「ねえシェスア。結婚するアオトさんとアリアさんって、ホグワーツで出会ったのよね?」 「うんそう。オレの父さんと母さんもそうなんだってさ」 「なんかいいわね、そういうのって」 憧れるように目を細めて笑うリリーに頷いて、オレは大きなスーツケースを列車のなかへと引きいれた。 51. 『――――図書室で待ってる』 千鳥からそんな内容の梟便を受け取って、ウォルスは小さく息をのんだ。たった一言のその手紙。横にいる女子が手を出してきて、「なになに?誰からぁ――?」なんて取り上げようとするのを笑顔で止める。リドルの目から離れて急いで書いたのか、筆跡は歪んでいた。 「ゴメンな、オレちょっと用事が出来ちゃった」 「ええっ!?今度は誰よ?」 「ん――、秘密」 「・・・もうっ!!いっつもなんだからっ!」 むくれる女生徒に笑って手を振って、急いでいる素振りなんか見せないようにウォルスは気持ちだけ速足で図書室に向かった。女の子に呼び出されることは多くて、別に珍しいことでもなんでもないのに新鮮な気持ちだった。それは好奇心?声に出して呟いてみて、何故だかおかしくなった。 「やあ、千鳥」 「あら、来てくれたのね。ウォルス」 奥の隅、ズラリと並ぶ書架。置いてあるのは『古代アジアの魔法と神秘』といったような古ぼけた地方性の高い本ばかり。興味を持つ生徒も少ないのか、それとも図書室のこんなに奥にまで入ってくる生徒が少ないのか、ともかく千鳥が一人で窓際に座っているだけで他には誰もいなかった。 「随分簡潔な手紙だな」 「ごめんなさい」 素直に謝る千鳥は手に持っていた羽ペンを机に置いた。目で促されてウォルスも向かい側に座る。机に積まれていた本も揃いも揃って古く、分厚く、読むことは嫌いではないウォルスでも軽く頬を引きつらせた。なんだこの量。 「―――私とリドルが付き合ってるっていう話・・・どこまで広まってるの?」 「そりゃあもう学校全体が知ってるんじゃねえか?あいつ、人気だけはやたら高いし、狙ってる子も多かったみたいだからな」 ため息をついて千鳥は目頭を押さえた。その様子に、ウォルスは目を細める。 「やっぱり嘘なんだな?」 「――――ええ・・・そうよ。私、リドルに告白した覚えも、された覚えもないもの」 「じゃあなんで、そんな噂が」 「・・・・・・・・・ねえ、ウォルス。リドルのことどう思う?」 「どう、って・・・」 言い淀むと真剣な瞳がウォルスを捕えた。日本人離れした空色の瞳に自分が映る。しばらくの沈黙の後、ウォルスは言葉を選びながら口を開いた。 「気に入らない、かな。なんつーか・・・全てが嘘っぽくみえるんだよな。優しくて頭がよくてクールでちょっと陰のある王子様、だっけ?オレにはそんな風には全然見えねえんだけど。むしろ腹黒ドSの性格最悪野郎、ってとこ」 思わずぽかんと口を開けた千鳥は、それからゆっくりと笑いだした。見事に考えたことがそっくりで、誰も賛成してくれなかったからこそ嬉しかった。ウォルスは怪訝な瞳で千鳥を見る。 「なんかオレ変なこと言った?」 「いや、違うの。あまりにも私が彼に対して抱いてた印象と似てたから」 「・・・へ?そっか。オレ、今まで誰も頷いてくれなかったんだけどな」 「私もよ」 みんなだまされてんだよな!と力説するウォルスに頷いて、千鳥はそっと自分の手のひらを見つめた。それでもウォルスが信頼していい人物なのかはよくわからなかった。かといってスリザリンには友人らしい友人はいないし、他寮の友人たちはすっかりリドルにお熱だ。リドルに対して反感を抱いている生徒はそもそも少ない。そういう意味では目の前に座る少年は貴重だった。 「・・・リドルは、なにかをしようとしているの」 「・・・なにか、って」 意を決したように顔を上げた千鳥に、ウォルスは思わず息をのんだ。手紙を受け取ったあとはともかく、彼女が甘い話題を持ち出そうとしたつもりではないことはもう気づいていた。しかし、その顔色は予想以上に深刻だった。 「Voldemort」 「は?」 