「ただいま参りました、当主様」
「よく来た。アオト、
「此度は一ヶ月、お世話になります。よろしくお願いいたします」


 正座をしながら深々と頭を下げたアオト兄にならって、オレも慌てて頭を下げた。




 138.




「畏まらずとも構わん、崩せ」
「じゃあさっそく。じいちゃん、こいつ頼んだ」
「はあ?」



 一気にくだけた口調でからりと笑った兄は、オレの肩を力強く叩いてそう言った。怪訝そうにじいちゃんは片眉を上げるけれど、当のオレがそもそも話に全くついて行ってない。なにそれどういうこと。
 じいちゃんは一見気難しそうに見える風貌で、白に近い灰色の髪を短く刈り込んでいる。呪術の大家と言うよりはヤクザの親玉みたいな見た目だ。ぎろりと睨む目が怖いけれど、幼い頃に、怖いもの知らずに抱きついたり遊びをせがんだりした記憶があるからなんか気まずい。あれで結構面倒見は良いのだ。幼い孫に甘かっただけなような気がしなくもないけど。


「どういうことだ、アオト」
、オレの妹であり母・千鳥の娘、でもって空瞳(そらめ)を引き継いだくせに一切の霊力を持ち合わせていなかった問題児・がこちら」
「んなことはわかっとる」


 その通りなんだけどその説明の仕方はちょっとヘコむよ?


「この馬鹿、なにを血迷ったか自己流で術を学びなおそうとしてます。危険です。どーせなら基礎から叩き直してやってください」
「ちょっエッアオト兄ィ!!?」


 予想だにしなかった展開に思わず声が裏返る。じろっとみてくるじいちゃんが怖い。けれど兄は気にせず笑顔で続ける。 


「せっかく一ヶ月も日本にいることになったんだ、じっちゃんばっちゃんに鍛えなおしてもらえ☆」
「えっなっ、ハァ!?アオト兄は!?」
「なに言ってる、オレは仕事だと最初に言ったろ。日本にはいるがほとんど出っ放しになるぞ」
「じゃあオレもしかしてまさか最初からそのために連れて来たの!?」
「当然」


 あんぐりと口が開いた。せめてその旨を伝えておいてほしい。
 じいちゃんは黙ったまま脇息にもたれオレたち兄妹のやりとりを見ていたが、はぁとひとつ溜息を漏らして口を開く。


「おい、馬鹿孫二人。いつまで漫才やっとる」
「あ、ごめんなさい。とにかくじっちゃん、こいつ頼んだ」
「お前、わしが暇だと思ってんのか」
「今はほとんど村が動いてんでしょ?もうすぐ世襲も済むって聞いてる。そしたら隠居だろ?そこに孫娘の指導をちょっと挟むくらい、じっちゃんにはワケないだろ。別につきっきりで見てやらなくていいよ、そんな高度な術使える程こいつ霊力ないし。ほぼ征彦だけで充分だと思う。・・・・・・ただ」


 アオト兄とじっちゃんが無言で向き合う。オレはただその間をおろおろするしかできない。そして折れたのは、じっちゃんの方だった。


「分かった、アオト。仕方ない―――おい、
「はっ、ハイ!!?」
「当時から霊力が上がったとか、そういう奇跡は起きているのか?」
「・・・・・・いや、無いと思います」
「だろうな。ああ、先が長そうだ」


 祖父の深い深いため息とともに、オレの日本での修行生活は幕を開けたのだった。






*





 村さんは、オレはさっぱり知らなかったのだが、夕蒔家の次期当主で又従兄にあたる人物らしい。本名を夕蒔村と言う。村が名前だと知ってちょっとびっくりした。だってどう考えても苗字だと思うじゃないか!曰く、幼い頃に会ったことがあるという。実際に会ってみた感想として、ものすごく強烈な印象なのになぜ全く覚えていなかったのだろうか。不思議だ。


「なーんではオレのことさっぱり忘れてしまっとるんや!おかしいやろ!!」
「日頃の行いが悪いんだろ」
「うっさいわクソガキ。誰が術を教えてやっとると思ってんじゃ感謝せえ。しっかし別嬪さんになったなあ!あないにちっさかったんになー!」


 とにかく喧しい関西弁の兄ちゃん。短い黒髪がつんつんと立っていて、これまたチンピラっぽい見た目だ。顔のつくりは整ってる方だと思う。からからと屈託なく笑うからなんだかすごくとっつきやすい。でもって、目はオレと同じ鮮やかな空色だ。
 アオト兄の5歳上で現在29歳、めちゃくちゃ若そうに見えるがこれでも三十路前。でもって妻帯者、夕蒔家時期跡取り。人って見た目によらない。


は今、ホグワーツの7年生になるんやっけ?」
「うん。もう最終学年」
「大きくなりよったなあ。彼氏は出来よったか?」
「げっほ!!!」

 すっかり打ち解けて話をしながら、聞かれた問いに口に入れた茶を勢いよく噴いた。なに聞くんだこのオッサン。


「いや、オレが基本的にお前の指導するんやけど。いろんなデータ知っておかなきゃあかんなと思ってな」
「関係ないだろが!!?」
「つまりいるんやな?ええな青春やなー!オニーサンに詳しく聞かせげふっ」
「余計なことせんでええからしっかり指導しろこの阿呆が」


 村さんの頭をがしっと掴んで、後ろからアオト兄が黒々としたオーラを背負いながらにっこりと笑っていた。目が笑ってない。オレなら一瞬にして土下座したくなるような空気を、しかし村さんは不満げな顔で文句を言う。 


「ええやん、アオトはほんっとシスコンやな―――ああスマンかったよっしゃー修行するでー!!覚悟はええなー!!ハッハッハー!!」


















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140312

※関西弁、一応調べてはいるんですが、不自然なところがあればご指摘ください。