「………ん」 なんだか静かで、すごく暖かい。のろのろと目を開ける。いつもの寮のベッドよりずっと近い距離に茶色い天井があって、オレはぽかんと目を丸くした。ここは、どこだ。 「―――おお、起きたかの。」 「……ダンブルドア先生……?」 133. 優しげに笑う校長の横に佇む鏡を見て、オレは一気に覚醒した。そうだ、昨日。シリウスに連れられてきた大木の洞で。記憶を一気に取り戻したオレは、慌てて起き上がる。あのまま泣き疲れて寝てしまったのか。てかオレそんなに泣いたの?そういえば頭がぼーっとする気がするけど。 「、ローストビーフは確かに美味じゃったぞ。欲を言えばわしはブッシュ・ド・ノエルも食べたかったのじゃが……リーマス・ルーピンが全部食べてしまっておってのう……」 「それはその……リーマスがご迷惑をおかけしました」 一心不乱にケーキの山と格闘していたリーマスの姿が脳裏によぎって思わず謝罪する。あいつホントに全部食べたのか。怖い。よいよいと朗らかに笑う校長の意図が読めない。 「のう、」 「はい、先生」 「大切に、思われておるな」 「………」 湖水のように静かなダンブルドア先生の目は、深い優しさで彩られていて。よく分からないままオレは沈黙する。 「鏡は、今日いっぱいでよそへ移すつもりだったのじゃ。この鏡は『みぞの鏡』と言っての―――前に立った者の一番の望みを映す。しかし、だからこそ魅入られるものは多く、危険が高い。しかし、これを見つけたシリウスとジェームズはこう言った」 ――――先生、この鏡が一番の望みを映すというなら。一度だけ、あいつに見せてやりたいんです ――――僕は信じてる。あいつが一番望んでることは、「家族に会いたい」ことだって 「危険な……賭けじゃったことは、。分かるかの?」 「……先生、なにが言いたいんですか」 「望みは本人しか分からない。お主の望みが本当に『家族に会いたい』ことなのか、それとも」 奴を殺したいと願うのか。 どきりと心臓がはねた。さあっと血の気が引いていく。凍りついたオレに気付いた先生は、それでも優しく微笑んだままだ。 「『みぞの鏡』の恐ろしさは、本人の最大の望みを目の前に突き付けられることじゃ。それが本人にとって無自覚であったとしても。目の前に、心底望むものが目の前にあったとしたら―――渇望で気が狂うもの、または恐ろしい望みを自覚してしまうものがおる」 心臓の音がうるさい。ごくりと喉が鳴る。 「『闇祓い』に、なりたいのじゃろう?」 「は―――はい」 「お主の力は、『護るため』に使えると、誓えるかの」 「…………!!!」 ダンブルドア先生の目は静かで、優しくて。それでいて逆らえない強さを孕んでいた。 わかってる。オレが、戦うことを望まれていないことくらい。 目の前から掻き消えたアリアさん、父さん、母さん。殺した相手は、今も新聞を賑わせる―――ヴォルデモート。闇の陣営。憎んでいないはずが無かった。最後まで護られ生き延びたオレは、奴らのうちの一人も目にすることが出来なかったから、誰が犯人かの情報はひとつも持っていなかった。魔法省の人たちにろくに証言できず、落胆されたことも鮮明に覚えている。 悔しかった。憎んでいた。だから、戦う力が欲しかった。 それはきっと、護ることももちろんだけど、それ以上に。 アオト兄はきっと全てお見通しだ。オレの考えていることなんて、あの人に隠せるわけがない。それでいて、分かっていて、母の秘術の伝書を託してくれたのだ。結界術や追跡術を覚えた遥か上の上級の術には、強力な秘術がいくつもある。 それは、呪いだ。 日本の呪術はえげつない。神の力を召喚することもあれば、自らを神に祀り上げ人を呪い殺すことも出来る。相手に気付かれることもなく。 もともと力が無いオレにそこまでの芸当が出来るかは分からないけれど。 「のう、。お主は何が見えた?」 「…………」 「あの二人がそうであれと望んだものが、見えたじゃろう」 優しく笑う母さんと父さん。幸せそうなアリアさんとアオト兄。オレを取り囲み楽しそうな、あいつら4人とリリー、そしてセブルスの、姿。 ぽろりと、止まったはずの涙が転がり落ちた。 「――――堕ちてはならぬ、。 『傷つけること』よりも、『護ること』はとても難しいじゃろう。が、お主にはそれが出来るはずじゃ。本当に望んでいることが、大好きな誰かと笑っていることならば、お主は大丈夫じゃ」 大丈夫。 ダンブルドア先生はそう繰り返して、優しく微笑む。ゆっくりと頷いたオレを見て、その笑みが深くなった。そして突然、ほっほっほと陽気な声を上げる。 「じゃあわしは失礼しようかの!若い二人をこれ以上邪魔するのは野暮だしのう」 「………へっ?」 二人? 間抜け面を晒したオレは唐突に違和感に気付いて、横を見る。オレの右手をしっかりと握りしめて、そこにはシリウスが端正な顔はそのままに、黒い髪をさらりと散らせて、すやすやと寝息を立てていた。 「―――――――――――!!!????」 反射的に大声を出しそうになって慌てて抑える。そうだったそういえばシリウスがいるはずだ。いて当然だ。むしろどうしてオレは今まで気づかなかった、というか忘れていたのだ。目を閉じて、静かに横になったシリウスの手は、オレの右手をしっかりつかんだまま話さない。ちょっと引っ張っても外れない。無理。どういうことなの。 パニックになりながら顔を上げると、いつのまにかダンブルドアは消えていて、一緒に鏡も消え失せていた。ていうかどうしたらいいんだ、この状況。今何時? 「………まあ、いいか」 シリウスに手を握られるのは嫌いではない。最近なんか頻度が増えてきた気もするし。なんだか考えるのが面倒臭くなってきて、オレもシリウスの隣にごろんと体を横たえてそのまま目を閉じた。 数時間後、目を覚ましたシリウスが奇声を上げたのは、別の話。 ←BACK**NEXT→ 140112 |