―――


「んー・・・」


―――ったら


「んーあーうるせー・・・うおぉああぁぁっ!!??」
「だから起きてって言ったのよー!!」


 勢いよくベッドから転がり落ちてオレは朝っぱらから悲鳴を上げた。




21.




「痛いよリリー・・・」
「私は起こしたもの!!けど、ものすごい勢いで落ちたわね・・・大丈夫?」


 ずきずきと痛むおでこを押さえて、オレはリリーに不満を言う。呆れつつも心配してくれる彼女はそっとオレの額を覗き込んだ。うん、相変わらず可愛いな。


「でもオレ、ベッドから落ちるなんてそうそうないのに・・・」
「原因?私分かるわよ。気づいたから起こしたんだもの」
「へ?」


 分かってないのね、とため息をつくリリーの指さしたオレの背後。振り向いてそこにあったのは、


「――――――あっ!?そっか、今日って―――」
「そうよ、。ハッピーメリークリスマス」


 オレのベッドの上に山と積まれたプレゼント。なるほど、コレか。プレゼントが届いて・・・それにオレが押し出された、ってか。潰されなかったのは生きるための本能か?なにはともあれ、埋もれなくてよかった。そうしてオレは、改めてリリーを見た。


「メリークリスマス、リリー」


 目の前でふんわりと笑う彼女は、やっぱりジェームズには勿体ないとオレは強く思うのだった。かさかさと封を開けながら、リリーは一つ一つ大切そうに床に並べていく。慌ててオレも、毛布を放り投げて自分のプレゼントに取りかかった。


「これは父さんと母さんからだわ。わぁ、欲しかったの、この靴!」
「あ、オレも父さん母さんからだ。・・・おおぅ


 可愛い華奢な靴を手にはしゃいだ声をあげるリリー。それと対照的にオレは複雑な笑みを浮かべた。嬉しい。確かに嬉しいけど。嬉しいけどさ・・・クリスマスプレゼントにコレって・・・どうなんだろう。


「?、なんだったの、
・・・イカの燻製って知ってる、リリー?」
「・・・わかん・・・ないわ・・・」
「日本のね・・・おつまみなんだけどね。あ、うん、オレ好きなんだコレ!!大好きなんだ!けどさークリスマスにこれはねぇだろー」


 父さん母さんーウケ狙いなのかなんなのか意味わかんねえよー。


 悲痛な声をあげるオレを見て、リリーはオレの両親からの包みを覗く。そしてそこからさらに小さな包みを取り出した。


「待って、ちゃんとプレゼント入ってるわよ。コレ」
「・・・あ、ほんとだ」


 その小さな包みから転がり落ちてきた、華奢なロケット。白銀――プラチナか――の鎖に同じ素材の小さな球、そこに嵌められた綺麗な色の宝石。光の角度で幾重にも色を変える。一言で、綺麗だ。


「綺麗ね・・・ねぇ、開けてみない?」
「ん」


 リリーの急かす声に、オレはそっとそのロケットを開けた。瞬間、その中から魔法で拡大された声が響いた。少し懐かしい声。リリーは不思議そうに首をかしげる。


『元気かバカ娘。あれからバカなことやってないだろうな』
「バカなことって・・・ああ、、教科書全部忘れたのよね」
「リリーそれは忘れて下さい」


 父さんの声に素で呟くリリーにオレは本気で頼んだ。アレは忘れてほしい過去だ。そうこうしながら、音声はどんどん続いていく。


『これはね、に伝わる大事なロケットなのよ』
『代々伝わる・・・ってヤツだな。お前もホグワーツに入学したことだし、これを持っていてもいい時期だろうからな』
『本来ならあなたが持つべきものだからね』


 かわるがわるの両親の言葉に、オレはただ唖然と頷く。


『一度聴いたらこの音声は消えるぞ』
『分かるでしょう?≪しるし≫だからね。肌身離さず持ってなさい』
『それだけだ。じゃあな、メリークリスマス』


 随分あっさりとした最後の挨拶とともに、声はなくなって途端に室内が静かになった。オレは両親の言葉を頭の中で反響させる。それから、そうっとそのロケットを首に下げた。


「あら、似合うわよ!」
「―――聞かないのか、リリー」
「え?」


 聞き返すリリーに、オレは少しだけためらう。


「・・・≪しるし≫のこととか。聞かないのか」
「・・・・・・そうね」


 ちょっとだけ考えるような仕草をして、すぐにリリーは花開くような笑みをその唇に乗せた。女の子らしいその動きに目を奪われる。


「気になるのは本当よ。でも、それを聞かないって信用されたからこそ、のご両親はそのメッセージを送ったんじゃないの?例えば私が今のことを、全部聞き出そうとするような人間だったら寮に送ってこないわよ。大事なことなんでしょ?」
「リリー・・・」


