降りた先にいた人物に、オレは驚いた。


「ダンブルドア先生?」


 にこにこと笑う好々爺然とした先生と、その前にシリウスが立っている。そして向こう側にあったものは。


「………これ……?」





 132.





「分かっておるな、シリウス?一度だけじゃぞ?」
「はい、先生」
「よしよし。ではわしはちょっと外に出ておるでの。よ、今日のパーティでのおすすめはなにかな?」
「へっ?は、はぁ……ローストビーフ、ですかね……」
「ほう、それは絶品じゃ!」


 笑いながらダンブルドア先生は洞を出ていく。洞のなかは小さな屋根裏部屋程度の大きさで、思ったよりも綺麗で暖かかった。もとは狐とか、穴熊とかが巣にしていた場所なのかもしれない。空気が籠って外よりもずっと暖かい。
 佇むシリウスを見上げる。その向こうには、こんなところには全くそぐわない豪奢な装飾の施された鏡が置いてあった。洞の低い天井にぶつかって、窮屈そうに佇んでいる。物凄く場にそぐわない。ナニコレ。


「鏡?がなんでこんなところにあんの?」


 ていうかこれを見せるためにこいつはオレを引っ張ってきたのだろうか。リーマスもジェームズもピーターも連れず、オレだけを。加えて言うなら先ほどいた校長は何の用があってこんなヘンなところにいたのだ。訳が分からない。


「……いいから。、こっち来い」
「なんかヘンな魔法かかってんじゃねーだろな……」
「かかってねぇよ!ダンブルドアだっていたんだから問題ねえだろ!いいからこっち来いってば!」


 疑いの目を向けるオレに、シリウスが焦れた。はいはい、とそっちに向かって鏡を見た。そして。


「…………え」





*




 空色の瞳が驚愕の色で彩られる。そのままは凍りついたようにその場から動かなくなった。それを見ながら、オレは聞こえないように息をつく。

 頼むから、オレの予想するものを見ていてほしい。

 鏡に映るものは本人以外は知りえない。その人が本当に願うものしか映らない。この鏡をこんな変な場所で見つけたのは本当に偶然だったが、オレとジェームズの発見にいつの間に気付いたのか現れたダンブルドアに忠告を受けていた。本当に望むものが見える。だからこそ危険だと。
 ジェームズが何を見たかは知らないけれど(「リリーと二人で笑ってる僕が見えたよ!」なんて嘯いていたけれど本当ではないことくらい知っている)、オレの目に映ったのは悪戯仕掛人の五人の姿で。なんだいつも通りかと思ったけれど、―――ただ一つ違ったのは。


――――オレの隣にはがいて。その手が、幸せそうに絡められていて。


 ああそうかと、覚悟を決めた。もうとっくに自覚はしていた。リーマスに言われる前からもう、ずっとだ。こいつの笑ってる姿を見ていたいと確かに願った。そんなの分かりきっていることだった。


「………」


 目の前で鏡を食い入るように見ているその背中が小さく震えた。伸ばした手が冷たい鏡面に触れる。
 クリスマスを過ぎたら鏡は移動させるとダンブルドアは言った。だからその前にと頼んだのはジェームズとほぼ同時だった。泣くのを堪えてずっと笑っているあの子に、どうかもう一度だけ、と。
 オレたちの前で作り笑顔をするなんてもう見たくなくて。

 それくらいならいっそのこと、泣いて、憤って、感情のままに暴れさせてやりたかった。あれから今日で丸二年だ。今日のこの日、の心が平静でいられるわけがないのに、なんでこいつは今日も笑っているのか。――――今日くらい、泣いてもいいのに。




*




 目の前で起きていることが理解できなくて、オレは呆然と鏡の中を見つめた。ふわりといつものように―――本当にいつものように笑う姿はなんだか懐かしくて、その感覚に震えが走る。懐かしい、なんて。そんな―――そんな、過去みたいに。


「………そん、な、なんで」


 足から力が抜けてへたり込む。冷たい鏡面に触れていた指が離れる。そう、届かなかった。――――あのときも。


「っ、あ」


 伸ばした指が震える。届かない。喉が引きつる。―――だけど。


「しっかりしろ、馬鹿」
「あ、シ…シリウス」


 肩を抱えられ、伸ばした手を握られた。すっかり存在を忘れ去っていたシリウスが確かにオレを見下ろして手を握っていた。視線が鏡から外れ、目の前の彼に向けられる。


「もう一度だけ、お前に会わせることを許してもらえたんだ」
「え……?」
「だから。目を逸らすな、逃げんな。ちゃんと向き合え。お前の家族は、笑ってるだろ?」


――――そんなの。

 へたり込むオレを取り囲むように、母さんは綺麗に、けれど仕方ないなあと呆れたように笑い、父さんはいつもの自信満々な笑みでオレの頭を撫でた。眼元を緩ませたアオト兄と寄り添うように幸せそうに笑うアリアさん。そして、オレの傍らには。
 リリーと、ジェームズと、リーマスと、ピーターと、セブルスと。
 ……そしてシリウスが、映る。


「笑ってるだろ」


 もう一度呟くようにシリウスが言う。その言葉に、オレは静かに涙を零した。









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