「・・・コレ・・・!」


 図書室の一角。オレは一冊の古い分厚い本を握り締めて、少し紅潮した頬の熱を感じながら小さく笑みを浮かべた。




 59.




「じゃ、行ってくるね」
「おう」


 ふわりといつもの笑みを浮かべてそう言って、リーマスはひとつの荷物を手に寮を出て行った。今日は満月。例の日だ。それぞれリーマスに向かって手を振ったりしてから、深く深くシリウスがため息をついた。


「どーも・・・毎月慣れねえなぁ」
「こればかりは僕らにはなにもできないからねシリウス」
「分かってるよ」


 ジェームズがぴしゃりと言う。前にシリウスがなんやかやとやろうとして、結果としてリーマスにとっては辛い結果でしかならないようなことをしでかしてしまったおかげで、すっかりジェームズに目をつけられている。不満そうにシリウスは唇を尖らせて、談話室のソファに埋もれた。


「・・・あのさぁ、オレ、ひとつ考えてることがあるんだけどさ」
?」
「ちょっと端っこに行かねえ?あんまり堂々と話せることじゃない」


 顔を見合わせて3人は腰を上げた。かといって夕方のいま、談話室は一番混んでる時間帯だ。困ったなあと思いながら、オレはふと思いつく。こないだの深夜の探検で発見した「部屋」だ。


「ジェームズ、行き方覚えてる?」
「こないだは先生に見つかりそうなところを逃げたもんね」
「僕を誰だと思ってるんだい?完璧さ」


 心配そうなピーターの声に、ジェームズはすっかり得意そうにグーをつくって答えてみせた。オレはそのセリフに笑みを浮かべると、用意してた古ぼけた本を抱えた。不思議そうな目線を向ける3人に、オレはまだダメだ、と唇の前に人差指を立てた。





*




「さて、なんだい?」


 無事「部屋」に辿りついたオレたちは、広い部屋に置かれたソファの上に堂々と陣取る。ご丁寧なことにテーブルには紅茶と受け菓子まで出ている。この部屋は通称「便利な部屋」で、手紙に書いたらさりげなくアオト兄は知ってたりした。さすがだった。


「うん。オレたちさ、ずっとリーマスに何かできないかって思ってきただろ?それで、考えたっていうか、図書館で見つけて思いついただけなんだけどさ」


 言いながら、どん!とテーブルの上にそのでかくて古臭い本を置いた。タイトルは、




「変身の神秘―アニメーガス―」




「アニメーガス。なぁ、どうだろ」


 沈黙が走った。真っ先に口を開いたのはシリウスで、いつもの思いついたことをガンガン言うような口調じゃなくて、思案気に考えながらゆっくりと、ひとことずつ。まだ迷ってるような感じだ。


「・・・アニメーガス・・・か。聞いたことあるな」
「特定の動物に好きなときに変身することができる。習得の際どの動物かは選ぶ事は出来ず、当人の資質に最もふさわしいものに姿を変える事となる。・・・って書いてある」
「――――かなり厳しい道だよ」


 ジェームズの真剣な声が落ちた。ピーターが怯えたように黙り込んでいる。オレは静かに本を開いた。古い本はパラパラと埃を落とす。開かれたページに刻まれた、「危険性が高い」「能力が悪用されるのを防ぐため、魔法省が厳しくその動向を監視している」「20世紀中に魔法省に登録された動物もどきは7名しか存在しない」の文字。だけど、とオレは顔を上げた。


「毎月、ひとりきりなんだ。・・・リーマスは」


 リーマスはずっと、ずっと一人だった。そんな孤独を、オレたちと一緒にいるのにまた味わわせたくはない。一人になることがどれだけ怖いかなんてオレには想像することしか出来ないけれど、彼の秘密を知ってしまった時のリーマスの凍りついた瞳が忘れられない。そして、一緒にいようと告げた時の、くしゃくしゃになった泣きそうな顔も。

 どれだけ絶望を味わってきたのだろう。リーマスがそんな目にあうのなんて、嫌だった。

 そんなことを思ってるのはオレだけじゃなくみんな一緒で。だからこそ、こんなに悩むのだ。


「――――やろうぜ」


 シリウスがきっぱりと言った。その目にはもう迷いの色はない。


「人狼が襲うのは人間だろ?アニメーガスなら、襲われることはない・・・ま、確信はないけどな」
「けど実際、森で襲われたのってオレだけだしね」


 そういえばとオレは去年、森の中で遭遇してしまったあのことを思い出した。あのとき、周囲の他の動物にも目もくれず、わざわざ木の上にいたオレばかり狙っていた。


「あいつだってオレらの仲間だ。――――そうだろ」
「・・・そうだね。やってみせよう、僕らなら出来るよ」


「どれくらいかかるかな」

「さぁな―――、もしかしたら一生出来ないかもしれない」

「いや。出来るよ。やってみせよう」

「本当に難しいみたいだけど・・・」

「大っぴらに練習するわけにはいかねェよな」

「うーん・・・出来れば、4年生になる前までにはなりたいよなぁ」

「ええっ!?そんなに早く出来るようになるかなあ・・・」

「いいじゃないか、それ。目標期限、終業式!分かりやすいだろ?」

「死ぬぜ、さすがに。そんなに簡単じゃねェはずだろ」

「そんなことはわかってるさ。だけど我がホグワーツには数少ない登録アニメ―ガスのマクゴナガルがいるじゃないか!あの先生の変身シーンはとりあえずやたら見てきただろう?」

「正直、早くなりたいよな。それなら頑張れる」

「リーマスに気付かれないようにアニメーガス特訓、かつ勉強も、僕とはクィディッチの練習も、そんでもってイタズラも全部、両立、だね」

「・・・なんか既に挫折しそうな気がしてきたオレ」

「にしても、なる動物は選べない、か。オレは何になるんだろうな」

「シリウス犬っぽい」

「うるせーよ」

「それはそれで楽しみじゃないかい?」

「爬虫類とか昆虫だったらいやだな、オレ」

「・・・はそれはないんじゃねえか?似合わねえし」

「ジェームズとシリウスはいいよ、成績もいいしさ。問題はオレとピーターだよなあ・・・」

「僕、出来る気がしないよ」

「うん。オレだって、言いだしっぺだけど出来ると思えない」


 だけど。それでも、全てを賭けてでも、伝えたい想いがあるんだ。真っ暗な月の下、たったひとりのあいつに。それには、こうすることしか思いつかなかった。視線が交差した。全員の目に火が灯り、決意の色が浮かぶ。


「やろう。やってみせよう。――――リーマスの、ために」


 誰からともなく差し出した右手に手が乗っていく。辛い道だ、過酷な道だ、絶対にできるかは分からない、危険だ、それでもリーマスのためならオレたちは頑張れる。

 待ってろよ、リーマス!絶対、驚かせてみせるからな!

 宣言した決意と誓いの言葉が、消えることない絆のようにオレの胸に響いていった。

















 ←BACK**NEXT→










110515