 胸を張ってそう言ったリリーに、思わず胸が熱くなる。そうだよ、オレは知ってたし、手紙にいつも書いてるから、父さんと母さんも、きっとそう思ってくれたんだろう。信用してる親友が、親にも認められたことがなんだか嬉しくて、オレはリリーを抱きしめた。


「きゃ!ちょっと、苦しいわよ!」
「へへへ。リリー!大好きだー!!」
「あら、私も大好きよ、!!」


 少しの間笑いあって離れる。それからオレはもう一度、あのイカの燻製に手を伸ばした。ということは、コレはもしかしてアオト兄からのプレゼント?何か裏があるような気がして恐る恐る封を切った。その瞬間、もう一度音声が流れる。


『我が愛する間抜けな妹よ!元気か?察しの通り、このイカはオレからのプレゼントだ。もちろんこのイカはただのイカじゃない。実は―――』


 アオト兄のその声に、オレとリリーは揃って唖然とすることになった。





***





「メリークリスマス!メリークリスマス僕の愛しのリリー!!!」
「近寄らないでこの変態っ!」


 相変わらず繰り広げられるリリーとジェームズの攻防。ジェームズも懲りないな・・・。それでも、ジェームズからのリリーへのプレゼント、ガラスのバラのネックレス。あれはリリーも気に入ったらしい。結構嬉しそうに首にかけていた。もちろんそれに目ざとく気づくのがジェームズだ。


「早速つけてくれたんだねリリー!!似合うよ!」
「・・・物には罪はないもの」


 うきうきと嬉しそうなジェームズ。リリーはうっとおしそうに手で払うけれど、案の定あいつはしつこい。そこから少し離れたところで眠そうにソファに沈むシリウスを発見して、オレはせっせと近づいた。


「メリークリスマス」
「おう、メリークリスマス」


 すとんと横に座ると、シリウスがとにかく眠そうなことが改めて分かった。クリスマスに何やってたんだか。オレはそれをちらと見ながら、今朝から気になってたことを聞いた。


「なぁシリウス」
「んー・・・」
「ジェームズのあのリリーへのプレゼントさ。シリウスのチョイスだろ」
「――――イヤベツニ」
「片言かよ」


 ものすごくわかりやすいその反応に、微妙に脱力してオレは同情の眼差しを送った。うん、疲れてるのもそのせいか。部屋から降りてきたリーマスとピーターに手を振って、オレはもう一度うるさい二人に目をやった。


「君の方が綺麗だよそのペンダントよりなによりも!!」
「うるさいわよも―――!!」


 ・・・ジェームズ、お前はシリウスにもうちょっと感謝するべきだ。


「そんなシリウスにFOR YOU!イカだよ」
「はぁ―――?イカ・・・?うげっ」


 問答無用でイカの足を彼の口にツッコむ。次の瞬間、シリウスの顔色がさっと変わった。後から加わってきたリーマスはオレに対して「またなんかやったの?」と笑って、ピーターは不思議そうな顔でシリウスを見る。そして、


―――!お前コレ――
「わ!?シリウス何その声!?」
「あはははははははははははははー!!!」


 甲高い女性の声で叫んだシリウスに、ピーターが驚いて大声を出す。リーマスはもう慣れたとでも言うように表情をちらりとも変えず、談話室にいる驚く生徒たちににっこりと笑顔を振りまいた。そんで爆笑してるのは、オレだ。


てめぇ!!元に戻せ――!!
いひゃあはははははははははははは―――!!


 ヒステリックな母親のようなその声は、どうしようもなく室内の笑いを誘う。ひとしきり笑った後で、オレはシリウスにイカの目ごと胴体をを食わせた。警戒するシリウスに、オレは笑いながらこう返す。


「足は声帯変化の呪いがかかってて、胴体はそれの解除用の魔法が掛けられてる。ばいアオト・


 アオト兄の名前に一層疑いの色を濃くして、それでも食べたシリウスは、今度は太いおっさんの声になって再び室内の笑いを誘ったのだった。



















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090324