「ブラック家のことくらい、知ってたよ」 「・・・」 「けど・・・そんなのどうだっていいのに。あいつはあいつじゃんか・・・!」 「そうだね。そうだよね。シリウスはシリウスなんだよね・・・」 「し、シリウスは、だって、グリフィンドールに、選ばれた、のに・・・っ」 「だからピーター、泣かないでって。問題はそうじゃない。僕だってあいつはあいつだと思ってる。家なんか関係ない。ただ、あいつを縛り付けてるのは『ブラック』っていう、その、名だ」 家なんか関係ない。 そんなものどうでもいい。 オレたちは、ただ、「シリウス」にいてほしいだけなのに。 17. 「あれだけの名門に生まれておきながら何が不満だ?最高の環境じゃないか!」 「うるせぇ!黙れ!!」 「純血の名を汚しながらよくもそうのうのうと生きていけるな!」 「黙れよ!純血だと!?そんなものどうでもいい!!」 「はッ、ブラック家の御子息殿が恵まれていることにすら気づかないガキだとはな!オレたちは3年だぞ?もう少し礼儀をわきまえたらどうだ」 「何が恵まれてるだと!?ふざけんじゃねぇ・・・っ!!」 「シリウスってば!やめろ!!」 必死で彼の腕にすがりつく。けれどシリウスの腕が、足が、暴言を吐き続ける上級生を傷つけるために、もがく。シリウスは歳の割に背が高い。細身なのに力もある。・・・オレじゃ。無理、だよ。 「あのブラック家に生まれたくせに、グリフィンドールなんかに入りやがって!!くずが!恥を知れってんだよ!!」 「ッ・・・てめぇ!もう一回言ってみろ!!」 「シリウス!ちょっと、やめろってば・・・シリウス!?」 オレの腕の中から飛び出して、シリウスは思い切り殴りかかる。周囲から悲鳴が上がる。鈍い音。殴られた上級生は口の端から赤い線が一筋引く。反撃とばかりに、年上の、リーチも力もシリウスを上回る腕が、彼の頬を殴った。吹っ飛ばされるようにして地に背中を打ちつけたシリウスに、もう一人の上級生がすかさず杖を取り出した。さすがにオレは自分の顔が青ざめるのを自覚する。 「く、っそぉ・・・っ!バカシリ!」 「!? お前は関係ないだろ!?」 「うるせーよ見過ごせるわけねぇだろ!!」 いまだに起き上がれないシリウスの前に立ちふさがって杖を構える。相手は3年生、知識量も力も勝てるわけがない。魔法じゃなおさらだ。殴り合いならまだ可能性はあったのに。けれどこの距離じゃ間合いを詰めるまでに呪いをかけられてしまう。 「バカどけよ!!」 「どかねーよバカ!!」 「どっちもバカだな!Rictusem―――」 「一体これは何事ですか!!!」 「マクゴナガル先生――――」 「あ、これは―――その」 肩を怒らせてずんずんと迫る先生に、瞬間的にスリザリンの上級生が身をひるがえした。しかし先生の杖の一振りで、二人はもんどりうって倒れる。シリウスはうつむいて悔しそうにしているけれど、正直オレはほっとした。 先生の怒鳴り声。スリザリンから15点、グリフィンドールから15点減点される。けれどそんなのどうでもいい。早くここからシリウスを遠ざけたくて、オレはとにかく先生に頭を下げて、シリウスの腕を引っ張る。けど、 「お前がグリフィンドールにいたって、誰がお前を信じるものか」 「ッ!」 「――――な、にを・・・!?」 そのスリザリンの上級生の一人が、憎々しげな光をその目にたたえて、シリウスを睨んで吐き捨てた。途端にシリウスの肩が跳ねる。 「ブラック家のものが!グリフィンドールにいたって!馴染めるはずがないだろ!!誰もお前なんか信じやしねえよ!!」 「・・・」 「――――てめぇ!!」 何かがはじけた音がした。頭の中が真っ白になる。数秒後、床に取り押さえられた音と痛みでようやくオレは何が起きたかを理解する。・・・そうか、今キレたのは、オレだったんだ。オレに殴られたらしい彼は鼻から無様に血を流していた。マクゴナガル先生が怒ってる。けど、視界にシリウスがいないのを感じて、オレは取り押さえられたまま首を動かした。 「シリウス・・・?」 「・・・・・・ッ、」 「シリウス!?!?何してるんだい君らは!!」 立ち尽くすその姿を視界にやっととらえて、オレはそっと彼を呼んだ。ピーターに引っ張られてジェームズが駆けてくる。その声を耳にした瞬間、シリウスは弾かれたように走りだした。取り押さえられているオレはもちろん、慌てて追いかけたジェームズもピーターも、結局シリウスを捕まえることができずに、肩を落としながら戻ってきた。 「一体何があったんだい?こっちは愉快なことになってたっていうのに、ピーターが嵐のように吹っ飛んでくるから」 「ぼ、僕は、シリウスとがスリザリン生と大ゲンカしてるって聞いて!!それで、僕・・・!!」 「ありがとピーター。うん、・・・ごめん。話すよ」 床から解放されて先生からもこっぴどく叱られたあと、オレは険しい顔のジェームズと、やっぱり泣きそうな顔のピーターに事の経緯を話す。唇を噛む。今はここにいないリーマスが帰ってきたら、どう思うのだろう。それを思うと胸が痛い。 「ごめん。・・・止められなくて、ごめん」 「が謝ることじゃないよ!」 慌てたピーターの言葉に首を振る。 ごめん。ごめんなさい。 ずっと苦しんでたんだろ。 気づいてやれなくて、ごめん。 ――――シリウス。 *** 「くっそ・・・!」 やつあたりで殴った壁が、どん、と鈍い音を立てる。驚いて飛び上がった、すぐ近くにかかった絵画の中の貴婦人がぶつぶつと文句を言いながら離れていく。 一人になって頭が冷やされていく。ジェームズたちが駆けてくるのに気づいて、体が勝手に動いて逃げ出してしまった。別に逃げる理由なんてないのに。シリウスは自嘲気味の笑みを浮かべた。 ―――誰もお前なんか そんなこと一番自分が知っている。グリフィンドールに選ばれて、その事実を心底疑ったのは自分自身だ。いくら家を嫌っていても、どれだけ「純血主義」を厭おうとも、所詮スリザリンの家系はスリザリンになる。そう思っていた。出立のときだって家族にそう言われていた。 けど。組み分け帽子は、シリウスをグリフィンドールに選んだ。 「・・・オレは、本当にここにいていいんだよな・・・?」 シリウスの家のことを知っているだろう、なのに全く気にしないでいてくれるジェームズ、リーマス、ピーター、そして。それでも、ブラックの名を見て、やはり嫌悪の色を見せる者もいた。仕方ないと思う。あんな家だ。あんな家を知っている者なら、誰だって嫌悪したくなるだろう。自分だって大嫌いだ。 「なんで」 なんであんな家に生まれたんだ。 どうしてこんな目にあわなきゃならないんだ。 「大っ嫌いだ」 家も。 純血主義も。 スリザリンも。 ―――そんなところで育った自分自身も。 「大っ嫌いだ・・・・・・!」 スリザリンの家系出身者を信じてくれる者がいるはずがない。 そんなこと、自分が一番分かっている。 ←BACK**NEXT→ 090317 |