「彼がスリザリンの仲間内で呼ばせている名よ。私は直接そう呼べと言われたことはないけれど。彼がやろうとしていることは、私には予想することくらいしか出来ないのだけど。・・・私って考えすぎなのかな」 口を開きながら、だんだん自分の言っていることに自信が持てなくなってきて、千鳥はふと目を伏せた。バカバカしいことを言っている気分になってきていた。不意に頭の上に、ぽんぽん、とまるで子供にするように手が置かれる。 「かもな。でも言ってみろよ。楽になるかもしれないぜ?」 「・・・そうね」 柔らかく笑うウォルスに、千鳥はもう一度ゆっくりと口を開いた。 * 「っはー・・・、なる、ほど」 「矛盾してないのよ、考える限り」 想像していたより遥かに大きなスケールの話題だったことよりなによりも、ウォルスはそこまで見抜いた千鳥の頭脳に舌を巻いていた。3年生の途中に1・2年の課程をすっとばして留学、しかもその年の終わりの試験では全科目5位。頭の良さは有名でありウォルスも知ってはいたが、まさか、ここまでとは。静かに本に目を落とす千鳥を見つめて、ウォルスは感嘆した。 「さすが留学生。頭のキレもピカイチ、ってか」 「そんなことないわ」 「オレさ、日本から留学生が来るって聞いた時、最初はホント興味なかったんだ」 唐突に話し始めたウォルスに、千鳥は目を瞬かせながら頷く。 「けどまず最初の紹介。あれで印象は変わった。スリザリンに行ったのは残念だったけどな」 ホグワーツには絶対にいない、艶めく黒い髪に澄んだ空色の瞳。アジア特有の雰囲気と、小柄で華奢なのに怯まない態度。どうでもよかった留学生にほんの少し興味を持った。 「それから階段から落ちてきて、たまたまオレは下敷きになった」 複雑そうな顔を見せる千鳥に笑う。 「日本の大和撫子って聞いてたしな、驚いたぜ。それでまたひとつ印象が変わる」 だけど一番見る目が変わったのは。不思議そうに自分を見る千鳥を見つめ返して、ウォルスは思い返すように目を細めた。 「4年生になってからだな。オレ、3年時の試験のときにただ単純に感心したんだよ、すっげぇ頭いいんだなあ、ってな。でもそうじゃなかったんだよな」 単純に頭がいいのだと、なんの不思議もなくそう思っていた。そんなはずはないのだ、2年間の課程をジャンプして3年時に編入し、かつ異国の地。まず語学から勉強しなくてはならない。それがいかに大変なことか、ウォルスは全く分かっていなかったのだ。 ふと通りすがった図書室の一角。外で遊びまわるほうが好きなウォルスが、いつもなら通り過ぎすらしないそこで、見覚えのある黒髪の少女が沢山の本の山に埋もれて、羽ペンを握りしめたまま寝息を立てていたのだった。 (こいつ、チドリ・ユマキだよな?) 興味本位で近づいてみると、余程疲れているのか少女は全く目を覚まさない。開かれた教科書、慣れない英語で埋められた大量の紙、和英・英和辞書。英語圏に住まうウォルスなら1度読めばわかる文章を、彼女は何度も何度も読まなくてはならないのだと、彼はそのとき初めて気がついた。 「驚いたんだぜ、本当に。こんなに努力してるなんて知らなかったし」 「・・・スリザリンだもの、嘘は上手いわ」 「かもな。でも、それでオレはお前を見る目が変わった。なんつーか・・・協力してやりたい、って思ったんだよな。だからリドルと付き合いだしたって聞いたあの時、見かけたらひでェ顔してるし。心配するだろ、そりゃ」 そりゃ、と言われても。千鳥にはなにが「そりゃ」なのかよく分からなかったが、とりあえず頷いておいた。つまり彼は何が言いたいのだろうか。 「要するに、何が言いたいの?」 「ん?うーん・・・」 単刀直入に言った千鳥に、困ったようにウォルスは頭の後ろをかく。それから鮮やかな笑顔を見せた。 「オレはお前が気に入ってる。ってとこだな」 そうして千鳥は、彼が何故女の子に人気があるのか、なんとなく分かった気がして心の中で大きくため息をついた。 ←BACK**NEXT→ 110309 |