「あの。スミマセン。その羽ペン、オレのなんです」
「・・・なんだと?」
「返していただけないでしょうか」


 正面切ってそう言ったに、僕の心臓は大きく跳ね上がった。




 13.




「あれ!やっぱりそうだ、あの羽ペンオレのだよ!」
「ちょ、ちょっと・・・!静かにしてないと先生来ちゃうから」
「あ。ご、ごめんリーマス」
「いいけど。で、どうするの?」
「うーん・・・」


 難しい顔をして腕を組んだに、僕は思わず苦笑を浮かべる。課題の参考になる本を探しに来たら、あそこで座ってる先輩らしき人の使ってる羽ペンが、ついこないだ紛失したのものだと。彼女はそう言うのだ。

 後ろ姿しか見えないけれど、その先輩は長いシルバーブロンドの持ち主で、いい感じの体格をローブにつつんで黙々と羊皮紙を埋めていた。どさどさとおかれた本。この先輩も宿題なのだろうか。寮まではわからない。


「やっぱり直接言いに行くよ」
「スリザリンだったらどうするの?
「んー。でもオレ、羽ペンを返してもらいたいだけだしさ。別にケンカ売ろうってわけじゃないんだし」
「そうかもしれないけど・・・」


 でもやっぱり相手がスリザリンだったら、すごくめんどくさいことになりかねないと思うんだけどな。ここにシリウスがいなくて良かった。


「じゃ、言ってくるよ」
「え、ちょっと・・・」


 本気で声をかけに行こうと足を本棚の陰から出したを、僕は慌てて追う。せめて寮を確認したほうがいいんじゃないかな、と言おうとして、僕はそのまま口ごもる。が単刀直入にその人に声をかけたからだ。


「・・・なんだと?」
「返していただけないでしょうか」


 振り向いたその先輩の首元にある緑色のネクタイに、そのひとの寮が一目で分かる。スリザリン。ああ、もう。思わずため息がこぼれそうになって、慌てて抑えた。


「これが?」
「はい。その黒いやつです」
「証拠はあるのか?」


 オールバックの髪。鋭利な冷たい視線。なのに、は全く怯まずに堂々と続けた。


「オレと同室の女の子が、先輩が拾ったのを見たそうなんです。オレの落とした羽ペンを」
「ふん」
「あ、そうだ。まずお礼を。拾ってくれてありがとうございました。おかげで失くさなくて済みました」


 そう言って深々とは頭を下げる。短い透明な金髪がさらりと揺れる。それを冷めた目で眺めながら先輩は、くるりと指での羽ペンを回した。そしてすっと頭を上げたはゆっくりときれいに笑った。


「と、言うことなので。返していただけないでしょうか?」
「だから証拠はあるのかと聞いている」
「え?」


 馬鹿にしたように鼻を鳴らして、先輩は椅子を引いてこっちを向く。羽ペンはことりと羊皮紙の上に置いた。そしてじろりと僕たちを眺める。


「ふん、お前はアオト・の妹か。道理で偉そうな筈だ」
「兄は関係ありません」
「分からないのなら教えてやろう。確かに私は先日この黒い羽ペンを拾った。なかなか上質のものだから使ってやっていただけだ。返せだと?これがお前のものだという理由などどこにあるというのだ。だから証拠を出せと言っている」


 つらつらと言った先輩の姿を呆然と見つめる。ああ、もう潮時かもしれない・・・。そう思って、諦めて帰ろう、そんな言葉をかけようとした僕は、瞬間的に顔を輝かせたの姿に、再び何も言えなくなった。


「なぁんだ、そういうことですか」
「は?」
「じゃあ、えーとですねー、ちょっとその羽ペン貸して下さい」
「・・・」


 差し出した手に、先輩は怪訝な目を向けながら羽ペンを渡した。はそれをくるりと回すと、ぼそり、と何事かとなえた。何語だかは分からない。けれどその瞬間、真っ黒い羽ペンが鮮やかな空色に変じた。


「え、、それ・・・!?」
「ああ、うん。コレ母さんがかけてくれた魔法なんだけどさ、オレが“鍵”となる言葉を唱えると、オレが想像した物に形を変えてくれるんだ。もともとは普通の羽ペンだったんだけど」


 そう言ってはまた唱える。すると羽ペンはするりと元の色に戻った。それを見ていた先輩が、眉間にしわを寄せたまま憎々しげにつぶやく。


か・・・こんな輩と付き合うとは、浅はかなことだ・・・名門ブラック家の異質者が」
「え・・・」
「マルフォイ先輩!」


 本棚の陰から飛び出した声に、先輩は視線を向けた。そこに立っていた黒髪の少年に、僕はそっと安堵の息をつく。なんだか助かったみたいだ。


「すみません、あちらで3年生がケンカしているようなのです。どうか一緒に来ていただけませんか?」
「セブルス。私は今取り込み中だ」
「でも、先輩・・・」
「分かっている。言ってみただけだ。仕方ない」


 そう言って腰をあげて、手早く荷物をまとめてスネイプとともに去っていくマルフォイ、というらしい先輩。スネイプはちらりと一瞬こっちを振り向いた。すかさず軽く手をあげて、は笑う。そしてそのまま彼らは図書室の扉をくぐっていった。


「・・・・・・もう、冷や冷やするなあ、は・・・。」
「んん?なんで?」


 本気で分からない、というように首をかしげただったけど、彼女はすぐに自分の手にある羽ペンに視線を落とした。


「これ、返してもらったってことでいいのかな」
「いいんじゃない?」




 ・・・・・・・それにしても、ブラック家の異質者って、どういうこと?
 脳裏に「ブラック」のファミリーネームを持つ少年の姿が浮かぶ。




 シリウス?














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 090208