とくん、とひとつ心臓が脈打った。 柄にもなく緊張しているのだろうか、少しだけ鼓動が速い。 あたしは、そのまま目の前の定食屋を睨みつけた。 ***一輪*** 「なんっじゃこりゃああああああっっ!!!!」 明るい木立、響く鳥の声、きらめく小川、咲き誇る花―――、そんな風景の中、非常に不釣り合いな素っ頓狂な悲鳴が響いた。声の主は、もちろん、あたしだ。言うまでもない。 一応女として生まれてきているからには、こんな可愛さのかけらも感じられないようなとんでもない悲鳴はあげたくはなかったが、この状況で悲鳴を上げるなと言う方が無理な話だ。可愛く悲鳴を上げればいいじゃないかって?じゃああんたは目が覚めたら体ががんじがらめに縛られているという状況でブリッコできるんですか。 そう、あたしは巨木に縄でぐるんぐるんに縛り付けられていた。 眠っている間に師としている人に置いて行かれたのを知り、いくらなんでもこれはひどいだろうと無意味な抗議を口にする。少し前、といっても大分前に、同じようなことを兄弟子にしていたのを思い出す。 「・・・今度はあたしですか」 置いて行かれたことに気づかないあたしもあたしだが、師匠が本気で絶を行えば気づくわけがない。ふざけんな。あたしだってそれなりの力はあるつもりだし、多少の強さはあるはずだ。・・・・・・けど、普通、年頃の女の子を森の中に放置する? 「・・・・・・・・・猛獣の巣の中とかじゃなかっただけ運が良かったと思おう」 前回そんな感じの目に逢っていた兄弟子を連想する。あれ、もしかしてちょっとは気を使ったのだろうか。・・・十中八九気まぐれだろうが。 重いため息をついて、あたしはとりあえずぶちりと縄を無造作にたち切り、目の前の切り株に鎮座してくれちゃてる「ハンター試験会場案内」を手に取った。つまり、あのクソ師匠はあたしを勝手にハンター試験に応募していたということだ。でもってあのヒトのことだから「早く受かってつかまえてみろばーか」とかいうノリだろう。ああ腹が立つ。ああそうだ、それに。 「・・・・・・・もうひとつの可能性、か」 *** もしかして、という憶測も胸に、仕方なく腰を上げたあたしは、それから適当に進んだ。 適当にというかなんというか・・・ただ単に、ここ・定食屋までは難なくたどり着いた、というワケなんだけれど。 「・・・・・・受かってやろうじゃんよ」 あはははと乾いた笑いが漏れる。見てろ。なめんじゃねえ。 「あ、結構美味しい」 おっちゃんに通された部屋に用意してあった料理。まさか、本当に用意されているなんて思わなかった。本当に食べたくて頼んだ一般客もいると思うんだけど。そういう場合って大丈夫なのか。 ぱくりとお肉にかぶりついてそんな感想をもらす。こんなお肉なんて何年ぶりだろう。・・・いや野生の、自分で狩った肉なら食ってるけどそうじゃなくて、こういうマトモな食事が実に久々。あぁぁ悲しい。 定食屋のおっちゃんが用意してくれたステーキ定食は予想以上の美味しさ。マジで美味いって。おっちゃん感謝。今度はちゃんと食べるためだけに来よう。 もぐもぐと口を動かして、まだまだ食べたいというのにチン、と間抜けな音と共にエレベーターが着く。それはそうと、B100階て随分深くないか?掘るの時間かかっただろうなぁ。 足を踏み出すと、何百人という視線をもろに受けた。その視線には驚きと好奇、敵対心に敵愾心。まぁそりゃぁ、こんな女が猛者ばかりあつまるトコにいるってのもなんだか場違いな気もする。最初からそんなの覚悟の上だったけど。知りたくなくても思い知らされたけど。ここまでの道のりで。 「こちら、番号札です!」 「あ?ありがと」 札は66番・・・。不吉な数字。悪魔の数字は666、だっけ。うむ、おしい。 「よ!お嬢ちゃんも受験者か!オレはトンパ。よろしくな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よろしく」 なれなれしく話しかけてきた男に向かって、あたしは笑顔を向けた。