「・・・なんだかうまく乗せられたような気がするわ・・・・・・」


 日本からはるばるやってきて、ホグワーツ行きの列車に揺られながら千鳥は1人呟いた。日本では4月から新学期だが、こっちでは9月から始まるそうで。10月の半ばを過ぎた今、列車の中には当然誰ひとり生徒がいない。千鳥は新しい自らの杖を眺めながら空を見上げた。




 47.





「転入生?」
「そうそう」


 飛び込んできた噂に首を傾げた少年は、綺麗な海色の目を瞬かせた。情報源は目の前で得意そうに鼻を鳴らした少年だ。周囲も、いつもと違う知らせに一様に沸いた。


「珍しいねー」
「あら、転入生じゃないそうよ。留学生って聞いたわ」


 ブロンドの髪の少女がそう言う。飛び交う言葉に興味がなさそうにため息をついて、海色の瞳の少年は視線を外して本を開いた。慌ててその背中に声が掛けられる。


「どうしたんだよ、ウォルス!」
「オレ、興味ねーわ」
「オンナノコだってよ」


 途端にピタリ、と動きを止めたウォルスと呼ばれた少年は、そのまま「・・・マジで?」呟いた。愉快そうに大きく頷いた友人は、彼の傍まですり寄ってそうっと囁く。


「可愛い子らしーぞ」
「・・・ほんとかよ?」
「日本人だってさ。ヤマトナデシコ!」
「へーぇ・・・」


 ざわざわと興味津々で勝手な憶測が飛び交う中、食堂の一番奥で校長が立ちあがった。途端にしぃん、と騒がしかったその部屋は静まり返り、誰もが校長を見上げて口を閉ざす。それを満足げに見回してから、校長は口を開いた。


「さて、皆今日も元気なようだが、ここでひとつ、皆にお知らせすることがある」


 校長はそう言って、自分の横のほうを手招きした。呼ばれたらしい人物は、校長の横まで来たところでようやく食堂にいた全員から姿が見える位置にきた。真っ黒な髪をゆるくお下げの三つ編みにして、そこで少女は食堂を見回す。その肩に手を置いて、校長は口を開いた。


「夕蒔千鳥嬢だ。日本の学校からの留学生となる。学年は3年生に編入する」
「・・・よろしく、お願いします」


 舌足らずな英語で言って、千鳥は頭を軽く下げた。こっちでは「おじぎ」という文化はないことは聞いてはいたものの、勝手に体は動く。まぁいいか、と考えて千鳥はそのまま目を上げた。


「ではミス・夕蒔。これから寮決めを行うがよろしいか?」
「は?―――は、はぁ。どうぞ」


 そういえば4つの寮があるんだっけ。そんなことを思いながら、千鳥は校長の言葉に頷く。すると、目の前に古い椅子と古ぼけた帽子が用意された。頭のなかがクエスチョンマークでいっぱいになっているのを自覚しながら、千鳥は言われるがままに椅子に腰かけた。


「ではこれをかぶるのです」
「は?かぶる?」
「そうです」


 厳格そうな若い女性の先生の言葉にぽかんとしながら、千鳥はじっと帽子を見下ろした。何百人もの生徒たちからの視線を思いっきり感じる。なんだこれ。恥ずかしいことこの上ない。

 しかしずっとそうしているわけにもいかず、千鳥は戸惑いながらも帽子を頭の上にのせた。なんだかすごく滑稽な姿のように感じたがそれはそれで仕方がない。すると、頭上から声が降ってきた。


『ほーぉ、珍しい!日本人じゃってのぅ?』
「・・・はぁ、どうも」
『ふーむふむふむ、ほほう、非常に面白いのう!』
「はぁ・・・」
『冷静だが激情家。なかなか普通でない育ち方をしてきたようじゃの?』
「ええまあ」


 帽子から降り注ぐ言葉に呆然としたまま相槌をうつ。普通でない、の言葉に千鳥は思わず遠い目をした。確かに普通じゃない。あの家、絶対普通じゃない。


『これはそうだのう、グリフィンドールかスリザリンか』
「・・・その二つ、どっちがどう違うのかしら」
『ふむ?聞いてないかの?グリフィンドールは勇猛果敢、友情に正義に熱いものの寮じゃ。スリザリンは狡猾で利己的、冷静だが残酷な面も持ち合わせている寮じゃよ』
「・・・・・・へぇ・・・」


 頷くと、千鳥は唐突に帽子を内側から睨みつけるようにして口を開いた。


「スリザリンがいいわ」
『は?』
「利己的で残酷なんでしょう?面白いじゃない」
『・・・・・・』
「ただの楽しい学校生活じゃつまらないの。いいじゃない、残酷。私も似てるところがあるし。それにね、勇猛果敢で熱い寮なんて私には合わないわ」
『真面目で勤勉実直なレイブンクローというのもあるがの?君の頭脳ならそこでもいいと思うがのう』
「真面目で勤勉?私、そんなことないわよ?」
『ううむ・・・そんなことはないと思うがのう』
「そうかしら」


 別にどこに決まろうとあまり興味はなかったが。なんせ、ここに来た理由は「婚約」からの逃避なのだ。ただ、熱血漢な寮など自分に全く合わないことだけは断言できた。性に合わない。そしてスリザリン。面白そうではないか。学校という閉ざされた空間で、ここまでおおっぴらに負の表現をされる者たちなどそうそういない。興味をそそられた。


『そうまで言うなら・・・しょうがないのう、スリザリン!』





 途端に食堂がざわめいた。ため息や落胆するような声が漏れ、興味が失せたような表情をするような者もいた。そんななか、スリザリンと思われる寮のテーブルだけがほんの少し騒がしくなった。まるで吟味するような視線を感じて、千鳥は少しだけ眉を寄せる。なるほど、この学校ではスリザリンという寮は浮いてるらしい。それもそうか。


「それではミス・夕蒔、席へ」


 言われるがままに千鳥はスリザリンの席へ向かった。1人の先輩らしい青年が立ちあがって「よろしく」一言だけ告げられ儀礼のように握手をし、エスコートされる。そのまま席を詰めてもらって、千鳥はそこに着席した。間をおかず、隣にいた少年が口を開く。


「君は純血か?」
「じゅんけつ?」
「両親はともに魔法使いか?という意味だ」
「ああ・・・」


 少し困ったように首を傾げて、千鳥は答えた。英語がまだたどたどしい。


「両親は代々続く神職よ。こちらで言えば魔法使いの立場かしらね」
「ふん、そうか」


 それだけ言って視線をそらした少年と対照的に、逆隣にいた少年に肩をたたかれ、千鳥は振り返った。美しく整った綺麗な顔に、思わず息をのむ。瞳を細めて彼は笑った。


「僕はトム・リドルだ。好きに呼んでくれて構わないよ。よろしく、ミス・夕蒔」
「・・・千鳥でいいわ。よろしく」
















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