頭の奥ががんがんする。喉がからからだ。どうして、こんなことになってしまったんだろう。


 彼らにだけは、知られたくなんてなかったのに。
 ・・・初めてできた、本当の友達だった、のに。




 39.





 気が付いたら、そこは『屋敷』の中なんかじゃなかった。生い茂る草木、どこか鬱々とした雰囲気。『森』だった。すぐに色を失った。誰かを傷つけてはいないか。獣の本脳のままに『森』へ脱走し小動物を狩ってしまうこともたまにあった。今回もそれだけならいい、と思った。どうやら『森』の外へなんて行ってないようだったから安心しようとしたけれど、どこか消えない不安と焦燥に駆られて、僕はきっと青い顔だっただろう。だけれど寮へ戻らないわけにはいかないから。そして僕は、グリフィンドールの見慣れた部屋で、とてつもないショックを受けることになった。


「あぁ、おかえりリーマス。今日も傷だらけだね」
「ただいま、ジェームズ。どうしたの?みんなそんなに疲れて」
「あー・・・昨日、ちょっと頼まれごとしてな」
「僕の可愛いリリーのためにね!ちょっと大奮発したのさ!!」
「疲れるから黙ってろジェームズ」


 ぐったりとベッドに沈んだまま(もう朝なのに準備をしようと動く気配が3人とも全くない)シリウスはつらつらと昨日あったらしい出来事を語った。それを聞きながらどんどんと血の気が引いてゆく自分を意識しながら、僕はひとり戦慄した。なんて、ことを。




 もしも彼らの誰かが僕に咬まれでもしていたら。




 ぞっとした。「・・・怪我は?」震える声がそう聞く。「いや、石とか枝とかで切ったくらいだ」そういうシリウスの言葉をそのまま信じることもできない。でも、きっと、そうなんだろう。咬まれたりなんかしてたら今頃こんな呑気に朝を迎えてなんかいられない。無理やり信じようとしたそのとき、仲間内でも無謀さと勝手さに定評のある金髪の少女の顔が浮かぶ。


は・・・?」
「あいつもそんくらいだろ。―――ところであいつ、狼から逃げる時おかしかったよな。突然消えて移動したんだ、まるで『姿くらまし』『現し』したみたいに―――」


 シリウスが言う言葉はもう僕の耳には届いていなかった。無事だった。よかった。本当に、よかった。それだけがわかって僕は顔を覆った。焦ったような声が聞こえたけれどどうでもよかった。彼らは無事だった。無事、だったんだ。


「―――よかった・・・」
「僕らは大丈夫さ、リーマス。そんなに心配してくれたのかい?」
「心配って!君らはもし咬まれてたらどうするつもりだったんだ!!もし咬まれでもしていたら君たちは今頃僕みたいに―――」
「え・・・」




「僕、みたいに・・・?」




「ッ!!」


 ピーターが不思議そうに呟くその言葉に、僕は口を覆って一気に青ざめた。彼らの顔が見れない。ジェームズとシリウスは気づくだろう。彼らの頭脳は異常なまでに優秀だ。ここまで隠し通せてたことすらあやしいのに、これじゃあ、もう。


 僕が、人狼だって。


「・・・まぁまぁまぁとりあえず朝食に行こうじゃないか!そろそろ行かないと下げられてしまうよ!きっとも来るだろうし、さっさと準備をして食堂に向かおうか!」


 いやに明るいジェームズの声。顔なんて見れない。無理だ。ここから逃げ出してしまおうか。けれど足は硬直して動かなかった。どうしよう、どうしたらいいんだ。知られた?一番、知られたくなかった存在の彼らに?―――嘘だろう?


 どうして、こんなことになってしまったんだろう。




*




 リーマスはそれからオレたちを避け続けた。

 授業の移動は声をかける前に風のように去ってしまうし、席はと言えばオレたちが来る前に別の誰かの隣とかに座ってしまうし、寮へ戻る時も図書館に行ってるんだか何だか知らないけど彼は巧妙にオレたちを避けた。どこまでも避けた。とにかく避けた。めちゃめちゃ避けた。さすがはリーマス。オレらの行動を熟知しているのか・・・!?


