「助けて―――た、すけ、て」
「おい、落ち着けって・・・!なにがあったんだよ」


 突然現れたは顔面蒼白で、喉からありったけの悲鳴をあげた。完全に錯乱していて、オレは慌てて読んでいた雑誌を放り投げて抱きとめる。呼ぶまでもなくジェームズが父親と一緒に駆けつけてきて、驚きの声をあげる。それに構う余裕すらなく、暴れるを押さえつけた。




 86.




 過呼吸状態で、切れ切れになりながら。ぼろぼろと涙を幾筋も流しながら告げたの言葉で、なんとか事情を飲んだジェームズの父親は血相を変えて部屋を飛び出していく。


「アリ、アさ、・・・父さ・・・っ、母さん、が、」
「・・・
「なんで・・・っなんでオレだけ」


 悲鳴のような声では何度も同じ言葉を繰り返した。どたどたと階下が騒がしくなり、ジェームズの父親が家を出たのを気配で知る。なにも出来ないままオレとジェームズはただただの絞り出すような叫びを受け止めることしかできなかった。

 無力って、こういうことだろうか。





*




「・・・・・・・・・ここ、は」
「おお、目を覚ましたかの?」


 うっすらと開けた視界に飛び込んできたのは真っ白い天井で。ぼんやりとした思考に優しい老人の声が響いた。


「・・・ダンブルドア、先生?」
「そうじゃよ。おお、まだ動くでないぞ、。ここがどこだかわかるかの?」
「・・・・・・ホグワーツ、の・・・医務室?」


 ふぉっふぉっふぉと頷く祖父のような優しい顔で、校長は頷く。オレはなにがなんだかわからないまま、眉をひそめた。徐々に蘇ってきた記憶に、一気に青ざめる。




―――クリスマスの日、父さん、母さん、アリアさん。





 なんで、なんでオレはここにいる!






「先生っ!オレ、オレの、家族、は」
。そのままで聞きなさい」
「っ!」


 表情は優しいのに、厳しい声にオレは瞠目した。外の音がいやに静かで、今はいったい何日の何時なのだろうと思う。どのくらいの期間、眠っていたのだろう。


「辛いことじゃ・・・おお・・・本当に酷い・・・惨い仕打ちじゃ・・・。じゃが、わしは、は知る権利があると思うんじゃ。聞いてくれるかの?」
「・・・・・・はい」


 喉がかすれる。鼓動が速い。目の前がくらくらする。最悪の予感が胸を締め付ける、脳がしびれるような錯覚に襲われる。聞きたくない、信じたくない、だけど。オレは歯を食いしばってダンブルドア先生と視線を合わせた。







「ウォルス・、千鳥・、アリア・・・・3人は亡くなったのじゃ」






「・・・・・・・・・!!!」


 現実感のないふわふわとした声がゆっくりとオレのなかに落ちていく。蘇る、母が最後に叫んだ声、父の広い背中、手を伸ばしたアリアさんのオリーブ色の瞳。全てがぐるぐると回る。


「そん、な」


 だって。








 助けてって 言ったのに。











 オレは、生きてるのに。











「ご両親は立派な最期じゃったと・・・勇敢に戦って、亡くなったそうじゃ。闇祓いのチームが到着するころには、既に息絶えていたそうじゃ。2人とも、硬く杖を握ったまま。惜しい・・・立派な、素晴らしい夫婦を失ってしもうた・・・このおいぼれが生き恥を晒しているというのに・・・なんという・・・なんということじゃ・・・」


 呆然とした視界に、ダンブルドアの声が震え涙を拭うのを見た。まだ現実に、脳がついてこない。


「ミセス・アリアも最期まで応戦し続けたようじゃ。おお・・・わしは、あの子がかわいらしい笑顔で猫と遊んでおるのを覚えておる・・・よく転んで、傷の絶えない子じゃった・・・いつもそれを、アオトが助けておった」
「あ、」








 そうだ、アオト兄は。クリスマスも帰ってこれなかったアオト兄。








「兄は、兄はどうしたんですか」
「アオトは」


 険しい顔で、ダンブルドアは口を開く。


「行方が分からぬ。家襲撃の連絡に、真っ先に向かったのは彼じゃったそうじゃ。しかし、他の闇祓いが辿りつくころには姿が無かったそうじゃ」
「・・・・・・・・!!?」


 行方、不明って。どういうことだ。
 アオト兄は、そもそもなんの仕事をしていたんだ。闇祓いの仕事だと思ってたけど、他のチームが駆けつけられる時間とズレてるってことは闇祓いの仕事じゃなかったってことじゃ―――。妙に冷静な思考が脳裏を駆ける。


「もういいだろう、ダンブルドア。わしを紹介してくれ」
「うむ・・・そうじゃな、


 衝立の後ろから出てきた傷だらけの男に、オレはただ呆然と彼を見つめた。どこかで見たことのある姿に記憶を刺激される、けれど思い出せない。そんなオレに向かって、彼はまずかたい表情で頭を下げた。


「ウォルスの秘蔵っ子か。わたしはアラスター・ムーディ。会うのは初めてだな。長いこと、ウォルスの子はアオトだけだと思っていたからな」
「・・・ムーディ?」
「ウォルスとは戦友、アオトは弟子みたいなものだ。そして、いざというときの一人娘の後見人についている」
「ひとり・・・むすめ、って、オレ・・・?」
「ああ、そうだ。何かあった時のために、と」


 ムーディは気難しそうな顔で、だけどオレを見てそっと目を細める。ゴツい傷だらけの手が頭に触れた。







「辛いだろうが・・・生きろ、








 低い、落ち着いた声に、オレは途端に堰を切ったようにぼろぼろと涙を落した。そこまで泣こうとは思わなかったのに、突然涙があふれた。ぼんやりとしていた現実が唐突に輪郭を持ちはっきりとした。優しい大人の手がオレの手を握り、ただ、ただひたすらに、そのまま泣きじゃくった。


 信じたくなくても、耳に、目に焼き付いて離れない。母さんが叫んだ声、父さんの背中、アリアさんの伸ばした手とその瞳の色。吐き気のするほどにわんわんと頭の中で木霊する。




 オレの、家族は。









 帰る場所は、もうない。



















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120218