「馴れ馴れしく寄ってくんじゃねぇ」という意味もこめて。こんなところでいきなり声をかけてきて。下心見え見え。もう少し演技の勉強したほうがいいんじゃないの。 彼は数秒ほけっとした後、はっと気を取り直すとどこからかジュースを取り出した。わぁおイリュージョン。 「いやぁ、結構な実力者みたいじゃあないか。君くらいの子がここまで来れるなんてすごいよ。ほいよ、ジュースだ!のど渇いてるだろう?遠慮はいいから!」 「・・・・・・」 無言で首を振る。そうして不敵に笑ってみせる。 「わざわざ御苦労さま。分かりやすすぎて張り合いがない。つまんないよ、アンタ」 そしてその場を離れる。あー、なんかすげぇ無駄な時間を支払った気がする。あーあ。 「うーん・・・ヒマだ。」 流していた髪を無造作に右耳の下で括り、しばらく準備運動。さすがにこんなところで練をするわけには行かないし。ヒマだ。ヒマすぎる。マンガもってくればよかった。試験では念を使うつもりは全く無い。ここであたしが使ったらアンフェアだろう。ほとんどが知らないんだし。 そうこうしているうちに、周りが一層騒がしくなった。どんどん人数が増えている。これで何人くらいだろう。目測で・・・300人は超えてそうだ。いつのまに。 あたしの後ろでトンパがにこやかにジュースを渡している。見ていれば、だれもそのジュースは受け取らなかった。ひっかかりそうなヒトはものすごく多かったけれど。 あ。あの子。銀髪の子、ジュース飲んだ。飲んじゃった。 あっちゃ〜、という顔で見ていたのがばれたらしい。その少年はあたしをみてにかっと笑う。ダイジョブらしい。それよりも彼の顔、どっかで見たことがあるような気がする。どこだろう。 それからさらに時間がたった。そろそろ始まんないかなぁと思った瞬間、あたしの後ろで悲鳴が上がった。 「ぎゃああああああ!!!!!」 ・・・・・・何事? 野次馬覚悟でヒトの波を掻き分けて、ひょこんと一番前に躍り出る。両腕を失った男が、ピエロのような服装の男の前に倒れ付していた。そのピエロのようなヤツは、あっさりと、そうそれがまるで親しい友人への普通の挨拶であるのかのように、笑った。 「気をつけようね◆ヒトにぶつかったら謝らなくちゃ◇」 ・・・念能力者。しかもかなり強い。 あまり感慨や恐怖は浮かんでこない。腕が取れた?そんくらいこの世界じゃ普通だ。・・・いやそうでもないか?あたしも大分おかしい神経の持ち主らしい。 「ん◆?」 「ッ!」 あわてて目をそらすが遅かった。完璧にヤツと目が合ってしまった。見られてる見られてる!超見てる!!めっちゃ見られてる!!すごい視線を感じる。最悪すぎる。ぞわぞわと鳥肌が立つ。恐る恐るそいつのほうを見てみる。 「くっくっくっく・・・◆あの子も美味しそうだねぇ・・・・・・◇」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・っぎゃああああああああああっっっ!!!!!! こんな感情を他人に抱いたのは初めてだよ!いろんな意味で!とりあえずアイツから離れたい一心で、あたしは後ろへと後ずさりしていく。だって視線はずしたらその間になんかされそうなんだもん!! どんっ。 「あ、ごめんなさ・・・・うげ」 「ん、すまん・・・・おげ」 よりにもよってぶつかったのはあのトンパとか言う胡散臭いおっさんだった。あからさまに嫌そうな顔をしたのが後ろにいた少年達に見られてしまった。呆然とこっちを見ている可愛い少年。ごめんよ、どうかおびえないでくれ。 ・・・・・・・あたしの第一印象最悪じゃねぇかこのヤロウ。 「とっとにかく、すまなかったな古いジュースなんざ出しちまって!」 「ううん、本当にいいんだ!気にしないでね!!」 黒髪の男の子が笑って手を振る。トンパはそそくさと退散していった。