「村」
「……分かっとる。長居はアカンで」
「ああ」


 宛がわれたかつて母の部屋だった和室でが寝静まったのを確認し、オレは村のもとを訪れた。初めから承知していたというような表情で、彼はひとつ溜息をつく。
 目的としている場所は強い霊力を持つ夕蒔家の者の先導無しでは入ることは出来ず、また入ることが可能な時期も限られている。そして俺の行為にいつも付き合ってくれるのは、年の近いこの又従兄だった。




 139.




 連れられた先にあるいくつもの扉を潜り抜ける。あらゆる材で作られ、また封印が施されているらしいその部屋は、霊力を持たないものでは空気に耐えることすらできない強い力で満たされているそうだ。それほどに強力な術が行われている証だ。
 オレ自身は、もともと母から強い力を受け継いでいて問題は無い。しかしはそうはいかないだろう。呪術方面に関してはからっきしの妹を思い浮かべる。


「朝日が出るまでの間だけや」
「知ってる」


 毎回のように確認として言われる言葉に曖昧に頷く。村の空色の瞳に心配そうな色が灯っていることに気付いて思わず苦笑が浮かんでしまった。
 そもそもこの男とまともに関わったのはほんの数年前。それまで存在程度しか知らなかったにも関わらず、彼のあけっぴろげな態度と明るさがオレに親近感を抱かせた。ほぼ絶縁状態であった祖父母との仲を取り持ってくれたのも村だ。
 当然、感謝している。どうも照れくさくて、面と向かって言ったことは無いけれど。


「……村、」
「ん?」
を、頼んだ」
「お前」


 目を見開いた村に強く肩を掴まれた。何を考えている、と言いたげな瞳に笑顔を返す。


「心配するな。ひと月の間の話だ。仕事で離れるのは知っているだろ」
「それは、……そうやけど、」
「正直、何があるかわからない。オレの身にだけじゃなく、あいつの身にもだ」


 だから日本に連れて来たのだ。こっちは魔法界の力が強いイギリスにいるよりよほど安全だ。加えて夕蒔家の敷地にいれば強い結界が働いて、異端者は入ることすら出来ないだろう。
 妹馬鹿と言われようが過保護と言われようが構わない。今ではたった一人の妹だ。そして、その移動能力は誰もが涎を垂らして欲しがるほどの強いもの。ヴォルデモートが父を追っていたのを知り、父が先手を打って≪移動者≫の後継者としてのの存在を隠し続けていたのを知った。それほどまでに、あの子の本来の力は強い。


「頼む」
「……わかっとる。とにかく、とりあえず今夜は行って来い。オレはここで待っとるから」
「……日が出てきたらここに戻ってきてくれればいいんだが」
「ええからお前は黙って目の前のことに集中せぇ」


 ぐいと背中を押された。仕方なくそのまま目の前の扉を開ける。ものものしく開いたその空間は、ぽっかりと広く、暗い。ゆっくりと足を踏み入れるとそのまま背後で扉が閉まる音がした。
 真っ暗な空間の真ん中で、仄かに光る「それ」にゆっくりと近づいて、オレはそっと目を細めた。





*





 霊力というものが全くこれっぽっちもサッパリも無い、つまりは才能と言うものがまったく持ってないわけであって、ああなんか自分で言ってて悲しくなってきたぞ☆……ああ空しい。そういうわけでオレはとにかく精神力とかを鍛える訓練をひたすら行っていた。
 元から持ってた素質があまりにも無いので、ほぼ一般人でも扱えるような術、というか御守り?お祈り?に近いものをまず出来るようにならねばならないらしい。


「うーん……千鳥さんの娘やから多少は力があるはずなんやけどな……」
「多分それ昔にも同じことじっちゃんとかばっちゃんに言われてる」


 怪訝そうに首をかしげる村さんにそう告げる。どうもオレは父親にそっくりそのまま似たらしいのだ。≪移動者≫の力を継承したのも勿論として、髪の色、顔の造り、性格。父さんは霊力とかそういうものには縁遠い生活を送っていたし、もちろんそんな力もあるはずがない。オレが母さんから引き継いだのはこの目の色くらいな気がする。


