なにか面白いものないかなあ、だなんて図書館をうろうろしていて、ふと目に入った本。さりげなくパラパラと読んでみて、頭のどこかに引っかかったそれに首をかしげながら、結局オレは気付かないままそれを書架に戻した。

 本のタイトルは『人狼の生態―狼人間と月―』。

 そしてオレは、この時気付いていれば、あんなにもリーマスを傷つけることはなかったんじゃないかって。そう、後悔することになる。





 36.





「・・・最近ちょっと面白いことが少ないと思わないかい」
「「「「は?」」」」


 呪文学の真っ最中、杖を振りながらぼそりと呟いたジェームズの言葉に、オレたちは一斉に異口同音の言葉を発した。難しい顔をして、珍しく真剣な顔だったから何かと思ったら・・・そんなことかよ!!オレは思わず脱力する。


「なんだよそれ」
「確かにそうだなー」
「賛同しないでくれる?シリウス」


 呆れた声のオレとリーマスを尻目に、シリウスは一気に顔を輝かせた。ちなみにピーターはぽかん、と固まっている。ジェームズはそのままにやり、と悪人のような笑みを浮かべる。


「だってよく考えてみてくれないか?こないだのクィディッチスリザリン戦のあと、僕らがしたことってそんなにあったかい!?」
「キアリス教授の足を2メートルに伸ばした」
「ピーブズに偽ラブレター(吠えメール)を送った」
「ハロウィンには盛大なゲリラ仮装大会した」
「通りすがりの女子学生をナンパして誰が一番多くの人数にOKもらうか競った」
「あれはジェームズ抜きだったけどねー」
「僕にはリリーがいるからね!・・・ってそうじゃなくてさ!」


 ノリツッコミするジェームズ。リーマスがおかしそうに笑ってオレを見た。なんだよ。


「あれは面白かったね。1位のシリウスと僅差でが2位だったってところが」
「・・・・・・・・・いや、オレ的には非常に不本意だったんですけど・・・」


 3位のリーマスとだってそんなに差はねえはずだけど!!そう主張しても、オレが2位だったのは事実だ。実は結構ショックだった。オレ、女子なんですけど。一応。なんか最近忘れられてるような気がするけど。・・・ジェームズがいたら結果も違ったと思うんだけどなー。けどそれを言っても全員が「いや変わんないって」みたいな反応だった。なんだよみんなして!!


「ってそんなことはどうでもいいんだよ!!」
「よくねえよ。まだまだあるし」
「結構やってるじゃない、いろいろと」
「いや。いやいやいやいやいやいやいやいや


 とり合わないオレとリーマスに、ジェームズは力強く語りはじめる。


「もっとこう、スリリングでファンタジックなことをやりたいじゃないか!!」
「スリリングで」
「ファンタジックぅ?」


 なんじゃそりゃ。


 目が点になる。けどシリウスは今にも駆け出しそうな勢いでジェームズに賛成した。きらっきら輝いてる。顔が。尻尾があったら勢いよく振ってそうだな、こいつ。


「・・・じゃなにすんの?」
「・・・・・・・・・・・・それはー・・・・」
「決まってねえじゃん!!」


 途端に目を泳がせたジェームズにオレは勢いよく突っ込んだ。要は騒ぎたかっただけだろ!





*





「あれ、リーマス?その格好・・・あ、そっか」
「うん。今日、帰る日なんだ」
「毎月大変だな、ほんとに」


 仕方ないよ、と困ったように薄く笑うリーマスに、オレもジェームズも口元に笑みを浮かべる。ちょっとだけ不満げなシリウスも、結局は手をひらひらと振って早く帰ってこいよな、とだけ言った。

 リーマスは毎月一度に家に帰る、ということになっている。その理由は入院している親戚のお見舞いだとか、リーマス自身の持病の治療だとかで、正直オレたちにはよく分からないし、・・・というより、リーマスのいうこの理由は、もう嘘だろうと分かってる。明らかにおかしいから。それでもオレたちはリーマスを問い詰めることは出来なかった。

 休日は朝からいなかったり午後からいなかったりするけど、授業のある平日に月一度のその日がかぶると、リーマスは授業の終わったあとに荷物をまとめて寮を出る。そして翌朝帰ってくるのだ。体中に傷をいっぱいつけて、時には包帯を巻いて。


