シリウスが帰ってこない。


「あのバカ・・・!どこ行ったんだよ!」
「まさか禁じられた森になんか行ってないだろうね?」
「・・・・・・」


 途端に蒼くなったピーターに、ジェームズが慌てて首を振る。


「冗談だよ、冗談!」




 18.




「へ―――――――。そんなことがあったんだ。へええええええええ」
「り・・・リーマス?あのー・・・」
。ありがとう。よくわかったよ。あいつが僕らをどう思ってるかをね」
「あ、うん・・・」


 ごごごごごご、と効果音でもなりそうな表情で、にっこりとこれ以上ないほどの笑顔を浮かべたリーマスに、オレは曖昧な返事を返した。気のせいか彼の背景におどろおどろしい墓が見える気がする。シリウス逃げて。


「信じてくれる者なんか誰もいない、か・・・へえ――――」
「あっ、で、でも、それ、スリザリンの先輩が!」
「言ったんでしょ?分かってるよ。でも逃げたんでしょ?じゃあ図星だったんだよ」
「そうだねリーマス。その通りだよ。一体シリウスくんは僕たちのことをなんだと思ってるんだろうねはっはっはっは」


 にこやかに笑い合うジェームズとリーマス。二人とも目が笑っていない。かなり怖い。がたがたと震えるピーターをつれて二人からちょっと離れた。近づかないのが賢明だ。怖い。

 オレだってシリウスを怒りたい。頭に来てる。いろいろとムカついてる。でもそれ以上に彼にはとりあえず警告したい。逃げろ。なんでもいいから。


「ほんとに、どこ行っちゃったんだろ・・・」


 夜が明けてリーマスが帰ってきて、事の次第を説明してオレたちはシリウスを探した。ちょうど日曜日、休みだったのも幸いだった。例のレポートはとりあえずシリウスの分をオレとジェームズとピーターが夜のうちに作り上げて、まとめて提出しておいた。全く、感謝してほしい。

 それでもシリウスは戻ってこない。校内は一通り探したし、アオト兄から教えられた隠し部屋も全部見た。森にだって、奥には入ってないけど行って見た。ほんとに、どこにいるんだよ、あいつ。


「全く、ほんとにしょうがないね―――」


 ジェームズが苦笑した。窓に映った空がどこまでも青い。そういえば、という風にリーマスがオレの方を向く。


の目は夏の空色だよね」
「へ?」


 なんの脈絡もないその言葉にオレの目が点になる。


「ずっと思ってたんだ。春の優しい空でも、冬の澄んだ空でも、秋の静かな空でもなくって」
「お前ある意味失礼だろ。それはアレか。オレは優しくも純粋でももの静かでもないっつーことだろ」
「うんそう」
「・・・・・・」


 そんなにストレートに言われると傷つくぞ!けどリーマスの笑みには邪気がない。なんなんだろうと思って、その言葉の続きを待つ。


「夏の輝く空だよね」
「輝く・・・?」
「うん。太陽の光をこれ以上ないってほどめいっぱい含んだ夏の空。明るくて鮮やかで元気な空。髪の色がきらきらしてるから、余計かもね」
「・・・夏の空、か・・・」


 きらきら輝く太陽の光。鮮やかに真っ青な夏の空。自分のことをそんな風に表現されたことはなかったから、なんだか無性に嬉しかった。けど同時に恥ずかしくもあって、熱くなってくる頬を隠して慌てる。


「そ、それが今なんか関係あんの!?」
「え?ない
「・・・そーですか・・・」


 思わず脱力したオレには、ジェームズとピーターのひそひそ話を耳にすることは出来なかった。




「・・・リーマスって、天然タラシだと思わないかい?」
「・・・あ、うん。やっぱり?ずっとそう思ってた」
「コレは3ヶ月後が楽しみだね」
「え、えと、3ヶ月後?」
「何を言うんだいピーター。バレンタインじゃないか」
「あ。そっか」




***




「―――――いた」


 おかしいな。さっきもここ探したと思うんだけど?そう思いながら、オレは頭上のシリウスを見た。ばーか。

 禁じられた森ではない。湖の端に植わった大きな木の上、枝の上でローブのまま、ぐっすりと眠っている黒髪の少年の姿。何やってるんだか。先ほどここを探した時には起きてて、見つからないよう隠れてたのか。ため息をつく。木の上で寝るとか、落ちたらどうすんだ。


「しょーがねーなぁ」


 木登りすると木が揺れる。→シリウスが落ちる。
 箒をもってくる。→めんどくさい、目を覚ましたらまた隠れかねない。
 呼び出し呪文を使って箒を呼び出す。→・・・こんな遠くからやったことない。
 この際だからシリウスを落とす。→キャッチとかできる自信はない。つか無理。

 地面を柔らかくする魔法とか、そんな器用なもの知らないしなぁ。オレは手持無沙汰に杖を振り回す。杖の意味、ねぇ。じゃあどうする? ・・・オレには便利な能力があるじゃないか。


「・・・誰もいないよな」


 よし。


 音もなく一瞬でオレは、眠るシリウスの隣の枝に出現した。瞬間的にバランスをとれずによろめくけど、なんとか持ち直す。そんでもって、オレは力いっぱいその整った顔を―――杖で殴り飛ばした。


 どごっ。


「―――ぎゃ!!?いッ、だぁっ!?」
「お早うございます」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 慌てて飛び上がって頭を押さえて悲鳴をあげて、そしてオレと視線が合う。寝ぼけているのかしばらくぼーっとした顔で呆然として、状況を把握した瞬間シリウスは顔を曇らせる。


「・・・・・・なにしてんだよ」
「それはオレのセリフだバカ。お前が何してんの?丸一日姿見せなかったクセして」
「・・・」


 ふさぎこむその姿に腹がたつ。その瞬間、オレのなかで何かが弾けた。


「―――お前な!オレたちがどんだけ心配したのか分かってんのか!!勝手に逃げやがって意味わかんねえよふざけんな!!」


 苦笑したジェームズの、隠しきれない寂しそうな目。いつもと同じように笑っていながら、どこか切ないリーマスの笑顔。疑問と不安で泣き出しそうで、それでも必死でシリウスを探すピーター。みんな、シリウスを思ってる。―――オレだって。


「なんでそれが分からない?―――友達だと思ってるのは、オレたちだけだったのかよ?」
「そんなことッ、ねぇよ!!」
「じゃあなんで何も話してくれねえんだよ!!」


 オレの怒声に驚いて、鳥が何羽か飛び立った。その衝撃でぱらぱらと小枝や木の葉が落ちてくる。黙ったシリウスの目に焔がともる。ぎん、と睨んだその灰色の目に、オレの姿が映る。


「話したってどうしようもねえじゃねえか!!どうあがいたってオレはシリウス・ブラックだ!どんなにあの家を疎んじようと嫌がろうと憎もうと、オレは紛れもないブラックの血を継いでるんだ!!」


 握りしめたその拳が震える。


「グリフィンドールに選ばれながら、その寮の人間に陰口をたたかれたり恨まれたり疑われたり、かと思えばスリザリンの奴らはオレを異端扱いして罵る、―――ふざけんな!!オレだって好きであそこに生まれたわけじゃねえ!!オレは―――」




「バカだよ。シリウス」




 静かな声が、下から響いた。




















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090320