「・・・ッ、う、わあああああっっ!!!」 狼は低く唸ると、オレのいる木に向かって思い切りぶつかってくる。衝撃で大きく木が揺れて、オレは必死で幹にしがみついた。 やばい。これはマジでやばい。 38. 「・・・ッ、あ、く・・・ッ」 「こっちだ!!」 大声がして、それからなにかが後ろのほうの茂みにがさがさっと落ちた。一瞬、狼もそっちのほうに意識を向けるけど、もちろん目の前にいる獲物(オレ)を逃そうとはしないわけで。結局全く効果はなかった。 「・・・ッ・・・!」 低く唸ると、狼はオレを見上げて睨む。視線があう。その瞳に、色に、どうして。 どうしてオレは、リーマスを思い出すんだ。 「Expelliarmus!!」 呪文を唱える鋭い声、飛んできた光。ギャン!と声を立てて狼がのけぞる。光の飛んできたほうを見て、オレは目を剥いた。 「バカ!なにやってんだよシリウス!!?」 「もう一回だ!Expelliarmus!!」 透明マントから出たらしいシリウスはそのまま呪文を連射する。狼は何度かひっくり返りながらそのたびに鳴く。しかしもちろん逆上させたようで、狼は大きく唸って体をひるがえしてシリウスに飛びかかる。うそだろ!? 「シリウスっ!!」 「Expelliarmus!!」 シリウスに飛びかかろうとした銀色の狼は、もう一方から飛んできた呪文に吹っ飛ばされる。耳や額から血が流れた。そこにはジェームズが息を切らしながら杖を構えていて、吹っ飛ばされた狼を警戒しつつ、彼はシリウスのところまでやってきてその頭をひっぱたく。 「いてえ!!」 「君はもう無謀すぎるんだよ!!何考えてるんだ!!―――でもまぁそんなこと言ってる場合じゃない・・・逃げないと」 「そんなこと言ったってどうすんだよ!!が・・・!」 「今の僕らじゃせいぜい威嚇する程度しか出来ないんだ!だからまずはとにかくを木から降ろして、・・・ッ!!」 「ジェームズ!!」 オレは自分の顔から血の気が引いていくのを自覚しながら叫んだ。ジェームズは飛びかかってくる狼から間一髪でよける。シリウスが再び武装解除呪文を放った。どうしよう。どうしたらいい?杖はポケットのなかだけど、何ができるっていうんだ?まだ大した魔法も習っていないのに。でも―――オレは―――オレが、オレがここにいるから、彼らは逃げられない――― 「、ねえ、」 「!ピ、ピーター?」 小さい声に木の下を覗き込む。顔だけ闇の中にぽっかりと浮かんだピーターは(透明マントだ。わかってるけど不気味だ。けどそんなこと言ってる場合じゃない)泣きそうな目でオレを見て手を突き出した。 「鳥!僕が鳥かご持ってるから!早く渡して!!そしたら、降りて!!」 「お、おう!!」 ハッとしてオレは慌てて背中のフードから小鳥を取り出してピーターの手に預ける。そもそもの目的をすっかり忘れていた。小鳥が透明マントの中に入って消えたのを確認して、それからオレは木から降りようと枝に手をかけた。ちらりとシリウスとジェームズに目をやって、狼が2人の間をすり抜けたのを見た―――え、すり抜けた? 「「!!」」 大きく唸った狼はオレのいる木に思い切り体当たりをぶちかました。ジェームズとシリウスの叫ぶ声が聞こえる。今まさに木から降りようとしていたオレは体勢を崩した。手が枝から離れる。体が空中に飛び出す。唐突に理解した。 落ちる。 「――――ッ、」 頭が働かないまま、オレは小さく息をのんだ。 * 狼の攻撃をすべて間一髪でよけながら呪文を連射して、オレもジェームズも息も絶え絶え、必死だった。小枝や石で体は傷だらけで。もちろん狼にも何箇所か傷をつけたけれど。今何時だろう、ふとそんな風に思う。 が降りようとしたのを目端に入れて知る。ピーターがうまくやったらしかった。一瞬、きっとたった一瞬だけ、オレもジェームズも気を抜いた。