「手のひらサイズの小鳥って・・・すげー見つけるの大変じゃん・・・」


 呟きながらオレは甲冑の裏とかを見る。うん、いない。


「きらきらしたオレンジ色の光、か・・・どこに・・・、ん?」


 窓から校庭を覗いたその時、オレンジ色のきらきらした光、まさにそれが夜の闇の中に浮いていた。そしてその光の先を懸命に見て、光の向う方向にあるものに気づいてオレは思わず脱力した。


「・・・よりにもよって・・・『禁じられた森』かよ・・・!」





 37.





「危ないわ、やめて!!」
「大丈夫大丈夫。行ってくるから、談話室で待っててよ。ね、リリー」


 禁じられた森へ向かう鳥の痕跡を発見して、オレたちは一度集合した。というより、たまたま発見した直後が集合時間だっただけなんだけど。時刻はもうすぐ9時になろうとしていた。そろそろ、消灯時間が近づいている。


「だって、禁じられた森、なんて・・・!!」


 絶句するリリーの後ろでは、件のチェルカ・ルッテンブルグが真っ青な顔で凍りついている。日付が変わるまではあと3時間ほどしかない。


「大切なものなんだろ?」
「・・・・・・・・うん・・・・・・」


 シリウスの言葉に、今にも泣き出しそうな顔でチェルカは頷く。その姿に、リリーも何も言えなくなって俯いた。ああ、やっぱり責任感じてるんだな。そう思ってオレは2人の肩に手を置いた。


「大丈夫だってば。ちゃっちゃっと見つけ出して連れて帰ってくるから、安心しなよ」
「・・・でも、・・・!それなら私も行くわ!!だって、私の、せいだもの・・・!!私のせいで、こんなことに・・・」


 言い募るリリーの服の裾を引っ張って、チェルカがふるふると首を振った。「でも、チェルカ・・・」と更に続けようとしたリリーをジェームズは遮る。


「生憎だけどねリリー。残念なことに定員オーバーなんだ」
「え・・・?」
「僕らはこれから校則違反をするわけだ。君もよく知ってるように僕らは校則違反の名人だよ?夜の校舎を歩くのだって慣れたものさ」
「で、でも、森なんて・・・」
「リリー」


 シリウスが唐突に名を呼んだ。思わず目線を向けたリリーに、彼は不敵に笑った。


「オレたちをなめんなよ」





*





「だっ!イタぁ!!ちょ、足踏むなよって!!」
「うるせえ狭いんだからしょうがねえだろ!!」
「やっぱり4人は無理があったかなあ・・・」
「・・・かもしれないね」


 ため息とともにジェームズが言う。オレたちは今、森の入口まで来ている。もちろん、もう出歩いていると怒られる時間帯だ。しかし、オレたちには校則違反の心強い味方が存在するわけで。それがジェームズの「透明マント」だ。


、シリウス。静かにしてくれないかい?これ、見えなくなるだけで実体が消えるわけじゃないんだから、話し声とか周りに聞こえるんだから」
「「はい」」


 微妙に怒気を含むジェームズの言葉に、オレとシリウスは声をそろえる。そのとき、肩をすくめるジェームズの肩ごしをピーターが指差した。


「ねえ、あれかなあ・・・!」


 一斉にその方向を見る。そこには確かにオレンジ色の光が浮いていた。よし!オレたちは無言で頷き合うとその光を追って森の奥へと進んでいく。校則違反なんか腐るほどしてきたけれど、さすがに夜に禁じられた森へ入るなんてトンデモナイことしたことがなかったから、緊張と不安が激しい。

 ぱき、と小枝を踏む音が響く。一歩進むごとに暗く深くなっていくような、そんな気がする。こいつらがいなかったら絶対にこんなところ来ないぞ!そんな決意をオレが固めたその直後だった。


「いたぞ!あれじゃねえのか!?」


 シリウスの示した木の上に、綺麗なオレンジの小鳥が止まっていた。無彩色ばかりの森の中で、その小鳥だけが鮮やかにきらきらと光ってて、ものすごく目立ってる。どこか見ていると何度か羽ばたいたけれどぎこちなくて、全然動けないみたいだった。時間切れが近いんだ、仕方ないだろう。


「・・・どうやって捕まえようか?」
「そうだなー」
「んじゃオレ行ってくるからあとよろしくー」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」」


 当然のように言うと、3人から向けられたのは「何言ってんだコイツ」と言わんばかりの目。それを笑顔で無視して、オレはするり、と透明マントから抜け出た。驚きの声を上げるジェームズが、オレの肩を引く。


「何する気だい!?」
「いや何って登るんだよ」
「あほか!お前が登るんならオレがやるわ!!」
「あのなぁ」


 ひとつため息をついてオレは何もない(ように見える)空間をにらんだ。


「この中で一番オレが身軽だろ。それに、オレはシリウスやジェームズが落っこちてきたら受け止められないけど、オレなら、お前ら、なんとかなるだろ?」
「そりゃ、そうだけど・・・!」
「ってことでちょっと行ってきます」
「お、おい!」


 静止の声を放置して、オレはがし!と木にしがみついた。落っこちた時のダメージが一番軽いのって、どう考えても、オレだろ?「オレが落ちる」なら受け止める役は男子3人だけど、オレが登らない場合は受け止める役は男子2人と女子1人、だ。その場合、ピーターは正直な話あんまり力がないし、オレだって強いほうではないから、実質受け止め役が1人になってしまうわけだ。それはやっぱり、危険だし。

 それに、とオレは登りながら考える。オレには一応≪移動≫能力があるわけだから。なんとかなるだろ。本気で危なかったら≪移動≫しちゃえばいいし。ていうかそもそも落ちなきゃいい話なんだけどさ。・・・そういや、オレ、なんで落ちる前提で考えてるんだろう・・・。


「おーし・・・大人しくしててよな・・・」


 ぴぃ。


 か細く鳴いたその小鳥を、そっと手で包む。よしよし、まにあったみたいだな!


「よっしゃ!つかまえたっ!」
「おしっ!!」
「早く下りてきなよ、!!」
「籠、ここだよー!」


 何もない空間から聞こえるその声に手を振ってこたえて、小鳥を背中のフードに入れて、オレは木から下りようと身構える。しかし。


「――――だめだっ!!降りるな!!!」
「・・・え」


 鋭いジェームズの声。思わず動きを止めると、森の奥から聞こえてきたのは何かがものすごい速さで駆けてくる音。がさがさがさがさ、と木々が、草が音を立てる。さすがにぞっとしてオレは木の上で息をのんで声を殺した。ジェームズたちもうまいこと気配を消しているだろう、ていうかあいつらは見えないからそう心配することもない。問題は、オレだ。


「なに・・・、なんなんだよ・・・!?」


 われ知らず震える声にこたえるように、茂みの中から姿を現したのは。

 月光が、木々の間から差し込む。きらりと、銀色の光が。




 ――――最初に思ったのは、何故だろう、ただ、

 ――――綺麗だ、と





「狼・・・!?」


 押し殺したシリウスの声がどこかから聞こえて、それでオレははっと我に返った。銀色の毛並みの、巨大な狼が。そこに、いて。それは、当然のようにオレを振り仰ぎ、そして、遠く吠えた。


 どうしてだろう。その声が、悲しそうに響いたような気がしたのは。

 











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090817