「じゃあ、行ってきます」
「元気でな」
「いってらっしゃい、
「たまには手紙も書けよ?」


 アオト兄、アリアさん、父さんに見送られてオレはそっと手を振った。今日駅まで送ってくれるのは、母さんだ。
 

「そろそろ行くわよ、
「うん」




 75.




「母さん、おじいちゃん・・・元気?」
「どうしたの、いきなり」
「ううん・・・なんとなく」


 母さんとその実家の間の確執は深く、一応和解したとはいえ母さんはじいちゃんが嫌いだ。だから普段はその話はしない。日本語で話したり、日本文化を教えてくれたりはするけれど、夕蒔家のことはほとんど口にしない。だから、じいちゃんと口にしただけで母さんの表情が少し険しくなったのはすぐに分かった。


「元気よ、多分ね。柾彦から何も言われないもの」
「柾彦さんは元気?」
「今まで柾彦が体調崩した姿なんて見たことないわよ」


 確かにそうだ。柾彦さんはアノ見た目だけど本当は人じゃないんだった。そっけないその言葉にオレは納得して頷く。


「大丈夫よ。日本の家族もイギリスの家族も、ちゃんといるから」
「・・・うん、ありがとう母さん」
「4年生にもなってホームシックはやめなさいね?」
「わかってるよ」
「あらそう?なんだかんだ言って、は末っ子だから心配なのよ」


 くすくすと母さんは笑う。娘だからといって贔屓してるわけじゃないけど、やっぱりうちの母さんは綺麗だ。そんなことを話している間に駅に到着する。ホームに着くと、懐かしいざわめきで満ちていた。


ー!久しぶりだね!!」
「ジェームズ!!シリウス、リーマス、ピーター!!」


 列車の窓から名を呼ばれてそっちを見上げれば、既に勢ぞろいしている全員に顔がゆるむ。ああそうか、こいつら夏休み中一緒にいたんだっけ、そりゃあもう揃ってるわけだ。


「きゃあ、!久しぶりね!」
「リリー!会いたかったよっ」
「ああああぁぁぁぁぁリリーぃぃいいいい!!!」


 後ろから声を掛けられて、振り向けば笑顔の親友の姿。抱きつかれて抱きつき返して、そのうしろにいるのはエヴァンス夫妻かな?母さんと夫妻が挨拶するなか、リリーを見た瞬間走り出そうとしてシリウスとリーマスに阻止されたジェームズの姿が窓から見えていた。リリーはそれを綺麗にスルーして、向こうの方を指差す。


「あっちにセブがいたのよ、
「あ、マジ?会いに行こうかなー」
「でも少し混雑してて・・・列車に乗ってから会いに行きましょうよ」
「うん、そーしよっか」
リーリーぃ―――――――っっっ!!!


 もうなんか、リリー、素敵だ。




*




「セーブー・・・ん?」


 列車の中を歩きながら、オレは目当てのコンパートメントを目指した。お菓子を買いに行ったリリーより先に来たから、一人だ。懐かしい黒髪の姿が目に入って声をかけようとして、オレは留まる。誰かと話しているのが見えたからだ。


「あれは・・・ええと、確か」


 厳格で冷酷そうな目つき、オールバックのシルバーブロンド。昔会ったことがあるような。ああ、そうだ。1年のときの羽ペンを返してもらった先輩だ。


「ルシウス・マルフォイだっけか。――で、その隣にいるのが、ああ、シリウスの弟?」


 ドアの隙間からこっそりのぞき見だなんて決していい気分はしないんだけれども、声をかけられる雰囲気でもなく、かといってなんとなく戻る事も出来ずにオレはその場に貼りつく。漏れ聞こえる声に思わず耳をすませた。


「―――セブルス。お前はとても優秀だと私は評価している。どうかね、誘いに乗らないか」
「僕の父上は真っ先にお声をかけて頂いたのです、なんて光栄な。スネイプさんも是非僕らのもとに来ませんか?」
「いま話をしているのは私だ、レギュラス。慎みたまえ」
「も、申し訳ありません」


 レギュラス?ああそっか、そんな名前だっけ、シリウスの弟。どうやらセブをなにかに誘っていて、だけど返事がないところをみるとセブはあんまり乗り気じゃないようだ。なんだろう、サークルかなにかだろうか。でも父上が声をかけられたって、父上って、えーとつまりはシリウスの父親だから―――ブラック家のトップ?だよ、なぁ?


「・・・しかし僕は」
「セブルス、お前の高い能力は決して半純血であっても捨て置けない評価を下せる・・・スリザリンであることに誇りを持ちたまえ。少なくとも君はサラザール・スリザリンによって選ばれた存在なのだよ」
「・・・・・・光栄です」


 渋るセブの声。やっぱり乗り気じゃないんだ。なんとなくホッとしながらオレはそろそろこの場から離れることを検討し始めた。タイミングを狙って離れよう、すげーお取り込み中だ。申し訳なくなってきた。


「今すぐに決めろとは言わん。が―――いい答えを期待している。ではまたな。行くぞ、レギュラス」
「はい」


 げ!やばいこっち来る!慌ててオレは近くの開けっぱなしになってた空のコンパートメントに飛び込む(さっきお菓子を買いに総出で出て行った、多分1年生の集団だ)。マルフォイとシリウスの弟が去っていくのを確認して、オレはそっとセブの様子を窺いに再びドアの前まで近づく。


「・・・・・・・・・、はあ・・・」


 深いため息。声をかけづらくて困っていると、後ろからリリーの声。「そんなところでなにやってるの、」の声に慌てて手をふって、さも今来たばかりのな風を装ってセブに笑顔を向ける。こっちを向いたセブはなんだか少し大人びたみたいだ。


「えっと、久しぶり、セブ!」
「・・・・・・聞いてたのか、
「えっ!?えっと、いや、ううん、なにを?」


 深い色のセブの瞳がオレを見る。感情の見えにくいその瞳にオレは思わずぐっと言葉を飲み込んだ。なにもわかってないリリーが不思議そうに首をかしげている。


「無理するな。、お前が嘘をつくのは無理だ」
「―――っ、う、ん・・・。ゴメン、セブ。オレ・・・聞くつもりはなかったんだけど」
「どこから聞いてた?」
「えっと・・・ルシウスさんがセブを何かに誘ってるってことしか、わかんなかったよ」
「そうか」


 短く返答してセブは押し黙った。なんとなく気まずい雰囲気にオレは困り果てて、わざと明るい声でリリーの買ってきたお菓子に手を伸ばす。わけが分からないながらも乗ってくれたリリーのおかげでどこか救われた気持ちになりながら、そっとオレはセブの様子を窺った。

 どこか上の空で、いつにもまして暗い。新学期早々、久しぶりのセブとの再会のはずなのに、なんだか悲しかった。


















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