その一瞬に、狼はオレたちを攻撃せず、なぜかのいる木に飛びかかって行く。不意を突かれて咄嗟に動けない。ぞっとしてただ名を叫んだ。 「「!!」」 ずるり、との体が乗っていた木の枝から滑った。そのまま重力に逆らえずには木から放り出される。しかし、その瞬間。 「そこ」から、は消えた。 「いぎゃッ!!」 場違いな間抜けな声がすぐ背後から聞こえて、オレは反射的に振り向く。そこには、が。尻もちをついて、いて。 「・・・・・・・は・・・・・・?」 「・・・な、・・・・・・?」 なんだ。何が起きているんだ。だって今、は。今、あそこで。―――どうしてコイツはここにいるんだ? 誰もが茫然とするなか、がただ一人「あいてて・・・」とか呟いてたちあがる。そして自分をみつめるオレたちに気づくと、軽く頬を引きつらせた。こいつ、なにか隠してやがったな。だけど、オレが口を開くその前に、ジェームズが再び武装解除呪文を連射した。即座にオレとはジェームズに引っ張られ、ピーターが透明マントをかぶせる。 「ンなことしたって匂いでわかんじゃねえの、狼って!?」 「かく乱くらいにはなるだろう!?さっきは見えてたにばっかり気が行ってたんだから!!とにかく逃げるんだ!」 ジェームズの声でオレたちは一目散に逃げ出した。途中で何回か武装解除呪文を連射しながら。 * あのあと。 必死で『森』から生還し(本気で死ぬかと思った)オレたちはぐったりしながら寮まで帰ってチェルカに鳥を返した。チェルカとリリーは真っ青なままずっと談話室で待っていたらしく、少し憔悴したような顔をしてたけれどオレたちを見てほっとしたように笑った。それからとにかくお礼を言われたけれど、寝かせてほしいと正直に言わせてもらいオレたちは寝室に引っ込んだ。つ、疲れた・・・。 夢すら見ない位に爆睡して、朝。え、マジで授業受けるの?って感じだったけれど休むわけにはいかず、「うえぇぇぇ」とかうめきながらいつもより少し遅めに起きて談話室に降りる。リリーはいつもなら遅刻や休みに厳しいのに、今日は寝かしておいてくれたらしかった。食堂にはもうほとんど人がいない。ただ、昨日『森』でヒドイ目にあった3人と、戻ってきたらしいリーマスだけはそこに座っていた。 「・・・はよ」 「おぅ・・・」 「おはよう・・・」 「・・・おはよう」 3人とも目が虚ろだ。ついでに言えばオレも多分虚ろだろう。疲れた・・・。 「あ、リーマスお帰りー。お前、また傷だらけだな。大丈夫?」 「・・・え、・・・あぁ、。・・・・・・ただいま」 「・・・?リーマス?・・・どうした?」 「あ、いや・・・なんでも、ないよ。ごめん4人とも、僕ちょっと、先生に呼ばれてるから、先に行くね」 首にも額にも耳にも頬にも包帯やらなにやらをつけて、いろんなところに新しい傷をつけたリーマスはどこから見ても不自然に青い顔をしていた。おかえり、ただいま。そんな風に言ったのに。一度も目が合わない。そのまま席を立ってドアのむこうに消えたその背中を見ながら、オレは沈黙した。 「・・・ヘンだと、思わないか」 「―――思う、けど」 「なぁ。オレとジェームズが、あの狼のどこに傷をつけたか覚えてるか?」 「・・・・・・耳とか額とか・・・結構、体全体じゃなかったっけ。オレ、木の上だったし、よくわかんない」 「・・・そ、か」 それきり黙りこんだシリウス。冷めたオニオンスープを口にしないままずっと睨みつけるジェームズ。不安そうにリーマスの消えたドアを見つめるピーター。オレはなにも言えないまま、テーブルの上の林檎をひとつとった。食べる気なんてしなかった。 オレたちは気づいてはいけないことに気づいてしまったのかもしれない。 ただ、そんなことだけがガンガンと頭の奥で鳴り響いた。 ←BACK**NEXT→ 090915 |