*sideは三人称の視点となります。







「・・・おい、千鳥。が学年5位に入ったらしいぞ」
「あら。前回はド真ん中じゃなかった?随分頑張ったのね」
「そうみてェだな」


 今にも飛び跳ねんばかりの文面の娘からの手紙を見ながら、千鳥とウォルスは2人で顔を見合せて笑った。





 46.





 夏に決まった息子とその婚約者の結婚式の準備は着々と進んでいた。ウォルスは幸せそうな2人を心から祝福するつもりでいた。いや、実際祝福していた。婚約者であるアリアは少々抜けているところはあるけれども、反対するようなところは何一つない。


(懐かしいな・・・)


 自分と妻、千鳥が出会ったのもホグワーツだった。そんな風に思っていると、ガタゴトと騒がしい音がして、やがて彼の息子、アオトが姿を現した。その手に抱えている大量の箱を見てウォルスは眉根を寄せる。


「・・・何してんだ、お前?」
「いや、なんか随分古いアルバムが出てきてさ。父さんのだろ?」
「んー?」


 無造作に取り出してテーブルの上に開かれたそれを見て、ウォルスはほんの少しだけ瞠目した。確かにそれはウォルス自身の若いころの写真だったし、一緒に映っている長い黒髪の少女は千鳥だ。そして、その後ろに映っている整った顔の少年は。


「そうだな。オレのホグワーツのときのだな」
「一緒に映ってるこの女の子は母さんだろ?なぁ、この人は?」


 他の写真に映ってるひとは父さんの友だちって言って連れてきたことがあるけど、この人はないよなあ。仲良さそうなのに。そう言ってアオトは首をかしげてその少年を見た。ウォルスは少し苦笑を口の端に浮かべる。


「・・・トム・リドルっていってな。オレのライバルみたいなヤツだったんだよ」
「へぇ?」


 遠い記憶に想いを馳せるように、ウォルスは椅子に腰かけてテーブルに肘をついた。





*





(なによ、なんなの、婚約ってどういうこと!?)


 千鳥は古くから続く名門・夕蒔家の一人娘だ。夕蒔家は由緒正しい「呪術師」の家系であり、そんなわけで千鳥も普通の学校には通わずそういう「特殊な」学校に通っていた。その学校はいわゆる呪術師の家系や陰陽師、神社の娘や祈祷師の息子などが通うところであって、「普通」からは遠く切り離された存在だった。昔はそんなこと思いもしなかった、と千鳥は思う。

 けどそれはいい。それはまだいい。しかし婚約とはどういうことだ。けさ早く父親から呼ばれて、千鳥は困惑しながらも憤慨していた。


(なんでそういうことを勝手に決めるの・・・!?そりゃあ、名家でしょうけど)


 信じられない気持ちで千鳥は実家の長い廊下を憤然と歩いた。すれ違うものたちが一斉に顔を青くして自分を通してくれる。どれだけ怖い顔をしているんだ自分は、とすこし疑問に思った。


「・・・千鳥様」
「!まさ、ひ・・・こ」
「もう少し押さえてください。千鳥様が前を通った部屋では次々とモノが壊れていっています」
「うそ!!」


 柾彦と呼ばれた青年は、千鳥の目前に突如として現れてそう言った。思わずぶつかりそうになって慌てて千鳥は立ち止まる。柾彦は、若い端正な顔を困ったように歪ませてため息をつく。


「全く・・・お気を付けください」
「・・・ごめん」


 言いながら千鳥は、たまらなく全てをぶちまけてしまいたい衝動に駆られた。幼いころから面倒をみられている柾彦には、なにを言っても許されるような不思議な安心感がある。ふぅ、とため息をついてから、千鳥はその腕をがっ!と掴んだ。


「きいて、柾彦!ちょっと私の部屋まで来て!!」
「は?千鳥様!?私には仕事が・・・」


 その反論する言葉を完全に無視し、千鳥は柾彦をひっぱって自分の部屋まで連れていく。そうして彼を勢いで座らせて、それから全ての鬱憤を吐きだした。


「あ――――――――ッもぉ!なんなの!?なんなのよ婚約って!!」
「・・・ああ、今日お聞きしたんですか」
「私、今年で13歳よ!?まだ13歳なのよ!?」
「ですが、100年前ですとすでに成人されておりますから」
「そういう問題なの!?」
「そういう問題ですね」


 そんなアホな。千鳥は目の前がくらりと歪んだような錯覚を感じて倒れそうになった。いくらなんでも政略結婚なんて時代錯誤も甚だしい。この家が思いっきり時代錯誤なことは分かっていたけれど。真黒な髪を揺らして、千鳥はその場にへたりこんだ。


「し、信じられないわ・・・なによそれ」
「お相手は安倍家の御子息でしたね」
「・・・・・・」


 もはや反論する気すら失せて、千鳥は半分泣きそうだった。なんでこんなことになってるんだろう。安倍家の御子息と言えば、同級生だった。でも別に喋ったことは、特にない。容姿は気にしないけれど、かといって大したこともない。正直に言ってそんな人と結婚するのは、嫌だった。


「千鳥様」
「・・・なに・・・?」
「そんな悲壮な顔をなさらないでください」


 そんなことを言われても。千鳥はほとんど八つ当たりの気分で柾彦をにらんだ。すると彼は、ひとつため息をつくと、千鳥が全く予想もしていなかった言葉を口にしたのだった。


「それでは、留学してみたらいかがですか?」
「・・・・・・りゅうがく・・・??」


 一体今の話から何がどうなって留学の話になるのだろう。疑問符をいっぱいに頭に浮かべながら、千鳥は柾彦の言葉を反芻した。













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091224