「全く君は馬鹿かい?馬鹿なんだね?いや知っていたけれどね?」
「うるっせーよリドル」
「・・・あの・・・2人は友だちなの?」
「「誰と誰が友だちだって?」」


 じゃあどんな関係なんだよ。




 49.




 いくら千鳥が小柄で細かろうが、はるか上空から落下したのをなんの魔法も使わずに受け止めれば、腰や足を容赦なく痛める。受け止め方が悪ければ死んでいてもおかしくはない。それから考えると、ウォルスが骨を折ったのもごくごく普通のことで、問答無用で千鳥に保健室に連行された彼は、治療中に現れたトム・リドルと悪態をつき合った。思わず千鳥は唖然とそれを見守る。


「なんでハモってんだよ気色わりィな」
「全く焦ったよ、千鳥。階段から落ちたんだって?君にさえ怪我がないならよかった。こんな馬鹿の怪我なんか気にすることはないよ」
「え?いや、そういうわけにはいかないわよ」


 自分のせいで怪我をしたのだ。さすがに保健室に連れていくぐらいはして当然のことだろう。肝心のウォルスはといえば、養護の先生の治療ですっかり骨は元通りにくっついたらしかった。


「ごめんなさい、でも、助かったわ。本当にありがとう」
「ああ、うん。よかったな、怪我なくて。驚いたぜ?ふと上見たら女の子が落ちてくんだから。気をつけな、あの階段って気まぐれで有名だからさ」


 頷くとウォルスは笑った。思わずつられて千鳥も笑みを浮かべる。リドルは横で仕方ないなあ、という風にため息をついた。





*



 と、いうようにウォルスの千鳥に対する第一印象は決して悪いものではなかったのだが、それからほんの数日で千鳥は彼へのイメージががらりと変わるのを自分で自覚していた。一度知りあいになると、どうにも目立つ彼はいちいち視界の端に入り、しかもそのほとんどが女の子たちに囲まれていた。それも、時と場所で別の女の子たちに。


(なるほど腹が立つわ。あそこまでいくと逆に分かりやす過ぎて清々しいけれど。アレを人気者として見るか、ただの女たらしとして見るかは人によって違うんでしょうけど、冷静に考えて後者ね)


 無意識なのかわざとなのか。女の子だけではなくたくさんのひとの真ん中できらきらと笑う彼は確かに、太陽みたいな、という形容が実に似合う。しかし彼は明らかに女の子が好きだ。見ていればわかる。そういう点でもリドルとは対照的だった。


(リドルは、頭がよくて優しくて、ちょっと陰があるクールな美少年。―――私から言わせてもらえば、どこが?って感じだけれど)


 転入してきて以後、リドルはなにかと千鳥に関わりたがった。最初は、ただ単純に好意をもたれているのかと嬉しくないわけではなかったのだが、ほんの一瞬見せた冷たい感情を持たない瞳を見た瞬間に目が覚めた。4年生になって留学生という存在もあまり珍しがられることもなくなってきたころ、二人きりになった時に彼女は思い切ってカマをかけてみた。


「ねえ、リドル。どうして私なんかにそんなに優しくしてくれるの?」
「ん?・・・君が気に入っているから。じゃあ、駄目かい?」
「私はただの留学生よ。それ以外になにもない、ただの日本人の女の子なの」
「人を好きになるのに、理由なんかないって言ったら―――どうする?」


 目が合ったリドルの瞳は優しそうな色をしていたけれど、その奥の冷たい光に千鳥は背筋が凍るかと思った。試されているのか。ここで「嬉しい!私もリドルが好きよ!」とか言っておけば自体は丸く収まるのかもしれない。自分が彼の裏に気づいていることも知られないで済む、だけど。もしかして自分はとんでもないモノに足を踏み入れたのかもしれない、そんなことが脳裏をよぎった。しかしもう後戻りはできなかった。


「――――――お目当ては私の実家の持つ日本の秘術かしら?」


 躊躇いなくその瞳を見つめながら千鳥は遂にそう言った。瞬間、リドルの目の色が変わった。表情も。優しげな仮面はなくなって、そこから不遜な笑みが零れた。そして目は全く笑っていない。思わず千鳥は息をのんだ。


「・・・流石だね、ミス夕蒔。ホグワーツに留学をしてきただけある」
「一体何を・・・企んでるの?あなたは、」


 何者なの、という問いは不意に千鳥の唇がリドルのそれによって塞がれたことで紡がれることはなかった。一瞬にして頭が真っ白になり、それから必死で抵抗してリドルを突き飛ばす。顔を真っ赤にして口元を押さえたまま絶句する千鳥を見て、彼は面白そうに口角を釣り上げた。


「っ、な、にを・・・!」
「ただのキスだろう?経験なしかい?ま、だろうね」
「ッ!!」


 経験なしもなにも、千鳥にとっては初めてである。さすがに殺意が湧いてきたが、ここで力を暴走させるわけにはいかないので慌てて感情を抑えた。深く息を吸うとようやく頭が冴えてきて、彼女は目の前の少年を睨みつけた。


「つまりは私の言葉は合ってたのね。・・・日本の秘術を知って、あなたはなにをするつもりなの」
「さあ?君は知る必要はない。ただ僕の言うとおりにしてくれればね」
「・・・、どういうこと?」


 千鳥の言葉には答えず、クッと喉を鳴らしたリドルはするりと細く長い指で千鳥の口元に触れた。圧倒されて動けずにいると、彼は吐息を感じるほどに顔を近づけた。鼓動が速くなるのを感じるが、それは決して恋や愛などの甘いもののせいではなく、確実に「恐怖」のせいだ。信じられないことに千鳥は、目の前の同い年の少年から命の危険を感じていたのだった。


「―――リドル・・・」


 状況に耐えられなくなって千鳥が口を開いたそのとき、バタン!とドアが開いた。そしてそこには綺麗に固まった男子生徒が数人。それから「ンなところでイチャついてんじゃねーよリドル!」とそのうちの一人が叫んで、顔を上げたリドルが「ああ、ごめん」と言って笑ったところでようやく千鳥は解放された。


「ったく!ここは談話室だぜ?そういうのヤリたきゃどっか別のとこでやってくれよ!!」
「はは、ごめん」


 いつものように笑いながら男子生徒たちのもとへ行ったリドルの後ろ姿を呆然と見送って、千鳥はその場でへたり込むわけにもいかず、ふらふらと女子寮へ向かう。


(・・・・・・くび、を絞められるかと・・・思った)


 あれが、トム・リドルの本性か。




















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