「バカだよ。なんで、そんなに悩んでたんだい」
「・・・・・・ジェ、・・・ムズ・・・」
「ブラックの名で、僕らが怖気ずくとでも思ってたの?」
「・・・・・・・・・リーマス・・・」
「ぼ、僕っ、シリウスが、もう、帰って、こないかと、思ってっ」
「・・・・・・ピーター・・・・・・」


 木の下にたつその姿に、シリウスはただ呆然とする。


「わかったろ?―――オレらは、お前をずっと待ってたんだぞ」





19.





「ああもう、大丈夫だよピーター。泣かないで」
「うええええん」


 泣きだすピーターをリーマスが慰める。そしてジェームズが、静かな目で、けど怒っている目でシリウスを見上げた。


「全く、大したバカだよ、君は!一体何がしたかったんだい?」
「・・・・・・」


 気圧されて何も言えないシリウスは、見上げてくるジェームズの視線をただ受け止める。その灰色の目を見ながら、隣に立つオレはすとん、と枝に腰をおろした。


「君は僕が『ポッター』だから、友達になったのか?違うだろ。僕は君が『ブラック』だから友達になったんじゃない、『シリウス』だからじゃないか」


 そう。
 オレたちが、大切だと思うのは。


「確かに君が何をしようと、君は『シリウス・ブラック』だ。その事実は変わらない。けど、僕らが本当に大切だと、友達だと思うのも『シリウス・ブラック』なんだ」


 シリウスの灰色の瞳が揺れる。


「僕は僕、君は君だろう?何を悩む必要がある?」
「―――・・・それにね、シリウス」


 ぽんぽん、とピーターの頭を叩いて、リーマスは鳶色の髪を揺らして、優しい目で上を向く。


「もし僕らが、君が『ブラック』だってことを気にしていたのなら、今僕らはここに、君の前にいないよ」
「・・・・・・!」
「ね、ピーター」


 こくこくと必死でうなずくピーターは、うつむいてしゃくりあげる。それに一度目を落としてから、今度は少し怒りの入り混じったような視線が上を向く。


「それともシリウス。君は僕たちを信じてくれてなかったの?」
「そんな、こと・・・・・・!!」


 そう言ってからシリウスはハッとした。シリウスの考えていたことは、オレたちがシリウスのことを「信じている」ことを「信じていない」ということと同じだ。ようやくそのことに気づいたのか、シリウスはバツの悪そうな顔をして眉を寄せる。

オレはもう一度木の上に立ち上がると、力いっぱいその背を殴った。さすがに予想外だったらしく無様な悲鳴が上がる。


「な、わかったろ、シリウス!オレだってさ、―――ちょっと違うけど、父さんや母さんや、アオト兄のおかげで、『』だって騒がれる。けど、お前はそんなこと、何も気にしなかったじゃねえか」




 オレだって考えたことがある。必要とされているのは、「」なのか「」なのか。わからなくなったことがある。シリウスは、それ以上に「家」の重さを感じていただろうし、決定的に違うのは、シリウスはその「家」を疎んじている、ということだ。だからこそオレなんかの悩みとは全然痛みも重さも何もかも違うだろうけれど、それでもこれだけは、言える。

 「」でも、
 「≪mover(移動者)≫の継承者」でも、
 「ウォルスと千鳥の娘」でも、
 「アオトの妹」でも、
 そんなものじゃない、オレ自身を知って、オレ自身を友達だと思ってくれるヤツらがいる。だからオレはオレでいられる。そう、「ただのオレ」を。




 ―――きっと、シリウスも一緒で。




「オレらは、他の誰でもない。お前が一緒にいれば、それでいいと思ってる」




 名前なんていらない。シリウスだけで、いい。




「大丈夫。本当にお前を信じてるから」




 だから、お前もオレらを信じてよ。




 叩いた背中が小さく震えた。細い声がそこから漏れる。


「・・・はッ・・・い、ってー・・・この、馬鹿力」
「なッ!!うるせぇよこんくらいで弱音吐いてんじゃねー!!」
「痛ぇよ・・・お前実はやっぱり男だろ、スカートはいてんじゃねーよ」
「・・・・・・貴様」


 次の瞬間、オレはなんの躊躇いもなくシリウスを思い切り突き飛ばした。変な声とともに彼は枝から落下する。もちろんその下にいるのは、言うまでもなく。


「わ――――――――!!!」
「ぎゃああああああっっ!!??」
「うわ、わ、ちょっと!?ちょ、―――――ッッ!!」
「ふぇええええええっっ!!??」


 どさどさばきばきどかどごどすん。


「いった!痛いなもう!!シリウス早くどきなよ!!」
「うるっせーどけたら苦労しねぇんだよ!!」
「痛い痛い痛いって!ちょっと!!―――って、わ!ピーター!!しっかり!」
「・・・きゅー・・・」




「あ。大参事。」
「「「―――――!!!!」」」


 ちなみにピーターは気絶しちゃったようです。
 悪びれなく舌を見せると、実は楽しそうなジェームズの笑い声と、諦め混じりのリーマスの笑みと、こらえきれずにシリウスが噴き出す音が返ってきた。―――うん、なんか。ようやくいつも通りだ。


「シリウスが悪いんだかんね。じゃ、いくよー」
「・・・って、まさか・・・」


 ジェームズが瞬間的に青くなる。けどオレは、彼らが動く暇すら与えずに、枝を思い切り蹴っていた。


 数秒後、また大きな悲鳴が上がるのは、言うまでもなかった。





















 ←BACK**NEXT→







090321