「リーマスっ!」
「ごめん、

「リーマスあのさぁ」
「ちょっと僕図書室に用があるから」

「あ、リーマス!!ちょっとい」
「無理」

「リーマス・ルーピンさんリーマス・ルーピンさんお友達がお呼びです」
「ゴメン、僕いま先生に呼ばれてるから」


 そんな感じで。いまだに目も合わせてくれない。オレの顔を、見てもくれない。


「・・・もう限界だね」


 低い声でジェームズが言ったのは、リーマスがオレたちを避け始めて3日後だった。むしろよくそこまで耐えたと言ってほしい。なんせオレはともかく、3人は同室だから余計にあからさまに避けられてかなりこたえているらしかった。聞けばベッドのカーテンを固く閉ざしたまま出てこず、無理やり出そうとすると見事な呪いをかけられるらしい。返り討ちにあったシリウスが顔に嫌な水色のイボイボを大量につけて語ったから間違い無い。


「ちくしょー・・・アレはヒドかったぞ・・・アレは・・・」


 シリウスはそう言う。確かにヒドかった。色が水色ってとこがまずいだろ。水色ってなんか明らかに異常な色だぞ。イボイボ。たまたまオレが解ける魔法だったから解いてやったけど、普段ハンサムな顔だったからこそ凄まじい見物だった。


「こういうときこそ僕らの出番だね?」


 そう言ってニヤリと人の悪い笑みを浮かべたジェームズに、オレたちも揃って頷いた。悪戯、開始だ。ナメるなよリーマス。オレたちはずっと、去年からもそうやって来たじゃないか。オレたちを本気にさせるとどうなるか・・・ね。





*





「・・・ん?」


 さすがだリーマス。鋭いぜ。

 思わず図書館前の廊下の銅像にささっと隠れて、オレはリーマスをじっと見つめた。ぴくりと足を止めたリーマスは、警戒するようにあたりを見回して、それからまだ警戒を解かない様子のまますたすたと歩きだす。そして彼が角を曲がった瞬間、


「リーマス覚悟―――――ッッッ!!!」


 飛び出してきたのはシリウスだ。しかしリーマスはさっと素早い動きで(そのケガで!?)その特攻を避ける。そして杖を取り出そうとしたリーマスは、その手が自分の杖に届かないことに気づいたらしく「えっ!?」と仰天して一瞬動きを止めた。そのままシリウスがリーマスを捕え、控えていたらしいジェームズが杖からロープを取り出してさささっと彼を拘束する。


「し・・・しまった・・・!!」


 ちなみにリーマスの杖を盗んだのはオレだ。さっきリーマスが感づいて振り向く前に透明マントで近づいてから「呼び寄せ呪文(小声)」だ。振り返られた時は本気でビビッた。見えないのに隠れちゃったし。


!頼んだ!!」
「あいよっ!」


 ジェームズが差し出したスマキ状態のリーマスを、箒に載って飛び出したオレは軽々と受け取って宙を蹴った。「わぁあああ!!??」とリーマスが悲壮な声で叫んだけれどオレは鮮やかにそれをスルーして、向かう先はグリフィンドールのジェームズたちの部屋。もちろん普通に入るわけにはいかないので、適当な窓から外へ飛び出す。


「ちょっ・・・!?早ッ・・・早い!!そ、それより僕、重くないの!?」
「もちろん減重魔法がかかってるヨ☆そのロープにね」
「そ、そうなの・・・!?いやそんな場合じゃッ・・・ちょうわあああああ!!!
「リーマスうるさいよー迷惑だよー」


 オレの言葉は全く彼に届いてないようで。まいっか。そのまま空を大きく旋回して、グリフィンドール寮を目指す。わかりやすく全開にした窓から手を振るピーターが見えた。よし!そこめがけてオレはさらにスピードを上げる。


わぁああああああぁぁぁぁっっっ!!!???
「ハーイピーター!御苦労さまー」
「お帰りー!」


 絶叫するリーマスを尻目に、オレは部屋に飛び込んでからリーマスを用意済みのベッドに放り投げて爽やかにピーターに笑いかけた。ピーターのおかげでオレが箒で飛びこんでも大丈夫なように、しっかりと危ないものは片づけられていて、リーマスが放り込まれたベッドもケガをしないように全員分の布団が積まれていた。


「すげぇな、よくやったなピーター」
「えへへ、そうかな。ありがと」


 目をまわしたままのリーマスの横で、オレたちはいつものように笑った。ああ、なんだかすごく久しぶりのような気がするなぁ。
















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091010