「っ、千鳥!」
「大きな声出さないで、ウォルス」
「あ、ああ・・・悪い」


 図書室のいつもの場所で待っていたウォルスが、思わず声を張り上げたのを抑えて千鳥は少し疲れたように笑った。





 53.





「・・・分かったの、私。共通点があるのよ」
「共通点?」
「リドルが探しているものと、私に求めている日本の秘術と。・・・これで、彼が何をしたくてそんなことをしているのかはわからないのだけど」


 滔々と説明する少女を見つめながら、ウォルスは無言で唇をなめた。千鳥の顔がいつになく険しい。スリザリンでたった一人戦っている彼女は、この1年間でますます綺麗になったし、同時に触れれば壊れそうなほどの危うさを持つようになってしまった。それをウォルスはただ黙って見ていることしか、出来なかった。

 千鳥の言葉が終わるのを待って、ウォルスは小さくため息をついて少女に語りかける。


「なぁ、千鳥。ちょっと付き合ってくれねえか?」
「・・・・・・・え?」
「いいから、ほら」
「っ、え、ちょっとウォルス、あなた私の話聞いてたの?」
「聞いてたさ。それでかつ誘ってんの。いいから来いよ」


 躊躇う千鳥の腕を引っ張って図書室から出てそれから、ウォルスは杖を一振り、愛用の箒が飛んでくる。それを片手で軽やかに受け止めて、ウォルスは軽くまたがって千鳥を見た。有無を言わさぬその表情に、千鳥はしぶしぶといった体でそっと箒に腰かけた。細い華奢な腕が自分の腰に恐る恐る回されるのを確認してから、ウォルスは廊下の窓から外へと飛び出した。


「きゃ、!?ちょ、ちょっと、どこに」
「んーや、気分転換?」
「ええ!?」


 箒に乗りなれていない千鳥は思わず悲鳴を上げてウォルスの腰に回した手に力を込めた。からからと笑うウォルスの声に驚きながら目をつぶる。風が強くて長い髪が後ろに流れる。どのくらいそうしていたのか、「おい、目ェ開けろって!お前いつまでそうしてんだ!」という笑いの混じった声が聞こえて、千鳥はようやく目を開けた。


「・・・・・・!」


 目を開けるとそこは一面が真っ青な世界で。上も下も真っ青な世界、そこに白い雲のコントラスト。少し身を乗り出して下を見れば、小さくなったホグワーツの城が見えて、湖に空の雲が映る。美しさに、息をのんだ。


「どうだ?すげェだろ?」
「・・・・・・ええ」
「お前さ、いつもいつだってぎゅうって眉にしわ寄せてさ。ずーっと難しいコトばっかり考えてるだろ?そんなに窮屈にならなくても、ちょっと上、向いてみろよ、な」


 呆気にとられて、首で振り向くウォルスの真っ青な目を見つめた。ぼんやりと、ああ、この人の目の色は空の色じゃあないのだと気づく。


「一人でずっと下向いてる。それがお前の悪い癖。ホントはそんなに強くないだろ、千鳥」


 なにを。言っているんだろう、この男は。


 停止していた思考が動き出して、それから千鳥はようやく自分に言われた言葉を理解した。強くない、なんて。そんなことは言われたことが無くて。むしろ、強気で自尊心も高い自分は、いつだって「強いね」と言われる存在だし、自分でも決して弱いとは思っていない。なのに。


「・・・そんなことないわよ、私、強いわ」
「無理やり虚勢張ってるようにしか見えねェんだよ。―――なあ、千鳥。お前、最後に泣いたの、いつだ」
「・・・・・・泣いた、の」
「ああ。ホグワーツに転入してきて、同寮には気の知れたヤツなんていない、ずっと傍にはリドルがいる。なあ千鳥。お前、いつ、泣いた?」


 そう言われて、千鳥は沈黙した。そうだ、自分が最後に流した涙なんて。


「辛いくせに、苦しいくせに、なんでそうやって強がるんだ。もっと頼れよ、もっと笑ってろよ。――――それが難しいことぐらい、分かってるけどよ。だから、ほら」


 後ろを向いていたウォルスの顔が前に向き直って、合わさっていた視線が外れる。




「泣けよ。今ならホラ、誰も見てねェから」




 その言葉で、千鳥は不意に頬に一粒涙が零れたのを自覚した。それを皮切りに、あとからあとから、声もなく涙が頬を伝っていく。力なく頭がこつんと背中に寄りかかったのを感じて、ウォルスは小さく息をついた。


(・・・それでも声は上げねぇんだな)


 それでも背中の小さな気配が、微かにしゃくりあげたのを聞いて、彼はそのままゆっくりと真っ青な空を見上げた。


(・・・・・・そうだオレは)


 地を蹴って空に飛びあがるたびに思う。真っ青でどこまでも青くて、澄んだこの世界の色をその瞳に持つ少女を。自分が、大好きなこの世界の色を。だから。


(いつか・・・笑ってほしいんだ)


 本当にうれしそうな、幸せそうな色を、その瞳の中の空に映してほしい。見かける彼女にはいつだって笑顔はなくて、殺伐とした雰囲気しか放つことはなくて。


(笑ってくれよ)


 そう、その表情が見たくて、オレは千鳥の傍にいるのかもしれない。そんなことを考えて、ウォルスはゆっくりとまた、箒の高度を上げた。


















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110331
2番めに書きたかったシーンでした・・・!やっとここまで来たっ!