列車に乗り込みながら、オレはひとり思考に沈んだ。
 今年、セブルスとまともに会話してない。





 136.





 最後にセブと会話したのはいつだったろうか。見かけるたびにふいと顔を逸らされ、徹底的に避けられてしまえばオレにはもうなすすべがない。手紙も書いたし、待ち伏せもした。だけど、結局ろくに顔も会わせなかった。時折見かけるセブは悪い顔色を更に悪化させていて、心配ではあったけれどあれだけ拒否されればどうしようもない。


「どーしたんだろーなー……セブ」


 窓の向こうに消えていく山々を眺めながら呟いた。ぴくりと隣のシリウスが反応したけれど、彼は何も言わずにトランプを睨む。見ている限り、今年に関してはセブルスにこいつらがちょっかいを出していることは少なかった…と、思う。気づかないところで苛めてたら分からないけれど。
 昔は、セブルスに傷がひとつでもあったらジェームズとシリウスを締め上げていたなぁ。いまは傷があるのかどうかすら分からない。


「今年の夏休みは、なにか予定でもあるのかい?
「はい、フルハウス…ってうわ!ジェームズ!さりげなくストレートフラッシュって!」
「オレ、ツーペア」
「あ、僕フラッシュー!」


 じゃあシリウスが罰ゲームだね!と嬉しそうなピーターをジト目で見つめて、シリウスはなにやら赤黒い色の百味ビーンズを口に放り込んだ。げほげほと咳き込むそれをスルーして、ジェームズはにこやかにこっちを見る。
 相変わらず乗り物に弱いオレはポーカーには参加せず、うとうととしながらうーんと首をかしげた。


「アオト兄とムーディとふっつーに過ごすんじゃないか?なんも言われてないもん」
「でも去年はそういうノリで闇祓い訓練だったよね」
「アー、確かに」


 アオト兄のやることは突拍子もなくて、気が付いたら巻き込まれていることが多い。にっこり爽やかに毒気のない笑顔で人を振り回すんだから、つくづくああいうところは父さんにそっくりだと思う。黒い髪に碧い瞳、線が細くて色が白くて優男風。あれで相当怖い人なんだから侮れない。一般男性よりもずっと華奢なくせに体術まである程度極めているんだから。ほんと何者なんだ、うちの兄貴は。


「全然似てないんだもんな、オレとアオト兄」
「いや似てるよ」
「似てるって」
「そっくりだよ」
「そのまんまじゃん」
「……おおう」


 第二戦目を始めた四人から、顔を上げずに畳み掛けられる。そうかなあ、髪の色も目の色も体格も違うんだけども。


「しかし、はもう少し胸が育てばいいと思うんだけどねえ、僕」
よしわかったジェームズ久々の百味ビーンズ悪味セレクトお見舞いしてやる
「でも最近は男子に間違えられることもなくなったんじゃないの?」
「あ?あー、そういえば」


 昔は必ず男の子だと思われていたからなあ、と思う。そりゃあ胸もお尻もぺったんこだったし、手足はガリガリでそのへん駆け回るような子だったから無理もない。17歳を過ぎた今は、背丈も伸びたし申し訳なさげなレベルだけれども一応仮にもなんとか……ああ自分で言ってて悲しくなってきたけど女性らしさは出た?のかも?しれない?うわ自信ない。


「そういえば、ますますお前らと体格差が出ちゃったなぁ」


 シリウスもジェームズもリーマスもすっかり長身で、もはや抜くことは諦めた。辛うじてピーターとは並んでいるけれど、これからまた抜かれて離されたらヘコむ。手の大きさも体格も全然違う。広い背中も、くぼんだ喉も、手の大きさも。そういえば、いつからか声が低くなった。


「なんか、寂しいなぁ」


 そう呟いて、オレは目を閉じた。




*





 窓にもたれてすよすよと寝息を立て始めたを見て、僕らはポーカーをする手をとめた。列車のシートに座るなり眠そうに目をこすっていたから、もう限界だったのかもしれない。交わした会話もどこか夢心地で、きっと起きた後は覚えてないだろう。苦笑しながら僕は手元に抱えていたローブをかけてやる。


「準備が良いね、リーマス」
「絶対寝ると思ってたしねー」


 この6年、が列車のなかで起きていられた例がない。苦笑するジェームズは、ポーカーを再開しようとトランプの山に手を伸ばす。


「ほんと、なにが『寂しいなぁ』だよねえ、このノーテンキっ子」
「すっかり“女の子”だよね、自覚ないけど」
「全くだ」


 僕の言葉にシリウスが真面目な顔で同意する。は昔からガリガリだったけれど、年を取るにつれすこしだけ丸くなった。華奢なのはたぶん家系だろう。ウォルスさんは割と細身ながらにがっしりしていたけれど、千鳥さんは日本人なせいもあってか小柄で華奢な人だった。アオトさんも華奢な方だ。
 手も、身長も、僕らより一回りも小さくて。昔は背比べをして、負けていたこともあったのに、今では僕らの方がずっと大きい。女性にしては身長は高めかもしれないけれど、抱きしめたらきっとすっかり腕の中に納まるのだろう。


「もう本気で喧嘩しちゃだめだよ、シリウス」
「分かってるよ!」
「忘れたとは言わせないよ、君とが殴り合いの大喧嘩をしていたのはたった一年半前だよ?」


 ぐっとばつの悪そうに押し黙るシリウスに、僕はにこやかに告げた。ピーターが冷や汗をかいていた気がするけれどそれはともかくとしてトランプを引く。あ、ハートが揃いそうだ。


「まあ君も大概の馬鹿だよね、馬鹿犬。男が本気出したら流石に大けがさせてしまうんだから、気をつけなよね」


 どうせ無意識に手加減していただろうけれど。と付け加えながらジェームズがスペードの2枚を放り捨てて札を引く。


「――――もう、あんなこと、しねぇよ」




 決めたんだから。




 強い目で言い切ったシリウスの言葉に、僕らは手をとめた。シリウスは一人で淡々とカードを捨てて次の札を引く。肘で突かれて、ピーターが慌てて札を捨てた。


「――――ふぅん」


 それならそれで。
 二度と泣かせたら承知しないけど。


 けれど僕は何も言わずに、手札に視線を落とした。


















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140113