二週間のあいだ何をしていたかって、それは家に帰って片づけをしていたのだ。
 いくら学生であっても、いま家にいられるのはオレしかいないから。

 先生たちが葬儀をしてくれると言ってくれたけれど、オレは自分の力でやりたいからと最低限のことだけしか頼まなかった。体を動かしていた方が、なにも考えないで済むし気も楽だ。それになにより、




 両親とアリアさんの死を、受け入れなきゃいけないと自分にそう思っていた。




 88.




「ふ―――・・・、しかしムーディも人使い荒いよなぁ」


 自分でやると宣言したとはいえやっぱり子供で、勝手なんかさっぱりわからない。結局後見人であるムーディが先陣きってやってくれて、オレは葬儀ではひたすら握手したり座ったりする方がメインだった。それはやっぱり仕方ないと思う。

 ぐったりと自分の部屋のベッドの上にダイブした。途端に襲ってくる睡魔。やっぱり、体を動かしているおかげで疲労感が眠りを誘ってくれた。一人でじっとしていると、どうしても眠れないしイヤなことばかり考えてしまう。


「・・・・・・広いなぁ」


 一人になった家は広かった。いや、正確に言うと、今は階下でムーディを含めた大人たちがなんやかんやと話しているから一人ではないのだけれど。もともとデカい家だという自覚はあったけれど、こんなにもしんとしているとは思わなかった。

 ホグワーツから、ムーディとともに家まで帰ってきて。既に手が加えられていたのか、想像よりも綺麗にされていた。争った痕跡なんかまるでなくて、ただ、ちょっと旅行か何かで家族が家をあけている様な―――そんな錯覚に襲われる。




 けど、葬儀をやる以上。嫌でも現実を受け入れなきゃならなかった。




 例えば、家族の訃報を人づてに聞いただけだったら受け入れられなかっただろう。それだけ唐突で現実感が無くて、どこかふわふわしていた。だけど―――まぎれもなく、オレは。


 あのとき、その場にいたのだ。


 吐いて、泣いて、吐いて。人間ってこんなにもぼろぼろになれるのだと初めて知った。ムーディは優しかった。初めて会った小娘相手に、不器用ではあったけれど優しかった。優しい言葉なんかはかけてもらえなかったけれど、放っといてくれる優しさのほうが今のおれには嬉しかった。


『おい!!!またダイニングに本を出しっぱなしにしただろ!片づけろっつっただろーが!!』
『ごめんなさーい!』
『お前なぁ、この本は千鳥のなんだぞ!!汚したら何されるかわかんねぇぞ、ちゃっちゃと片付けろ!!』
『はぁーい』


 足音で父さんのものか母さんのものかアオト兄のものかはいつだってすぐに分かった。ドアの影に隠れておどかそうとしても、引っかかってくれるのはアオト兄か父さんのどちらかで。母さんはいつだって簡単にオレを見つけた。


『なんで母さんはわかるの!?』
『あら、なんでかしらね』
『教えてよけち!母さんのケチーっ』
『もう一度言ったらその口縫いつけるわよ』
『ごめんなさい』


 そんなことを思い出してくすくすと笑みがこぼれた。ああ、そうだ。我が家で一番怖いのは母さんだったな。父さんもアオト兄も、母さんだけには敵わなかった。


『なんでウチってこんなに部屋がいっぱいあるの?』
の代々続いてる家だからなぁ、増築しまくってたんだろ』
『へー』
『なんせオレがガキのころには各階に家政婦を含めた10人ずつが住んでる大豪邸でなぁ4階と6階には異世界に通じる扉があるんだぞ』
『母さん、また父さんがに適当なこと吹き込んでるよ』


 しばらくオレはそのホラを信じていたっけ。父さんが子供の頃なんて、すでにほとんど血は絶えて1家族ぐらいしか住んでいなかったし、4階にも6階にもそんな扉は無い。あったらそれこそハ○ルだ。


「・・・っ・・・・・・」


 途端に寂しくなって、涙があふれた。ベッドに寝っ転がったまま、目を抑える。そういえば喪服、着替えてなかったな。皺になっちゃう。そんなことがちらりと脳をよぎったけれどどうでもよかった。枕に顔を押し付けて、オレはしばらくそのまま泣いた。


「・・・?」
「っ!」


 遠慮がちなノックに、オレは慌てて目を拭うと顔をあげた。葬儀の手伝いをしてくれた、ムーディの部下の女性が顔を出す。


「大丈夫・・・なわけないわよね」
「あっ、いえ、平気ですっ」
「無理しないで。・・・あのね、お客さんよ」
「え?」


 そう言って女性の後ろから遠慮がちに顔を出したのは、クライスだった。びっくりしてオレは目を瞬かせる。


「クライス!?久しぶり・・・半年ぶり、くらい?」
「ああ、そうだね。えっと・・・入っても、平気かな?」
「は?え、うん。どうぞ」


 躊躇いがちにオレの部屋に入ってきた彼に、慌ててデスクの椅子を貸した。オレはいま、完全にベッドの上で髪の毛ボサボサのまま座ってる状態だからここに座らせるのはさすがに気が引けた。先輩だし。


「なんというか・・・心配だったんだ、
「え、いや。ありがとう」
「突然悪いね、本当に。迷ったんだけど」


 だけど、顔を見ておきたくて。


 そう言ってクライスは苦笑する。でも、彼だってアリアさんやアオト兄とは深いかかわりがあって。哀しくないはずないんだ。


「悲しみに大きいも小さいもないとは分かっているけどね。―――けど・・・そうだね、ショックだった。アリアやアオトなんかは、僕が入学したときからお世話になっていたから」


 アオト兄より3つ下のクライスはそれこそ≪グリフィンドールの救世主(メシア)≫世代で、たくさんの思い出があったはずだ。彼は悲しそうな笑顔でオレを見た。大して知らない両親の同僚や上司の悔やみの言葉よりもずっと近しくて、オレはまた泣きそうになるのをぐっと堪える。


「だけどね―――だけどね、
「・・・ん」
「きっと、アオトは無事に帰ってくるよ」


 クライスはオレを見てそう言った。その言葉に、オレは思わず顔をあげる。


「そんな気がするんだ。あいつは、ただで死ぬようなやつじゃないから」
「・・・クライス」
「それだけ言いたかったんだ。ごめん」


 そうして、彼は帰って行った。ムーディもクライスのことは知っていたらしく、何事かを交わしていた。相変わらず、人の良い優しそうな顔で。


 その言葉に、どこか救われた気になる。たとえ気休めかもしれなくても。


 ムーディに急かされて、オレは風呂へ向かった。
 唐突に、あいつらに会いたくなった。
















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120219