬめしてそうな湿原。うげ。


「ヌメーレ湿原通称“詐欺師のねぐら”。二次試験会場にはここを通っていかないといけません。この湿原にしかいない珍奇な動物たち。その多くが、人間を欺いて食料にしようとする狡猾で貪欲な生き物です。十分注意してついてきてください。だまされると、死にますよ」


 試験官がそう言った。


「この湿原の生き物はありとあらゆる方法で獲物をあざむき捕食しようとします。標的をだまして食い物にする生物たちの生態系・・・・詐欺師のねぐらと呼ばれるゆえんです。だまされることのないよう注意深くしっかりと私の後をついてきてください」


「おかしなこと言うぜ・・・だまされること分かっててだまされるわけねーだろ・・・?」
「・・・そうかな?」


 レオリオが呟いた言葉に、あたしは誰にも気付かれないようにそっと呟く。


「ウソだ!!そいつはウソをついている!!」


 出てきた出口の横から、よろよろと傷だらけの男が歩み出た。そして、試験官・・・サトツさんを指差して叫んだ。「偽者だ、オレが本物の試験官だ」と。証拠は、ヌメーレ湿原に生息する人面猿だそう。その猿の死体を引きずって、それから高らかに言い放った。


「人面猿は新鮮な人肉を好む。しかし手足が細長く非常に力が弱い。そこで自ら人に扮し、言葉巧みに人間を湿原に誘いこみ他の生き物と連携して獲物を生け捕りにするんだ!! そいつは、ハンター試験に集まった受験生を一網打尽にする気だぞ!!」


 その言葉に、何人かが揺れた。けど、次の瞬間。


・・・・ヒソカ。(さっき他の受験生同士の噂から名を知った)


 何枚かのトランプか空を切って、その男の顔に突き刺さる。男は、いとも簡単にその場にくず折れる。反対に、同じようにトランプで攻撃されたサトツさんは、見事に全てを止めていた。


「くっく◆なるほどなるほど◇」


 ヒソカが楽しそうにトランプを切った。死んでいたはずの人面猿は、男が死んだとわかるとたちまち息を吹き返して一目散に逃げる。でも、ヒソカはそれを許さなかった。トランプの一枚が頭を貫いて、そいつは絶命したようだった。まだぴくぴくと痙攣しているけど。


「・・・あの猿、死んだフリを・・・!?」
「これで決定◆そっちが本物だね◇」


 ぴんっとサトツさんが指でトランプを弾いた。やっぱさすがはハンターだねと、ヒソカは静かに続ける。
 ・・・・でもさ、ヒソカさぁ、語尾に変なのつけるのやめてくんないかなぁ。


 やっぱりあいつは、念の使い手だ。それもかなりの。強い。


「試験官というのは審査委員会から依頼されたハンターが無償で任務につくもの◆われわれの目指すハンターともあろうものがあの程度の攻撃を防げないわけないからね◇」
 
「ほめ言葉とうけとっておきましょう。しかし、次からはいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格とします。よろしいですね」
「はいはい◆」


 ぎゃあぎゃあと肉食だろう鳥が、わらわら(ばさばさ?)と群がって、びちゃびちゃと血を飛び散らせながら、生き物だったモノを食べていく。でもこれが、自然の掟。弱者は生きている必要がない。



「私をニセ者扱いにして受験者を混乱させ何人か連れ去ろうとしたんでしょうな。こうした命がけのだまし合いが日夜行われているわけです。何人かはだまされかけて私を疑ったんじゃありませんか? それでは、参りましょうか。二次試験会場へ」




 受験生311名 ヌメーレ湿原へと突入。













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