――――あの小さかったが、大きくなったなぁ




「・・・アオト、兄・・・」


 7歳のころ。3年前に別れたきり、ようやく会えたアオト兄と父さんは、オレを見てそうやって笑った。年の離れた兄はオレをおもちゃみたいに扱ってたけれど、意地悪で飄々として学校の人気者で。――――そんな兄を、オレは大好きだったんだ。





 90.





「・・・!」
「ちょっと、呼んでるよ!」
「へっジェームズ・・・!?うぇ!?マクゴナガル先生!」


 ジェームズに呼ばれてオレは慌てて顔をあげた。「なんですその顔は」と言わんばかりのマクゴナガル先生を見て姿勢を正す。やべオレなんかしたっけ!?最近はそんなにイタズラとか参加してないはずなんだけどわぁぁぁぁ何かしたっけぇぇぇ!


「そんな顔をしなくてよろしい。・・・良い知らせですよ」
「へ?」


 そういえばマクゴナガル先生の顔は珍しく上気していて。オレはぽかんと目を丸くした。気付けば、周りにはいつもの4人がぞろぞろと集まってきている。自分を落ち着かせようと小さく息を吸った先生はオレを見ると優しく笑った。


「アオト・が帰ってきましたよ」






*






「――――――ッは、はー・・・、はぁ」


 ばたばたと校長室に飛び込み、荒れた息を整える。目が部屋を彷徨い、そして一人の椅子に腰かけた人間で視線が止まった。細身で薄い胸板、母親譲りのストレートの黒髪。父の色をした目がこっちに向いて、オレは言葉を失った。





「・・・よお。。オレの妹」




「っうぉ!おいばかお前、オレ怪我してんだぞ!!いきなり飛びつくな!」
「・・・・・・・っ」
「・・・・・・あぁ、わかったわかった。―――ごめんな」


 気が付いたらアオト兄に思いきりしがみついていた。ぼろぼろと涙がこぼれてこぼれて、あんなに泣いたはずなのにまだ涙は枯れていなかったらしい。ぽんぽんと背を優しくたたかれ、すでに懐かしいとすら感じるテノール声が頭の上から降ってくる。ごめんなと繰り返す兄に、オレはただただ首を振ることしか出来なくて。


「ごめん。―――ただいま、


 どこか傷ついたように陰のある声で、それでもアオト兄は確かにそこにいて。


「―――――おかえり」


 オレはそれだけ声を振り絞った。





*





 声をあげずにただひたすらにしがみついて泣くを、アオトさんは優しくぽんぽんと背を叩いた。普段とそこまで変わらない様な―――いや、確かにアオトさんも「あの日」を経験して変わったのだろう。どこか陰を背負ったその横顔に、僕は息をのむ。まるでなにかを覚悟したかのような。


「無事に帰ってきてくれて―――何よりじゃ、アオト」
「ダンブルドア。とんでもない・・・オレは、帰ってこれるだなんて思わなかった」


 その言葉に目を瞠った。ダンブルドアは静かにアオトさんの言葉の続きを促す。彼は少し迷うように目を伏せた後、僕たちをちらりと見て、どこか切なげに笑った。


「ありがとうな。こいつの傍にいてくれて」
「・・・そんな、こと」
「もっと早く―――帰って来てやりたかったんだけどな。オレが無事だとわかると、多少やっかいなことになりかねなかったし。それに」


 首元に手をやると、アオトさんはそこに巻かれた包帯をなぞった。良く見れば何か所も包帯が巻かれ、腕には大きな傷跡がある。


「簡単に帰ってこれるほど、体力も戻らなかったからな。・・・ダンブルドア、詳しくは後でまた話に来ても?」
「そうじゃな。今晩はゆっくりと休むといいじゃろう。医務室を空けておいたからのぅ」
「ありがとうございます。ほら、行くぞ」


 離れようとしないに苦笑して、アオトさんは立ち上がる。それでもまだは強くアオトさんの服を握りしめて放さない。やっかいな妹だなぁ、と呟くと彼はよしよし、と妹の髪を撫でる。


「ほら、しっかりしろ。―――兄ちゃんはここにいるから」


 その言葉で、ようやくはアオトさんから離れた。真っ赤にはらした目を拭うと、顔をあげる。


「おかえり、―――おかえりアオト兄!」


 泣き声交じりの声で、髪の毛はぐしゃぐしゃで、鼻水まですすりながら。顔をくしゃくしゃにしながら。

 それでも、僕らはようやく安心したのだ。


 太陽みたいな、夏の輝く光の様な。
 そんな笑顔ではなかったけれど。

 遠くないうちに、きっとは前みたいに笑ってくれる。そう確信できたから。
 きっとのなかでアオトさんは本当に大きな存在で。大好きなお兄さんで。だからこそ、僕らじゃ埋められなかった穴を一瞬にして埋めてみせた。


「・・・かなわねぇなぁ」


 小さく横でシリウスが呟いた。きっと誰よりもを心配してきたであろう男の言葉に、僕は小さく苦笑を唇に乗せた。






















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