「うー・・・リリー、あと5分ー」
「あほか」


 べしん!と思い切りひっぱたかれ、オレは慌ててベッドから跳ね起きた。


「なぁにがリリーだ。いい加減起きろ、この寝坊スケ」
「・・・・・・アオト兄?・・・あ。」


 そっか。今、夏休みだっけ。





25.





 夏休みに入って3日が過ぎる。あいつらが来るまではまだあと4日もあって、それまでオレは家で手伝いの大忙しだ。なんせ、4人が泊まりにくるのと引き換えに、オレは家での労働を余儀なくさせられていた。くっそー。


ー、皿洗い頼むわよー」
「留守番よろしくな」
「コレ屋根裏に置いてこい」
「庭の掃除しておいてくれるかしら」


 魔法つかえばすぐに終わるじゃん!みたいな仕事を延々やらされる。わかってたけどな!


「あ、?今日アリア来るから」
「アリアさん来るの!?」


 我知らず声が跳ねた。アオト兄のあっさりとした肯定に、オレはますます嬉しくなって小さくガッツポーズ。やった!オレはクリスマスにも帰らなかったから、あの人に会えるのは実に1年ぶりじゃないかな。

 去年の夏はみんなで海に行ったんだったっけ。ホグワーツに入学する前に、みんなでどっかに行きたいってオレが駄々をこねたのが確か原因。でも結局、一番楽しんでたのは父さんだったような。


「アリアさん、変わってない?」
「どうだか。相変わらずしょっちゅうコケるけどな」


 で、お前は気を利かせるとかそういうのはないのか?と聞くアオト兄に笑顔を返す。クリスマスは気を利かせてあげたじゃん。そういえば、とアオト兄も口の端に笑みを浮かべる。


「お前にしては珍しかったな」
「どーせ珍しいことしたよ。オレだってアリアさん、会いたいんだから今日くらいいいだろ!」
「はいはい」


 軽く手を振るアオト兄に舌を出して、オレは庭掃除に戻った。オレの家は、母さんが日本出身、父さんがイギリス出身だということもあり、家はわけのわからない和洋折衷になっている。畳の部屋もいくつかあるし、こたつもあるし、ソファもあるし、ダイニングもあるし暖炉もある。お風呂はヒノキだけど。庭も、芝生もあれば石灯籠もあるし、鯉のいる池もある。もう正直わけわからない。統一すればいいのに!ただこれだけはいえる。オレのうちは、デカい。

 そうこうしているうちに、玄関のほうで誰かが「姿現し」する気配があった。アオト兄がリビングから出てくる。オレはそのまま庭掃除を続けた。さすがに邪魔するほど空気が読めないわけじゃない。


「――――」
「――――」


 何事か話していたらしい気配が、トントンと廊下にあがったのが伝わってくる。だんだん近づいてくる足音。オレは気づかないふりをする。そして声がかけられた。


「久し振り、
「―――アリアさん!」


 セピア色の、背の中ほどまである長い髪は、先がちょっとだけくるん、とカールしていて、まつ毛の長いオリーブ色の丸くて大きな眼は幸せそうな色で染まっていて。7つも年上なのにオレとそんなに変わらない身長も相変わらず。細くて小柄で華奢で、まるで人形のような。


「アリアさん、全然変わってないね!」
のほうこそ!あ、ほっぺに土、ついてるよ?」


 そう言って縁側から身を乗り出して、オレに手を伸ばすアリアさん。やばい、と思った時にはもう遅かった。ずる、と足を滑らせて、彼女はきゃあ、と悲鳴を上げる。色の薄いワンピースがひらり、と翻った。けどオレは助けない。なぜなら、


「このバカ!」


 ・・・・・・アリアさんにはちゃんと、助けてくれる存在がいるからだ。


「えへへ、・・・ごめんね?ありがと」
「お前はな、もうちょっと周りに気を配れっていつも言ってるだろ!」
「うんー」


 のんびりと笑うアリアさんは、アオト兄の伸ばした手の中にすっぽりと納まっていた。怒られながらもどこか嬉しそうなその姿に、怒っていたはずのアオト兄も思わず笑い出す。あーあー、幸せだねえ。確実にオレ、邪魔ものだ。ものすごくいたたまれない気分になってくる。


「オレ、ここで庭掃除だから。いいよ、アオト兄と部屋にいなよ」
「え、私手伝うよ?」
「いいよアリア。のこれは交換条件だから」


 首を振るアオト兄の言葉に首をかしげるアリアさん。それに答えようとオレは頬の泥を拭って口を開いた。


「3日後から、オレのホグワーツの友達が3人、泊まりに来るんだ。そのかわり家中の掃除とかをやらされてるってわけ」
「あ、そうなの。でもいいね、楽しそう。ねぇアオト、懐かしいね。ホグワーツだって。そっか、もうも2年生になるんだね」
「そうだな。卒業して2年めか。早いな」


 思い出語りが始まりそうだったので、オレは泥だらけの手を拭いてアオト兄とアリアさんの背を押した。ここでラブラブオーラを出しながら語りださないでほしい。オレがいたたまれないから。


「じゃあ、頑張れよー」
「頑張ってね、


 階段の上に消えた二人の声援を浴びて、オレは一息ついてもう一度広大な庭に向き合った。それにしてもなんでこんなにオレんちの庭は広いんだ。


「あと3日!」


 がんばるぞー!

 一人で宣言し、オレは軍手をはめなおした。1日が長いよ!ホグワーツにいたころは思いもしなかったこと。いつのまにか、あんなにあそこが大切な場所だったんだなぁ。そう思って、空を見上げた。




















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090329