「君も聞いているだろう、『あの方』の話を」


 もちろんだ。あの忌々しいシリウス・ブラックの弟だというレギュラス・ブラックが妙に僕に懐いているせいで、去年のクリスマスあたりからずっと、その手の話は耳にタコができるほど聞いている。

 先輩であるルシウス・マルフォイを眼前にしながら、僕は無表情のまま本を閉じた。




 76.




「『あの方』は偉大なお方だ―――穢れた血がいかに魔法界において不必要なものかを理解して下さっている。偉大で―――そして、恐ろしい」


 まるで陶酔でもしているかの口調はうんざりだ。レギュラスもそうだった。『あの方』とやつらがそう呼ぶ人物のことについては狂信しているかのような話し方。そのくせどこか怯えるような。そのことを抜けば、レギュラスというのは好感のもてる少年だというのに。(スリザリン以外の寮生を嘲る点はうちの寮生なら皆同じだから、それはもう仕方ないと諦められる)

 レギュラスは僕にグリフィンドールの友人がいることを嫌がっているらしく、あんな連中とは付き合うなと聞きたくもない説教を延々並べてくれる。もちろんそれはとリリーのことであるのだが。寮内での僕の立場は幸運なことに揺らぐことはなかったし、他人に自分の友人関係をとやかく言われる筋合いなど無い。


「聞いているのか、セブルス」
「―――ええ、もちろんです」


 高飛車な台詞に若干の苛立ちを覚えながら、そんなそぶりなど一切見せることをせずに対面する。この誘いを受けるのは、すでに初めてではない。


「お言葉ですが・・・僕は、あまり興味がないのです」
「お前が興味を持たないわけがないだろう?」


 ・・・それは、ないわけでは、なかった。闇の魔術は理屈抜きで興味深く面白い分野だった。ひそかに作り上げた魔法もある。だけれど。


「・・・しかし僕は」
「セブルス、お前の高い能力は決して半純血であっても捨て置けない評価を下せる・・・スリザリンであることに誇りを持ちたまえ。少なくとも君はサラザール・スリザリンによって選ばれた存在なのだよ」
「・・・・・・光栄です」


 言いたいことだけ言って、それから彼らはコンパートメントを去って行った。とっくに気付いていたドアの向こうの人影が、慌てて隠れるような気配がした。深くため息をついて膝の上の本を見つめる。


――――セブこれ!これ!面白いんだって、ホントだって!読んでみろよ、たまには!!


 キラキラした鮮やかな空色の瞳で僕を見たあの子がほとんど無理やり差し出したファンタジー。単純で元気だけがとりえの勇者と、冷静で知的な魔法使いが囚われの姫君を助けに行くだなんてお決まりのストーリーすぎて、こんなものにハマるなんてやっぱりあいつは子供だ。


――――うるっせーなー、どーせ子供だよ!面白いんだからいいじゃんっ


 そう、まるであいつが勇者ならば。僕は。


「えっと、久しぶり、セブ!」
「・・・・・・聞いてたのか、
「えっ!?えっと、いや、ううん、なにを?」


 ドアの外にいることなんてとっくにバレてたっていうのに、隠す気なのかこいつは。無理だろうが。

 だけど。もしも僕の道が、暗い闇に向かって伸びているとしても、もう少しだけ、この光の傍にいたいと思ってしまうのは、光に憧れてしまうのは。ひたすら前にと進む勇者に、ただ少しの羨望を捧げてしまうくらい、僕はまだ許される領域にいるだろうか。




*




「おおっ!?セブこれ読み終わったの!?」
「ああ」
「どーだ!?面白かっただろ!?」


 セブの膝の上に乗っていた見たことのある本の表紙はオレの大好きなファンタジーの1作目。王道ストーリーだけど、2作、3作と続いていく広がる世界が本当に大好きで。読書なんかするのかとシリウスは笑ったけれど、こう見えてオレは結構本が好きだ。家にもいっぱいあるし。


「先が読める。そこまで深い話とは思えない。子供だましだな」
そこまで言うかお前ぇえ!!


 その通りなんだけどもちょっと悔しい。じゃあ、とオレはセブを見上げた。


「2巻と3巻、荷物に入ってるからさあ、貸すから読んでみろよ!面白くなってくるのはここから・・・」
「もう読んだ」
・・・・・・・・・は?
「読んだ。最終巻まで読んでからの感想だ。子供だまし。結論だ」
「いや、お前、最後まで・・・読んだの?」
「ああ」


 ああ・・・ってお前。こらえきれない笑いがこみあげてくる。結局、我慢できずにオレは噴き出してしまった。胡乱気にオレを睨むセブ、余計に笑えてくる。だってお前、つまんないとか、言うくせに全部読んだのかよ!10冊くらいあるんだぞコレ!完結まで!


「マジかよ全部読んだの!?10冊!?・・・っあはははははは!!!!」
「ちょっとセブ、本当に?これ私も読んだけどかなり時間かかったわよ?」
「・・・・・・」
「お前結構楽しんで読んでたんだろ――――!?あっはっはっはっは!!!!」
うるさい」
「だ、だってさお前・・・」
うるさい。
「ごめんなさい」













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