「・・・アレが、あのトム・リドルの・・・」
「信じらんない・・・なんであんな子が?」
「私だって好きだったのに!!」


 女生徒達の嘆きや羨望や恨みを買いながら、千鳥はひっそりとため息をついた。
 こんなつもりじゃなかったのに。




50.




「やあ、千鳥!元気か?」
「・・・ウォルス・・・・」


 「あの日」から数日、いつのまにか千鳥はと言えば、「あの」トム・リドルを射止めた女として学校中の噂になっていた。聞けばトム・リドルという人物は何人かと遊んだことはあっても、ただ一人に決めたことはないそうなのだ。遊ぶってどういうことだよ、と千鳥にしてはツッコミたいところが山ほどあったのだが。


(いつから私はあいつの恋人なのよ・・・)


 一人心の中で呟いたが、その噂を流した張本人が明らかにリドルであることは分かっていたので、千鳥はあえて反論しようとは思わなかった。なにをされるかわからないし、あまりに広まっているので面倒だった。

 結婚してくれる人を探そう、なんて留学してきたからバチが当たったのだろうか。千鳥はそう思ってため息をついた。


「・・・おーい。千鳥?聞いてる?」
「え?あ、ああ。ごめんなさい、聞いてなかったわ」
「やっぱりな。なあ、お前、あのリドルとくっついたんだろ?」


 ここでもか。ウォルスの碧い瞳に自分が映るのを見て千鳥はうんざりした。ここ数日何度も何度も訊かれたことだ。


「ご推測にお任せするわ。じゃあ私、用事あるから」
「なら本当ってことか?―――でも千鳥、全然幸せそうでも嬉しそうでもねぇけど」


 言われてどきりとする。顔に出ていないように願いながら、千鳥は「そう?」とだけ言って踵を返そうとしたが、その肩を掴まれる。


「なあ、・・・本当なのか?オレにはあのリドルと千鳥が付き合うなんて信じられないんだけど――・・・」


 あの、リドルと。信じられない。その響きに今まで声をかけてきた生徒たちの言葉に込められた気持ちが違うのを感じ取って、千鳥は思わず振り向いて彼の瞳を見上げた。リドルと全く違う、真っ直ぐな碧い目。


「ウォルス、私は」
「千鳥」
「「!」」


 突如背後から落ちてきた声に、二人はそろって目を見開いた。ぐいっと肩をひいて華奢な体を捕える。小柄な彼女がすっぽりとその腕の中に納まったのを見て、ウォルスは思わず唇をかんだ。黒髪がさらりと揺れる。


「リドル!お前っ」
「相変わらずだねウォルス・。全く君は、人の恋人にまで手をつける気か?」
「ンなつもりはない!ただしリドル、お前が―――」


 言うなり、ウォルスはリドルの緑色のネクタイを捕えて引っ張り、いらつきを隠そうともしないまま額を寄せて噛みつかん勢いでまくしたてた。その間もリドルの腕の中にいる千鳥は居心地が悪そうに眉を寄せた。なんだろうこの状況。思いっきり廊下であることをこの二人は自覚しているのだろうか。


「本当に千鳥と付き合っているならな。白状しろ!お前、何を考えてるんだ!」
「心外だな。千鳥は僕の恋人だ。君の勝手な憶測など知るものか」
「好きな人と恋人同士にある女の子があんな顔するかよ、バカ野郎!」


 どきりとした。千鳥はリドルの纏う空気が冷えていくのに気付き、息をのむ。けんかっ早く血の気の多い、けれども勇気ある寮、グリフィンドール。その寮生とはこんなものなのか。それともただ単に気づいてないだけなのか。なおリドルにつっかかるウォルスの声を聞きながら思う。


「悪いが君の言うことは破綻しているよ。行こうか、千鳥」
「え?ええ―――」
「千鳥ッ!!」


 ネクタイを掴んでいたウォルスの手を払いのけて、リドルは千鳥の手を引いた。慌ててそれに答えると、背後から怒鳴る声。思わず息をのんで、振り返らないまま千鳥は足を止めた。


「辛くなったら呼べ。―――オレが助けてやるから」


 その声に、千鳥はぎゅっと手のひらを握りしめた。




*




「なぁにやってんだよ、ウォルス!あの留学生にまで手ェ出すのか?」
「そういうつもりじゃねえよ。・・・ただ」


 友人にそうツッコまれて、ウォルスは不満そうに半眼になった。噂を聞いて最初は、奇妙なこともあるものだとだけ思い、それでも彼らは同寮だし、知らないところでいつのまにか恋愛なんてしていたのだろうと勝手に納得したのだが、千鳥を見かけた瞬間にその考えは吹っ飛んだ。


「見るからに憔悴してんじゃねえか。アレが、好きな人と両想いになってする顔かよ」


 綺麗に艶めく黒い髪には輝きが薄れ、空色の瞳には隈が。眠れていないのだろうか。そういうと、友人の少年は興味深そうに確かに、と頷いた。


「オレ、ただ単にトム・リドルのファンに嫌がらせでも受けてるからなんじゃねえかって思ってたけど・・・確かに、おかしいよな」
「だろ?」
「スリザリンでもまだいやがらせされてんのかな。ああ、でもさすがにそれはリドルの目があるからないか」
「そもそもさあ!」


 バン!と教室の机を叩いたウォルスに、なんだなんだと周囲がざわめくが、その主がウォルスであると分かるとすぐに視線は元に戻っていった。彼がこうして騒ぐのは日常茶飯事であった。


「オレ、あいつのこと嫌いなんだよ。なんかこう、表面だけ、みたいな―――」
「でも人望あるぜ?女がらみで男から反感買いやすいお前よりは。聞いたぜ、こないだ異動した先生、お前が手ェ出したせいなんだろ」
「ああ、まぁ・・・別に手ェ出したわけじゃねえんだけど・・・じゃなくて!それはいま関係ねえだろ!ただ納得いかねえんだよ。なんだろ、説明できねーけど、なんつーか・・・違和感、っていうか」
「オレはそこまでリドルにつっかかるお前に違和感だよ」
「ほっとけ!」



















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