「・・・いってらっしゃい、リーマス」
「・・・うん。いってきます」


 ピーターの言葉にそう返して、リーマスは笑って出かけて行った。


「・・・・・・リーマス、また傷だらけで帰ってくるのかなあ・・・」
「・・・さーな」


 心配そうなピーターの声に、シリウスがふてくされたような声で答える。肩をすくめるジェームズは、ふと何かに気がついたような声を出した。


「そういえば・・・、リーマスと満月見たこと、ないね」
「は?」


 怪訝な声のオレを見て、ジェームズはうなずく。


「ああ、いや。僕ら結構、夜中まで起きてるじゃないか。部屋に戻っても明け方までなにかしてたりすることが多くて、しょっちゅう月とか見てるんだけどさ。満月のとき、いつもリーマスがいないような気がしただけだよ。ま、多分偶然だけどね」
「・・・そういや、そうかもな」


 シリウスが呟く。オレなんか部屋戻ったら、結構すぐに寝てるんだけどな。それで翌日普通に授業出てんだろ?すげーな、こいつら・・・。半ば呆れの視線を向ける。満月ねえ。一回みんなで月見するっていうのもいいかもな。なんて呑気に考える。


?ちょっといいかしら」
「ん、リリー?」
「やあリリーどうしたんだいもしかして僕に会いに来てくれたのかい!!」
「いいから黙っててくれるジェームズ」


 ビシリとそう言ったリリーは目の前まですたすたとやってきてオレを見上げた。その瞬間、ずっと堪えていたようで、リリーの顔が泣きそうに歪む。


「え、リリー!?どうした!?」
「・・・ッ、、私、どうし、よう・・・」
「リリー!?一体どうしたんだいなにがあったんだっ・・・げふっ!!
ややこしくなるからお前は黙ってろや!!


 途端に騒ぎ出したジェームズに蹴りをぶちかまして、オレはリリーを談話室のソファに座らせる。無様に転がるジェームズの処理をシリウスに任せて、リリーの前にしゃがむ。


・・・、あの、ね」
「うん?」


 落ち着くのを待ってから、オレはリリーの目を見た。緑色のキレイな目。彼女が口を開いたときには、大分しっかりした声になっていた。そのことに安心しながら、オレはリリーの言葉を待つ。


「チェルカ・ルッテンブルグ、わかるでしょ?」
「?うん。仲良かったよな、リリー」
「ええ。あの子ね、1羽、小鳥をもってるの。知ってる?」
「小鳥?・・・フクロウじゃなくて、か?」
「やっぱり知らないのね。フクロウじゃないのよ。といってもホグワーツは猫とカエルとフクロウ以外は許可してないでしょ、ペット。だから本物の鳥じゃなくて魔法の鳥なの」
「・・・うん、なんとなくわかった」


 要はおもちゃみたいなものだろう。そういう表現はよくないかもしれないけど、それ以外にどう表現したらいいかわからないのだから仕方ない。なんとなくその先が予想できたけれど、オレは黙ったまま先を促した。


「・・・それでね、私、今日チェルカに見せてもらったの。その小鳥」
「うん」
「呪文学の授業のときに見せてもらったんだけど、あのとき、私の使った呪文でその鳥が入ってた籠を壊しちゃったの。それで・・・その鳥、逃げちゃって・・・」
「・・・あー」
「魔法の鳥でしょう、一定時間以上籠の外にいると死んでしまうの。明日の朝までには見つけないと行けなくて、私、必死で探したんだけれど・・・みつから、なくって・・・、」
「そっか」


 小さく相槌を打ちながらオレは頷く。しっかりもので責任感が強くて、気も強いリリーだから、きっとそのあと校内中を探し回っていたのだろう。そんなことが容易に想像できて、オレはリリーの手を握った。緑色の目がオレを見る。


「お願い、。探すの手伝ってくれる?私とチェルカだけじゃ全然、見つからなくて・・・」
「もちろん」
「オレたちもな」


 そう言ってにっと笑ったのはシリウスだ。その後ろでジェームズがじたばたと口パクしている。どうやらあまりにうるさかったせいでシリウスに呪いをかけられたらしく声が出ていない。今のままでも十分うるさいんだけどな!存在がうるさいよな!!


「あ、あの、あと、どこ探してないの?」
「あとは・・・そうね、校庭くらいなんだけれど・・・ひとつのところでジッとしているわけがないし・・・」


 ピーターの問いにゆっくりとリリーは答える。そうだなぁ、とオレは考えながらリリーを見た。


「特徴は?」
「オレンジ色の、手のひらくらいの小さな鳥よ。飛んだ後にきらきらとした光が残ってるわ。その痕を追いかければいいんだけれど、数分で消えちゃうの」
「呼び寄せ呪文は?」
「・・・だめみたいなの」


 落ち込むリリーの手を握る手に少し力を込める。それに気づいた彼女はオレを見上げた。心配するなよ、とオレたちは笑った。

 現在時刻は午後6時。そろそろ月が出る時間だ。


 さて、行方不明の小鳥探しに、出かけようか。













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090809