大切な人たちを守るため、自分が出来ることはなんだろうか。 125. 「―――――本当に、お前は・・・・・・」 「ごめんなさい」 アオト兄の顔を見た瞬間に土下座したオレは、顔を上げずにそう言った。冷えた実家の床が冷たくて涙が出そうだ。 「ちゃんと根回ししてきたんだろうな?バレていないんだろうな?」 「移動してきたのは『便利な部屋』からで、あいつらしか見てない。帰るのも『便利な部屋』の予定で、ちゃんとあいつらが部屋に待機することになってる」 「・・・・・・・はあ」 盛大な溜息をついたアオト兄の顔を見上げる。数日前、≪移動≫して実家に帰ると言った時はもちろん止められ怒られたんだけれど(オレが≪移動者≫であることは絶対の秘密だ)、事情を話すと渋々了解してくれた。してくれたけど、本当に帰ってくるとは思っていなかったらしい。 「お前は本当に・・・父さんの娘だな」 「うん。ごめん」 「仕方ねぇな」 兄に指示されるままに立ち上がり、前を歩く長身の後姿を追いかける。通されたのは、かつての母の部屋だ。比較的狭く、人気のないその部屋に入っていく。 「用意しておいた。持って帰れ。くれぐれも扱いに気をつけろよ」 「うん。ありがとう、アオト兄」 「まずは母さんとじっちゃんばっちゃんから教わった基礎からやり直せ。実践はそれからだ」 「はい」 「言っておくがオレだって修行中の身だ、何かあっても責任は取れん。なんとかしろ。ただし連絡をくれれば助言くらいしてやる」 「わかった」 受け取ったのは、母の形見の呪具と教本だ。昔、夕蒔家で修行を受けた時のものもある。当時は霊力とか霊感とかそういうものが全くなくて、なにひとつマトモに出来た術は無かったけれど。術のなかには、特に力が無くても修行次第で形くらいは出来るようになるものもある。――――皆を守るために、オレにできることを。 オレには、力がないから。そして、きっとオレは、戦うことが出来ないから。 自分の身に危険が及べば強制的に≪移動≫してしまうオレは、おそらく戦いのなかにいることはできないだろう。ならばせめて、遠くからでもみんなを守れる力が欲しい。 そう、たとえば。母さんがよく使っていた、『結界術』とか。 「アオト兄は『結界』はもう結べるの?」 「母さんほど強力なものじゃないが、一応な」 「・・・なんで、日本の呪術を勉強してるの?」 兄の碧い瞳が丸くなる。オレたち兄妹は、もともと強力な術者だった母から基本的な知識だったり占術だったりは教わっているけれど、本格的な術となるとそういうわけにはいかない。 アオト兄が呪術を学びたいと言い出したのは数年前だ。ちょうどオレと同じくらいのころ。日本の実家とは絶縁状態にある母は良い顔をしなかったけれど、結局根負けしていたのを覚えている。 「言わなかったか?いや、お前は小さかったから覚えていなかったのかもな。オレはそもそも霊力が強いんだよ。オレにその目が引き継がれていたら、そのまま夕蒔家の跡継ぎに慣れたくらいには」 「えっ!?そうなの!?」 「宝の持ち腐れ状態になるのもなんだかもったいなかったのと、闇祓いになるうえで戦える知識はなんでも知っておこうと思ったんだよ。日本の呪術は杖が必要ないだろ?それだけでかなり有利になるし、魔法界にはないものも多くあるし―――後はそうだな」 一度言葉を切ったアオト兄は懐かしそうに目を細めた。 「アリアがいたから、だな」 「アリアさんが・・・」 「あいつが両親を失ったのがそのぐらいだったからな。プロポーズしたのもあの年だったし。強くなれるならなんでもしたんだよ」 もう誰も失いたくないと泣いたあの子のために。 そう言って笑うアオト兄がなんだかいつもよりもかっこよくて、オレはぎゅうっと手の中の呪具を抱きしめた。 * 「本日の報告はこれで以上か。ふん、相変わらずダンブルドアの平和主義には反吐が出る」 「そう言うな、ルシウス」 シルバーブロンドを首の後ろで束ねたルシウス・マルフォイは、鼻を鳴らして報告書を一瞥した。報告内容はホグワーツでの『あの方』の影響力や敵対勢力になりそうな家の子供たちの名前、そしてマグルの一家出身の魔女・魔法使いの名。こんなことを生徒たちに調べさせて何の利があるのだろうと疑問でしかない。 「久しいな、セブルス」 「・・・はい」 色素の薄い目が僕を向いた。レギュラスの告げ口により、何を聞かれるかはもう分かっている。 「・について聞きたいのだが」 「なんなりと」 「奴はグリフィンドールで、お前と同期だったな?一昨年、我が君の手により両親と義姉が排除されている。しかし何点か、この件について不審な点がある。 ――――この事件のとき、ヤツはどこにいたのだ?」 「どこに・・・とは」 質問の意図がつかめずに思わず眉根を寄せる。彼は、疑うように目を細めたあと、続けた。しんと静まり返る室内の空気が痛い。 「ヤツがこのとき帰省していたのは調査済みだ。しかし、結果から見て分かるようにヤツは始末できなかった。しかも当日、家でのヤツの目撃証言は無い」 「・・・?」 思わず僕は息を飲んだ。ポッターからの説明によれば、半狂乱に陥ったが突然ポッターの家にいたブラックの家に現れたと聞いた。曰く、両親の魔法で飛ばされてきたのではないか、と。だけど。そんな魔法は聞いたことがない。暖炉から飛び出してきたわけでもなく、まだ未成年だから姿現しも出来ないはずだ。 「私には・・・分かりかねます」 「ウォルス・はある古い魔法の能力者だ」 能力者?そんな話、聞いたことも無い。疑問が頭の中で次から次へと浮かんでいく。混乱する僕を置き去りにしたまま、話は進む。 「能力者は代々その一族の長子に現れると聞く。だから我々は、継承者は家長子アオトに継がれていると考えていたのだが、末娘は何者だ?公式書類や新聞等になにも痕跡が無い。確認できたのは唯一、ホグワーツの入学名簿だけだ」 ここで息を切ったルシウス・マルフォイは僕を一瞥した。入学名簿だけが彼女の名前を載せている?確かに、一昨年の事件の記事には、のことは一切触れていなかった。死亡した両親や義姉、重傷の兄は載っていたにも関わらず、生存したの名前が載ってもおかしくないのに。まるで、意図的に存在を隠すような。 僕は混乱する頭を必死で回転させ、辛うじて口を開いた。 「僕、いえ、私は・とは同期ですが、奴は憎きグリフィンドール生。詳しくは存じません」 「そうか?セブルス、お前はヤツと懇意にしていただろう」 「・・・それも、数年前までです。私がこちらに属するようになってからは、一度も口を聞いておりません」 「ふん・・・、そうか」 それきり僕への追及は無く、会合は終わった。だけど。 ・・・、君はいったい何者なんだ? ←BACK**NEXT→ 130811 |