「おー。うまくいったな」 「お疲れ、ピーター、」 だかだかとシリウスとジェームズが帰ってきたころ、ようやくリーマスは目を回さなくなった。少し青い顔をして、彼はオレたちを見上げる。 「・・・わかったよ。君たちには敵わないね。だから、コレ、はずして」 「逃げないか?」 「逃げないよ。外して」 にっこり笑うリーマス。あ。やべ。ちょっと怒ってる。 40. 「さぁて」 微妙に重い雰囲気の中、沈黙を最初に破ったのはジェームズだった。拘束を解かれたリーマスはそれでもオレらと目を合わせない。ふぅっ、と息をついたジェームズは、いつもと同じ笑みをその唇に浮かべた。 「・・・そろそろ、僕らの目を、見てくれないかい?リーマス」 「・・・・・・ッ」 びくりとリーマスの肩が震えた。そうしてようやく、リーマスはそろそろと顔を上げる。普段の彼からなら絶対に見せないような、不安定に揺れるその目にオレは不意に泣きそうになった。 「・・・もう、知ってるだろ?」 「・・・・・・ああ」 泣きそうな顔で笑ったリーマスに向かって、シリウスが頷く。そしてシリウスはぎっと唇を引き結ぶと、そのまま勢いよく頭を下げた。目を瞬かせるリーマスに向かって、彼は顔を上げずに告げる。 「ごめん」 「・・・え」 「ごめん。オレ、お前を散々傷つけた。ずっと、ずっと傷つけてきた。本当に、ごめん。バカで、ごめん」 顔を上げないシリウスの握った拳が震えているのがわかった。ジェームズが何も言わずにそっとその肩に手を置き、ピーターは一緒に頭を下げた。オレはリーマスをまっすぐに見つめた。傷だらけの手足、顔。リーマスは今まで、どんなに傷ついてきたんだろう。どんなに傷つけてしまったんだろう。同情なんていらないだろうし、オレなんかにその辛さがわかるわけない。でも。 「リーマス。・・・・・・ごめん。オレたちのこと、嫌いにならないでよ」 声が震えた。身勝手かもしれない。わがままかもしれない。それでも。 「オレたちは、リーマスと・・・一緒に、いたいよ」 リーマスの顔がくしゃくしゃに歪む。泣きそうだった瞳から涙がひとつこぼれた。オレに負けず劣らずの震えた声が返ってくる。 「きらいになるわけ、ないよ・・・!!」 絞り出すようなその言葉に、オレは喉がひきつるのを感じた。それまで黙っていたジェームズがそっと口を開く。 「どうして言ってくれなかったんだい?」 「だっ、て・・・・・・人狼、だなんて」 「あぁ、そうだね。それは確かに驚きの秘密だった―――けれどリーマス。僕らはだからといって君と友だちをやめたいだなんて爪の垢ほども思っていないのだけれど、君はどうなんだい?」 そう言って優しく笑ったジェームズは、答えを聞くよりも早くリーマスをそっと抱きしめた。たがが外れたようにぽろぽろとその瞳から涙を落して、リーマスは何度も首を振った。 「・・・僕だって・・・君らと友だちで、いたいよ・・・!!」 涙の連鎖反応を起こしそうになって、慌ててオレは深呼吸をして泣くのをこらえた。ゆっくりと顔を上げたシリウスの目まで軽く潤んでいて、けれど彼もぎゅっと目をつぶってこらえたらしい。ピーターも目をこすっているとこから見て同じことをしたんだろう。 ジェームズの腕から抜けたリーマスは、目を赤くはらして涙を拭った。そのままオレたちを見回してゆっくりと笑う。 「―――僕のほうこそ、黙っててごめん。・・・それと、ありがとう」 リーマスの言葉に、オレたちはみんなで顔を見合わせて笑った。 「ところでオレはに聞きたいことがあるんだけどよ」 「あ?」 「お前、『森』で一瞬消えたろ」 「・・・・・・」 しまった忘れてたやばいどうしよう。 シリウスの言葉にオレは冷や汗がダラダラと流れてくるのを感じながら思った。そうだった。そういやオレ≪移動≫しちゃったんだった。忘れてたヨ! 「気のせいじゃないカナっ、シリウスくん☆」 「ごまかすな」 「僕もばっちり目撃してるからね」 「あ、えと、僕も、・・・見たよ?」 うっわあああああなんなのコイツら。そしてとどめは。 「僕の最大の秘密をしゃべったのにはしゃべってくれないの?」 リーマスが笑った。こんなに怖い笑顔もまたとない。信じられない怖い怖い怖い!オレは4人に追い詰められてついに降参した。ごめんなさい父さん母さんアオト兄! 「えと、その、あの、・・・≪移動者≫って・・・知ってる、か?」 「知ってるよ。血にかけた古代魔法で、「姿現し・くらまし」がし放題の能力者のことじゃなかった?・・・ってもしかして。君、まさか」 「ジェームズ大正解。そ。オレまさに、その能力者。