「千鳥、元気みたいで嬉しいわ!」
「ありがとう、久しぶりね、みんな」


 OWL試験の成績で、見事年齢通りの学年にまた転入が決まった千鳥は、昔馴染みの友人たちと顔を合わせて笑った。周りから聞こえてくるのは日本語ばかりで、なんとなく違和感を覚える。それくらいにはホグワーツに馴染んではいたのか、と少しだけ苦笑が漏れた。




 55.




 教室の窓際の席に座りながら、千鳥は窓の外の咲き誇る桜を眺めた。この学校にある桜の中で、ちょうどこの窓から手を伸ばせば届くほどに隣接して植えられたこの桜だけが、「1年中咲き続ける」狂い桜だった。桜の季節はとうにすぎてしまっただろうに、周りの緑の樹木のなか咲き続ける桜は異常な空気を作りだしていたけれども美しかった。


(・・・なんだか帰ってきたっていう実感が、ようやく出てきた、ような)


 桜の花弁がひたすら降り続けるのを見ながら千鳥はそんな風に考えた。もうここには、杖を振りまわしながら駆ける下級生も、噂の好きな絵画たちも、イタズラ好きなゴーストも、口うるさい先生もいない。千鳥自信を束縛し続けたトム・リドルもいない。


(そして・・・彼も、いない)


 そう思いながら目を伏せたそのとき、窓際でおしゃべりしていた少女たちの集団が声を上げた。


「ええっ!?あれ、誰!?」


 思わず顔を上げてその方向を見る。そうして千鳥は本気で自分の目を疑った。そして目をこすっても頬をつねっても目の前にある姿が変わらないことを自覚すると、勢いよく彼女は席を立った。衝撃に椅子が倒される。そんなことに全く目を向けず、千鳥は慌てて窓を開けた。


「――――よぉ。千鳥!」
「ウォルス―――!!?あ、あなた、どうしてここに、」


 というよりはどうやってここに、だ。ここは日本である。まぎれもなく日本だ。ホグワーツから何キロ離れていると思っているのだ。桜の太い枝に座って幹にもたれるような体勢の彼は、少し疲れたような顔で笑った。


「オレはな、・・・≪mover(移動者)≫だ。授業でやっただろ?」
「≪mover(移動者)≫・・・ってまさかそんな、」


 だけれどもそれなら確かに千鳥を追いかけてこられたのもうなずける。これでどうやって、という疑問は解消されたが「どうして」はいまだわからない。呆気にとられたままの千鳥を見て、ウォルスは鮮やかに笑った。


「千鳥の痕跡を片っ端から追ってきた。さすがに≪mover(移動者)≫とはいえ国越えは一発じゃ無理でよ。いやー、大変だったぜ」
「―――――・・・なんてことをしたのよ・・・どうせ不許可なんでしょう・・・ホグワーツを無断で抜け出したの?信じ、られない」


 呆れを通り越してだんだん青くなってきた千鳥の腕に手を伸ばし、ウォルスは自分のほうに顔を近づけた。めいっぱいに窓から体を乗り出すようなその体勢に、千鳥は思わず息をのんだ。ウォルスの綺麗な顔が近い。そこまで浮かべていた笑みを引っ込めて、一転して真剣な表情で彼は千鳥を見上げる。深い海色の瞳に自分が映ったのが見える。何も言えないまま、その海の瞳を見つめる。


「オレが、の≪mover(移動者)≫の掟を全て破って、日本まで来たのは何故だ?ホグワーツの校則なんか全部まるごと無視してここにいるのは、何故だ?――――お前が、なんも言わずに行くからだよ」


 真剣な瞳に自分が映る。


「オレは。お前の笑顔が見たかったんだ」
「・・・え」
「千鳥の。その綺麗な空色の目が、本当にうれしそうに、楽しそうに、幸せに笑うのを見てみたかった」
「・・・・・・・」
「けど。お前がホグワーツにいる間、それは叶わなかった」


 独特の金色の髪に落ちる桜の花びらが映える、などとぼんやりと考えながら、千鳥は言葉をのみこんだ。後ろの同級生の視線を感じるけれど、そんなものはどうでもよかった。


「千鳥。―――オレと一緒にいよう。ずっと。そうしたら、オレはいつだってお前を笑顔にしてやる・・・してみせる。だから、」


 そう言ってウォルスは、満面の笑みを浮かべた。








「オレがホグワーツを卒業して、千鳥がこの学校を卒業したら。
 ――――――結婚しよう」








「ウォルス・・・・・・・」


 唇から零れたのは、その言葉だけだった。いつでも自信に溢れる彼も、流石に自信を持てないらしく、千鳥はその海色の瞳に一瞬だけ不安そうに揺れる色を見た。そうしたら、自然と言葉が零れた。


「・・・馬鹿よ」
「千鳥」
「私のために、なにもかも放りだしたって言うの?他の女の子たちはどうしたの?成績だっていいくせに、これで退学とかになっちゃったら・・・どうするのよ」
「・・・千鳥」


 だけど。―――嬉しかった。


 大きく体を乗り出した千鳥を見て、ウォルスは慌てて腕を広げた。勢いに任せるままに窓から飛び出せば、その体を軽々と受け止めた彼がいて。その胸の中で、千鳥は今度こそ泣きじゃくった。


「世界一の、馬鹿よ、あなたって。信じられない」
「ああ。――――そんで、世界一、かっこいいだろ?」


 なにを馬鹿なことを言ってるの?そう言おうとした言葉は声にならなかった。泣きじゃくる千鳥を胸に抱きしめて、ウォルスは笑った。その声を千鳥は彼の腕の中で聞く。


「―――それに千鳥。オレがそう簡単に退学になってみせるわけ、ねェだろ?」


 その自信満々な声を聞きながら、千鳥は涙を流しながら、腕の中でほんの少しだけ唇に笑みを乗せた。





*





「・・・父さん、すげェ」
「ありがとな息子よ」


 本気で賞賛の目をしている息子を見て、ウォルスは思わず苦笑を浮かべる。


「で。それから駆け落ち?」
「・・・まぁな。お前も知っての通り、母さんの家はとんでもない旧家だしな。オレみたいな馬の骨はお断りだったんだよ」


 結婚に反対されていることが分かるが否や、速攻で家を出ることを決めた千鳥の度胸は本当にすごい、と思う。よく聞けば自分の家が大嫌いだった、と彼女は言っていたが。それでもさすがにウォルスは度肝を抜かれたけれども。


「まあ、オレと母さんみたいに大変な結婚にならなくてよかったな、アオト」
「・・・そうだな。アリアは身寄りがないし。ありがとう、父さん」
「ああ。幸せにしてやれよ」
「もちろんだ」


 そう言って笑う姿に、ウォルスはまるでかつての自分を見ている様で、容姿はほとんど千鳥をついだ息子の頭を小突いてやった。




























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110331






 おおお終わったぜ過去編・・・!長かった大変だった三人称!
 3年生が始まります。次からまたの視点です。