「え、日本にいるの?」


 親友からの手紙を見ながら、思わず私はそう呟いていた。




 140.





「リリー!こっちだよ」
「相変わらずうるさいくらい元気ね。少しは風邪でも引いたらどう?」
「相変わらずつれないなぁ」


 にこやかに笑うジェームズがとっても胡散臭い。テラスの一席に座ってレモネードを注文する。先に座っていた彼は既にアイスコーヒーを注文済みで、爽やかな夏の光にあいまってとても似合っている。そう、黙っていればこの男は絵になるのだ。
 いつも一緒にいる相棒の彼が隣にいれば、余計に目立って嫌と言うほど人目を引いてしまう。今日はいないようだけれど。


「そうそう、今朝、から手紙が届いたの」
から?」


 届いたレモネードを口に含んでそう告げた。片眉を上げた彼に頷きながら、鞄の中から一通の封筒を取り出す。綺麗なピンク色の封筒からはほのかに花の香。情緒溢れるそれに、ジェームズが目を丸くした。


「これが?から?随分女の子らしいね」
「あら、は割と女の子っぽいところあるのよ?可愛いモノ大好きだし」


 本人は似あわない!といって照れて逃げてしまうのだけれど。とは言わずに中から便箋を取り出す。開いたそれに書かれた見慣れた筆跡に、知らず知らず目元が緩む。


「今、日本にいるんですって。アオトさんと二人で」
「ああ、千鳥さんのご実家だっけ?」
「そう。楽しそうにしてるみたい。お祖父さんやお祖母さんと確執があるとかなんとか言ってたから心配だったんだけど。よかった」
「ふうん――――あいつ、シリウスには送ってるのかな。手紙」
「さあ?どうかしら」
「僕のところに届いてないってことは、出してないだろうね。そういうところ大雑把なんだから、仕方ないね」
「何通も出すのも手間だもの。ましてや日本とイギリスじゃあ離れているしね」
「そうだね。――――だからスネるなよ相棒」
「スネてねえ―――――!!!」


 がばりと立ち上がり噛みついたのは、ジェームズの後ろの植込みの向こうに座っていた影。やっぱりか、と呆れた目を二人でそっちに向ける。


が気になるなら自分で手紙でも書けばいいじゃないか、親友。リリーなら知ってるだろうと思ってこっそりついてきたんだろう?」
「ちがっ、たまたま!」
「偶然にしたって出来過ぎているだろう、成長しないのかい君は」
「いやその――――」
「ほんっとうにのことになると馬鹿よね、シリウスって」


 追い打ちをかける私の言葉にシリウスが赤くなる。言い寄る何人もの美女は簡単にあしらえるくせに、あの子のことになるとてんで不器用なのだ、彼は。不器用を通り越してただの馬鹿。やっと進展したと思ったのにまだまだなようだ。


「ていうか君とっていまどういう関係なんだい?告ったの?」
「…………………いや」
「結局二人でばっくれて朝帰りしてきたあのクリスマスはなんだったんだい?教えてくれなかったじゃないか」
「あ、それ私も教えてくれなかったわ」


 何回も何回も問い詰めたら結局真っ赤な顔で逃げてしまって、流石に可哀想になってもう聞かなかったのだけれど。目の前で立つシリウスはそわそわと今にも逃げたそうな素振りで視線を彷徨わせる。


「なんもしてねーよ、本当に。気が付いたら寝すごしただけだって」
「ふ―――――ん?君みたいな手の速いやつが?」
「してねえって!!手ぇ繋いで寝てただけだ!」
「……手を繋いで、ねぇ」


 私の呟きにますます顔を赤くして、シリウスが頭を抱える。


「あーもお、いいだろ別に!」
「うん、別にいいよ。さあリリー、そろそろ移動しようか?」
「そうね」


 飲み終えたレモネードを置いてカタリと立ち上がる。自然に手を引かれエスコートされ、まさかこんな日が来るなんてと笑みを浮かべた。





*





 日々繰り返される修行はごくごく基本的なもの。当面のオレの目標は、夏が終わるまでに小さくても弱くてもいいから結界を張れるようになること、だ。じっちゃんや村さんにかかれば、超強力な結界で異形の者は入るどころか見ることすら叶わない程のものを相当広くに張れるのだけれど、まあそんなことオレに出来るはずもなく。指定した範囲に何かが入ったことを感知することさえできれば上々だ。
 魔法と全く異なる呪術を覚えるのは大変で、見よう見真似で独学で一年間勉強してきたのにそれでもキツい。


「ええか、陰陽術はな。科学なんや。五行の法則と相克性、作用をまず知ることから始まる。さすがは知識だけは身についてるから確認だけで済んで楽やな」


 指導してくれる村さんはそう言ってからからと笑う。占術を得意としていた母さんから知識だけは頭に叩き込まれていた事が功を奏したらしい。改めて術の作用や行使を学ぶとその知識がいかに必要かが身に染みて分かってくる。


「重要なのは“言の葉”や。言葉を使って相手を縛ったり操ったりする―――それが魔法と完全に異なるところやな」
「言葉?」
「ああ。魔法は基本的に杖が必要やろ?あれは魔力による命令の媒介として物体、つまり杖を利用している。もちろん呪文は必要やけどあれはあくまで補佐やな。現に上級の魔法使いや魔女はほぼ無言呪文やし」


 魔力を水に例えるなら、杖は水道。蛇口を回すことによって魔法を放出させるのだと村さんは話す。


「呪術の場合、その媒介が言葉、つまり呪言であることが多い。加えて作用しやすいように印を結ぶこともある。あとは行使する術のデカさによって符や玉串、他の呪具が必要になるんやけどな」
「へー」
「もっとも根本的に異なるのが、呪術の場合、多くは“力を借りる”ことが基本やからなぁ。霊力が強いっていうんはより強い霊や神を召喚することができるっちゅーことなんや。感応度が高い、と言い換えることもできるな」


 なるほどそれならオレが魔法は扱えるのに呪術は扱えないという意味がよく分かる。そもそも分類が大きく異なるのだ。つまり霊力が小さい、ほとんど無いオレは上級の霊とかの力を上手く借りることが出来ない。


「ただ結界くらいなら護法の一種になるから、一番知っておくべきものやろな。弱いものでも応用が利くし、何より便利。闇祓いになるんならかなり使うで」
「そういえば村さんは何の仕事してんの?」
「ん?オレか?」


 目を丸くする村さんを見る。随分と魔法界事情にも詳しくて少し驚いてしまった。日本の魔法界(この場合は、呪術界?)とイギリスの魔法界は政治構造からして異なっているし、これだけ精通していることは凄い。


「これでも次代夕蒔家当主やからなぁ。日本政府の呪術高官に一応ついとって、イギリスの魔法省とは交流があってな。闇祓いの仕事も手伝うことがあるんやで」


 実は、昔、千鳥さんと仕事場で会ったこともあるんや。そう言って彼はにっこりと笑った。思わずびっくりして口をあける。


「母さんに!?」
「かなり前やで?もう10年は経つんかな……ちらっとやったけど、変わってなくて綺麗で、うん、よう覚えとる」


 思わぬ接点に驚く。そうして村さんは快活に笑って、指導を再開した。

















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