「ただいま!アオト兄!」
「おうお帰り。日本に行くぞ」
「うん!」


 ・・・・・・・・・ん?






 137.





「は!?聞いてないよ!?いつ行くの!?」
「今日」
「はあ!?!?!?!?!?」


 相変わらずこの人は突然である。つい普通に返事をしてしまってから我に返ったオレは思わず駅のホームで大声を上げていた。驚いたジェームズたちが駆け寄ってくるのにも気づいたけれどそれどころじゃない。まるで普通に「帰るぞー」みたいなテンションのアオト兄は飄々として表情を変えない。ていうか!?仕事は!?


「ああ、1ヶ月ほど日本の方で仕事があってな。ついでだからじっちゃんばっちゃんに挨拶ついでに居座ろうと思って」
「なるほど―――…じゃないよ!?」


 そもそも夕蒔家と家、ていうか父さんと母さんは絶縁状態で和解すらしていないはずだ。そんな状態で孫とはいえオレたちが簡単に行っていい場所ではない。ただでさえ夕蒔家は由緒正しい陰陽師に通ずる呪術師の家系。まずくないか。


「気にすんな、。安心しろ。夕蒔家とは今、確執はない―――とは言い切れないけどオレたちが行っても大して影響はねえよ」
「へ……?」
「おい、なんだ」


 アオトさんお久しぶりです、と挨拶しながら押し寄せてきた4人とリリーは、不思議そうに目を丸くしながらオレたちを見た。なんだ、とシリウスが遠慮なしにオレに視線を向けたけれど、んなこと言われたってよくわからん。


「さて、悪いがあまり時間が無いんだ。行くぞ」
「こっ、このまま空港!?」
「もちろん」


 そうしてオレは、なにがなんだか分からないまま、実に約十年ぶりに日本の地を踏んだのだった。






*




「……おおお」


 夕蒔家の本宅は山の中にある。京都と奈良にほど近い土地で、奥深い山の竹林を通り過ぎたところ。結界が張ってあるために認められた者だけしか本宅を見つけることは不可能だ。かつて母が通っていた呪術系の学校も近くにあるらしいが、同じく見つけることは出来ないようになっている。
 幼い頃以来のその山道は深く、さわさわと揺れる竹の葉の音が耳に心地よい。なんだか懐かしくなってきて、オレは前を歩くアオト兄の背中を見つめた。細くて、でも確かに鍛えられた筋肉。精悍になった体の線。昔の記憶の、前に歩く誰かの姿が被る。


「アオト兄、なんか、慣れてるけど、なんで?」
「最近よく来ていたんだよ。仕事の筋で協力を頼むことが多くてな」


 息を切らしながらそう聞くと、あっさりとした答えが返ってくる。いつのまにやら夕蒔家との繋がりを深いものにしていた理由には、『闇祓い』のことが関係しているようだった。確かに、母さんは魔法省からしょっちゅう招請を受けていたしなぁ。なんで呼ばれてたのかまでは知らないけれど。


「ほら、見えてきた。もう着くぞ」
「うえぇぇい」


 クィディッチもあるしそこそこ鍛えられているはずなんだけれど、それでも山道を歩くのは不慣れで疲れる。指さされた向こうに見えた古めかしい大きな門に、昔の記憶がなんだか蘇ってきてくらくらした。母は祖父母を嫌っていたかもしれないけれど、オレにとってはそんなに嫌な記憶があるわけではない。修行と言っても幼かったし、難しいしんどい修行をやれるレベルまで能力が無かったから、基本的には遊んでもらってただけのような気もする。
 日本についたときはうだるような暑さに嫌気がさしたけれど、ここはとても涼しい。さすが神域、清浄な沢の音が空気をすすいでいるような気がする。


「――――ようこそいらっしゃいました」
「征彦、早いな……じっちゃんはもう知ってるのか」
「お年を召されましたとはいえ、夕蒔家当主ですから」


 音もなく門前に現れた、苦笑する優しげな長身の青年にアオト兄は目を瞠る。色の濃いスーツを来た彼は、特徴的な灰褐色の長い髪を首の後ろでまとめていた。その姿に既視感を覚えてオレは眉を寄せる。そんなオレに気付いた彼は、ゆったりと微笑んだ。


様、お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか?」
「え……と」


――――まさひこ!あそんで!!


「―――征彦……?」
「ああ、覚えていて下さったんですね。かつては千鳥様の使役下におりました征彦です。大きくなりましたね。すっかり素敵な女性です」


 古い記憶のなかの姿とそっくりそのままの彼は、まるで時間が止まっているみたいだ。そうだった、忘れてたけどこの人、人間じゃないんだった。母が生まれる前どころか千年近く夕蒔家に仕えているらしい。そういや何歳なんだろ。


「じっちゃんとばっちゃんは奥の間だろ?村は?」
「村様は夜にお帰りになるかと」
「そうか、あいつも忙しいな……ウーン」
「お急ぎの用でしたか?」
「いや、いい。じゃあ先に当主様にご挨拶しなくちゃだな」
「う、うん」


 村ってだれだ。
 冷や汗をかきながらもとりあえずこくこくと頷く。せめてもう少し事前知識が欲しい、なんで日本に来たのかとかオレの立場とか、説明してほしいことだらけなんだけどどういうことなんだろう。けれど兄は気にすることなく征彦と淡々と会話を交わしている。置いてけぼりなんだけど!完全に!!


「分かりました。ではご案内致します」
「頼む。行くぞ、


 純和風の門が開かれ、日本庭園になっている中へと踏み込む。季節を感じる草花が綺麗だ。門から歩いて数分、ようやく現れた本邸は数寄屋造りの平屋だ。ものすごく歴史的価値も高いらしいけど詳しいことはよく分からない。竹が基調の玄関は引き戸。うん、どれもこれもおぼろげな記憶に引っかかる。リリーたちを連れて来たら喜ぶんだろうなぁ、なんて呑気に考えているうちに母屋のなかへと入っていた。


「よう来ましたな、アオト、
「・・・・・・ばあちゃん?」


 綺麗に背筋をぴんと伸ばして、ぴしりと若草色の着物を着た年老いた女性の姿にオレは目を丸くした。記憶のなかのばあちゃんよりもずっと小さくなって、だけれど凛とした雰囲気や厳格そうな感じは変わらない。実は優しいのも知っている。そんなばあちゃんは、玄関に置かれた衝立の前で、静かに佇みながら笑った。


「ほんに大きくなって。あの人が待っていますよ」
「う、うん」


 裸足で触れた木の床がなんだか心地よい。祖母が先頭を、その後を兄とオレが続き、後ろから征彦がついてくる。妙に緊張しながら奥へと進んでいく。
 そうして通された奥の間で、祖父とオレは久方ぶりの再会を果たした。











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※ここから数話、オリキャラだらけです!すみません!