であのとき消えたのは、その能力が勝手に発動しちゃったわけ」 ぽかん、と口を開けたままの彼らを見回して苦笑した。そりゃそうだよなあ。リーマスがそろそろと首を傾げる。 「・・・え、じゃああの≪移動者の血筋≫がなの・・・?」 「そう。ってブラック家には並ばないかもしれないけど旧家だしな。≪移動者≫は代々1人しか現れない、っていうのが≪血の制限≫で。その後継者がオレだった、ってわけ」 昔々。なにかの戦争のど真ん中で、血が絶えるのを恐れた一族は、なにがなんでも血を残すために、どんな状況からでも逃げて生き延びることができる魔法を作り上げた。自分で発動しなくとも、その人に命の危険が迫れば意思に無関係に勝手に発動してしまうほどの魔法を。だけどその魔法は強力すぎて、様々な代償を必要とした。 一つは、その魔法は、どんなに行おうともたった一人にしかかからなかった。 一つは、その一人はどんなにみんなと一緒に逃げようとしても、自分だけしか移動できなかった。 一つは、その一人がどんなにみんなと最後まで戦って一緒に死のうとしても、死ぬ前に自分だけが移動してしまった――― そんな能力をオレは引き継いでいる。で、たった一人。そしてその能力をもつ者は、自動的に、次期家の当主とならなくてはならないのだ。だけど。 「オレの父さんは前の≪移動者≫でもちろん当主なんだけどね。その前の前くらいの代で、本家以外の血はほとんど絶えちゃったらしいんだ。だから当主って言ってもほとんど形だけのもので、大したことないんだけど」 もしかしたらそれは、≪移動者≫なんて異能を作り出してしまった報いなのかもしれない。そんな風に考える。そのときシリウスが感心したように言った。 「ようはどこにでもいつでも「姿現し・くらまし」が出来るってことだろ?由来はどうあれ、便利じゃねえか」 「ああ、うん。そうなんだけどね。父さんや母さん、アオト兄からは決して使わないように、誰にも言わないように、って言われてるんだ」 「・・・確かに、そのほうがいいかもしれないね」 「へ?」 ジェームズの言葉に目を丸くする。すると彼は思案気に眉を寄せてオレを見た。 「そんな反則技みたいな力が、闇の勢力に奪われてごらんよ。―――ひどいことになる」 一瞬沈黙が落ちた。ピーターの息をのむ音が聞こえる。シリウスが首を振ってごまかすように笑ったけれど、ジェームズの目は真剣だった。 「おおげさだろ?ジェームズ」 「いや。僕は真剣さ。10年ほど前から、闇の力が徐々に強くなっている。僕の父の言葉だけどね。君らだって知ってるだろう?そこに≪移動者≫の後継者―――やつらが狙うのは君の能力だ。≪移動者≫なんてスパイや暗殺者とかに最適じゃないか。おそらくがその≪移動者≫の血統だと、いやがその後継者と知れたら、きっと君は狙われる」 「え・・・」 ジェームズの言葉に、オレは口ごもった。そんなおおごとに、オレは巻き込まれていたのか?じゃあなんで、父さんたちは言ってくれなかったんだ?さすがに青くなったらしいオレを見て、ジェームズは慌てて取り繕うように笑う。 「いやでも仮定の話だけどね!わからないよ?」 「・・・でも確かに、。その力は、あまり使わないほうがいいと思う。アオトさんたちがそう言うなら、きっと意味があるんだよ」 リーマスが言う。オレはその言葉に頷いた。確かにそうだ。今まであまり深く考えてこなかったけれど、その通りだ。オレの家族の言うことに絶対に意味があることは、オレが一番良く知ってる。 「そうだな・・・そうする。うん、あまり使わないように気をつける」 「うん、そうしたほうがいいよ。―――ところでジェームズとシリウスとピーターにはなにか秘密はないの?」 突然そう言って笑顔を3人にむけるリーマスに、3人はぎくりと身をこわばらせた。それを代表してシリウスが恐る恐るリーマスに問う。 「あの・・・リーマスさん?オレたち秘密ったって大した秘密ないと思うぜ?」 「秘密に大したも何もないと思うよ?今度は君たちの番だと思うんだけど、僕間違ってる?」 「・・・イエマチガッテマセン」 3人の抵抗もリーマスの真黒い笑みの前ではなんの意味もなさず、彼らは結局恥ずかしい自分の過去や失敗やなんやらをさらす羽目になった。そんでもって最終的にはオレとリーマスも加えた大暴露大会という名の恥さらし大会になってしまった。楽しかったけどな!シリウスが小さいころ女装させられた話とか最高に面白かったけどな!そして今回は、翌日の授業もばっちり遅刻しないですんだのだ。オレら、すごくないか? ←BACK**NEXT→ 091012 |