『ねぇ、ウォルス。とアオトを知らない?さっきからどこにいるんだか』
『ああ、あいつらなら』


 笑うウォルスに連れられて、7階の書庫に入ると、そこで絨毯の上で寝っ転がったまますやすやと眠る2人の子供がいた。分厚い本を開いたまま、そのまま眠ってしまったらしい2人。


『なんだかんだ言って、面倒見良いわよねアオトって』
『本当にお前に似たよな、千鳥』
はあなたにそっくりよ』


 黒髪の女の子みたいに華奢だったまだ8歳のアオトと、1歳になるかならないかといったくらいのは、両親のひっそりとした笑い声に気付かないまま眠っていた。





 85.





「千鳥・・・会いたかったよ、ずっとね」
「・・・・・・リドルっ・・・」
「ああ、もうその名では呼ばないでくれたまえ―――我が名はヴォルデモートだ」
「なに言ってるの?私の中ではずっとあなたはトム・リドルよ。笑顔を貼りつけた嘘くさいトム・マールヴォロ・リドル!」


 そう。忘れたくても忘れられなかった。あの日々が、私に忘れることを許さなかった。リドル、と本名を口にすると紅い目の凄惨なオーラの男は眉をひそめ不快感を露わにする。すぐ横の花瓶が音を立てて爆発した。咄嗟に片手で印を結ぶ。


「流石だな、夕蒔千鳥・・・。お前の呪術の能力はやはり素晴らしい。こちらの手につけばいいものを。まだ決心出来ぬのか?」
「笑わせないで。私は貴方と同じ側に落ちるほど、プライドを捨ててはいないわ」


 私の選んだのは、太陽のような、きらきらした光の隣を歩くこと。手を伸ばしてくれた、差し伸べてくれた、何よりも大切な人のそばで、何よりも大切な子供たちのもとにいること。それを守れるのなら。


「ふん・・・強情な女だ。あのときからそうだった」
「そうね、覚えてるわリドル。私は決して貴方には屈しない!昔も、今も!」




 大切な大切な、宝物を。

 愛しい家族を、奪わせはしない。





「俺様のものにならないのなら」


 リドルの振り上げた杖腕に目をつぶった。彼の放つ強力な死の呪いは、私の力では防げない。法具があったのなら、もっと力があったのなら。




 ああ、





 父様の様に、強かったなら。








「千鳥!!」








 きぃんと耳鳴りがした。弾き飛ばされて床に体が打ちつけられる。小さく呻きながら体を起こすと、金髪の後ろ姿が目に入る。


「ウォルス・・・!!」


 やめて、と言葉にならない悲鳴が喉から迸る。どうして。あなたはさっきまで離れたところで他の死喰い人と応戦していたんじゃないの?どうして。





 どうしていつも、私を助けてくれるのよ。






「貴様は・・・」
「ふん、覚えてるだろ?リドル。お前の一番のライバルだったウォルス・さ、覚えてないなんて言わせねぇぞ!!」


 叫びながらウォルスは大きく杖を振った。放たれた光線を軽々といなし、リドルはその口元をゆがませる。


「あの胡散臭いグリフィンドールの男か・・・!!ふはははははは、私は貴様も探していたぞ・・・!なぁ、≪移動者≫?」
「っ・・・なんの、根拠があって≪移動者≫だと言う」
「しらばっくれるな!!」


 大声とともに呪文が交差する。大きな音が響く。私は必死でウォルスに駆けよった。その背中にしがみつく。


「千鳥!!逃げろよお前・・・っ!」
「イヤよ!馬鹿言わないで!!」
「お前・・・」




 千鳥は、千鳥だけは。
 愛するこのひとだけは、生きていて欲しいのに。




「そんなこと、私だって同じに決まっているでしょう」
「千鳥」
「あの日、私を迎えに来てくれたあの日から」




 舞い降る狂い桜の下で、私を迎えに来てくれたあの日から。






『千鳥。―――オレと一緒にいよう。ずっと。そうしたら、オレはいつだってお前を笑顔にしてやる・・・してみせる』






 あのとき、そう言ってくれたときから、もう私は迷わない。
 目を閉じればまるで昨日の様に、鮮やかに蘇る。強い瞳、きらきらと風に流されて煌めく美しい髪、抱きとめてくれた力強い腕。祝福するように降り注ぐ薄い色の桜の花びら。











 一緒にいようと決めたのだ。どんなときも、どんなことがあったとしても。











「一緒にいるわよ―――最後まで」
「・・・ああ、そうだな」


 繋いだ手は決して離さない。だから、どうか、ああ、神様。

























 あの子たちだけは、どうか、無事で。






































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120218