「だって、オレと母さん、全然似てないじゃん」
「全く似とらんわけとちゃうで?雰囲気とか、笑った感じとか。でも確かに、ウォルスさんの方の血を色濃く受け継いだんやなぁ。の髪色は綺麗やで、オレは好き」


 対してアオト兄は母さんにそっくりである。髪の色、女性と見紛う線の細さ。深い海のような目の色は父さんのものだけれど、難しい呪術も軽々と扱えてしまうほど、アオト兄の力はかつての母さんのものをそのまま受け継いだように感じるくらい。まさに空瞳を継いでいればそのまま夕蒔家の跡取りになれただろうと言われるほどに。


「なぁんでオレがこの目の色を継いじゃったのかなぁ。アオト兄が継いでるべきものだったと思うんだけど」
「うーん、そうやなぁ……。でもオレは助かったけどな。変な言い方やけど」
「へ?」
「アオトがこの目を持ってたら、なんせ本家の孫や、力は均衡してても血筋で叶わん。今のオレの立場はなかったで」


 なるほどその通りだ。神妙な顔でそう言う村さんを見る。


「まあ、あいつはあいつで色々負い目には思っているようやから、あんまり気にせんでな」
「負い目?」


 あっ。
 明らかに口を滑らせた、と顔を引きつらせた村さんに視線を送る。アオト兄が負い目?何を?オレに?……なんで?オレがアオト兄に対して、アリアさんを助けられなかったことや保護者として世話をかけてしまっていることや、いろいろ申し訳ないと思っているのは確かだけれど、何故アオト兄がオレに負い目?


「あ〜〜〜〜〜……お前、アオトには絶対言うんやないで」
「うん」


 気まずそうに頭の後ろを掻いて、村さんは渋々と口を開いた。


「あいつはな。生まれたときに≪移動者≫の能力も空瞳も受け継がず、が生まれるまではそう言った面倒なゴタゴタも知らず普通のイギリス家庭として生活してたんや。それから、そういうものを全部背負った妹が生まれて、初めて自分の複雑な家庭環境を知った」


――――が生まれて、夕蒔家に母さんごと攫われて、そりゃ寂しかったし悲しかったし、父さんも妹の為に必死になってて、不貞腐れたよ。最初はな。当時はオレもガキだったし


 それは以前、珍しく酒に酔ったアオトが零した本音だった、と村さんは言う。意地っ張りでプライドの高い兄がそんなことを言うなんて。驚いて息を呑む。


「けどウォルスさんや千鳥さんから話を聞いて、あとが帰ってきて自分に懐いてくるのを見て思ったんだと」


――――オレが全部引き継いでやれたのなら、は苦労することも無かったのに


「えっ……」
「おかしなやつやろ?アオトが引き継いで生まれなかったのは別にあいつの責任でもなんでもない。アオトが≪移動者≫を継がなかったんも霊力はともかく空瞳を引き継がんかったんも、逆に全部が引き継いでしまったのも、必然か偶然かはともかく、責任を感じる必要は全くない。なのになぁ」


 それだけ呟いてアオト兄はそのまま寝入ってしまったのだという。
 オレよりずっと勉強も出来て、人気もあって、友達も多くて、魔法も上手くて力も強くて、完璧な兄だと思っていた。だけどそれは違っていたと気づいたのは本当に最近だ。小さい頃のオレにとってアオト兄はひたすらにかっこいい憧れの存在で。
 だけど、そんなアオト兄だって悩んだり失敗したりするのだ。そう気づいてからはますます兄の背中に追いつきたいと思ったけれど。……そんなことを思っていたなんて気づかなかった。
 黙ってしまったオレに慌てて村さんは笑いかける。


「まぁ、兄妹お互い様ってやつやで。アオトはそれだけのことを心配してるんや。少しでも技術高めて強くなれ」
「――――うん」


 去年の闇祓いの演習も、今年の呪術修行も、全てオレが強くなるためのものだ。
 いつかあの兄の背中に立って戦えるように。
 強くなったなぁと笑って貰えるように。


「頑張る」


 追いつけ、少しでも。








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