するとその男の子はじっとあたしを見ると、にこっといかにも可愛らしく笑う。 「オレ、ゴン!君は?」 「ん?あたしは。よろしく、ゴン。えっと・・・」 「クラピカという」 「レオリオだ!よろしくな!」 金髪の超美男子がクラピカでチョビヒゲなイケてるおっちゃんがレオリオ。三人にそろって言われて、ふと笑みがこぼれる。 あったかい。 すっごく久々のこの感じ、いいなぁ。 ・・・師匠。会いたいなぁ。・・・・・あ、クソ、またなんか腹立ってきた。 じりりりりりりりりりりりり。 そんなうちに、一次試験が始まった。 第一次試験は、「二次試験会場まで試験官についてくること」。 聞いたとき、あたしは正直嬉しかった。持久走になら自信がある。 参加者はやっぱり全員。でもさっき、ヒソカとかいう(ゴンに名前を聞いた)ピエロっぽい人に腕を切られた人は、やはりついては来られなかったみたいだ。そんな中、あたしたちの横をボードに乗った一人の少年が通り過ぎた。 「おいガキ!汚ねぇぞ! そりゃ反則じゃねえかオィ!!」 「なんで?」 「なんでっておま・・・、これは持久力のテストなんだぞ!!」 「待ってレオリオ。そんなこと試験官は一言も言ってない。ただ2次会場までついていけばいいんだ。だから、彼のも反則なんかならないよ」 「そういうことだ、レオリオ。彼女のいうとおりだな。それと、怒鳴るな。体力を消耗するぞ。何よりうるさい」 「そうだね。試験は持ち込み自由だもんね」 「――――」 あたし、クラピカ、ゴンに反論されてレオリオの言葉が行き先をなくしてさまよう。ああ情けない。これで決定。レオリオ=ヘタレ。会って数刻のクセに、なんて分かりやすい性格をしているんだろう。それでも好きだよレオリオ。そんな君が。はは。いいキャラしてるよ。 「あ、さっきの。な、オレ大丈夫だったろ?」 「おぅ、さっきの。うん大丈夫だったな」 「・・・・・年、いくつ?」 「ん? 17」 「へー」 「そっちは?」 「・・・君は?」 スルーかい。 ヒトに聞いたら自分も答えろ少年!! ていうか自己紹介くらいしよう!!ゴンに聞きたいのは分かったから。質問の矛先を向けられたゴンが、自分を指差して答えた。 「もうすぐ12歳!!」 「・・・・・・ふーん、同じか」 「?」 何を思ったか、彼はいきなりボードから飛び降りて横に担ぎ上げた。そして、唐突に名前を告げる。 「オレ、キルア」 「オレはゴン!」 「あたしは」 「・・・・・あぁ」 ねぇなんでそんなに興味なさげなんですか。いいけどさ。別に。・・・ねぇ、なんで目そらすの!?あたしの顔なにかついてんの!?言いたいことあるなら言ってくれよ!!気になる・・・。どっかに鏡ないかな。 「クラピカ。あたし、顔になんかついてる?」 「は?いやなにもついていないが」 「じゃーいいや。ありがと」 隣を走るクラピカに質問。怪訝な顔をする彼に、礼を言いつつ、あたしは首を傾げる。つーことはあれですか。何、初対面から嫌われてるわけ? キルアに? ・・・、何かしただろうか。 「オッサンの名前は?」 「オッサ・・・これでも10代なんだぜオレはよ!」 「「「ウソぉ!!??」」」 「あ――ゴンとまで!ひっでー、もう絶交な!!」 (少し離れよう・・・・) クラピカが心の中でそう呟いたことも知らずに、あたしたちは少し騒がしげに歩を進めた。 *** あのとか言う女。 なんかよく分かんないけどさ、なんなんだよあの能天気さ。 いやオレだって能天気だけどそれとは違うだろ? だって、余裕・・・そう、余裕なんだろう。だけどそうじゃなくて。何か底の知れないような。そんな変な感じ。 ・・・・・・・よくわかんねぇ。 ――でも。 ・・・・顔はきれいだ。それは、認める。 正直、目が合ったとき心臓が跳ね上がった。 きれいで、髪がくすんだ青色に輝いて、目の色まで深い海の色。 ・・・不覚。 性格は変なヤツだとは思うけどな。 NEXT→ 080308 |