「リリー!リリーったら――――」
「・・・


 ずんずんと突き進むリリーの腕をようやくとらえると、彼女はほとんど泣きそうな顔でオレを振り向いた。




 115.




「もう耐えられないわ。私、セブとは友達よ――――いえ、友達だったのよ。だけど、彼、私とを、『穢れた血』と『血を裏切る者』なんて呼んだのよ」
「・・・うん」
「どうして・・・?セブは、変わったわ」


 ぽろぽろと涙が落ちた。そうだよな、リリーとセブは幼馴染で、オレよりもずっと付き合いが長い。大事な大事な友達だったはずだ。なのに、どうして。


「ねぇ、セブが付き合ってる人たちは『闇の魔術』を嬉々として使うのよ。だってそれでこないだ危ない目にあったのよ。あのときセブは止めたいって言ってくれたわ。だけど彼はだからといって何をしたの?あなたを助けたのは結局仕掛け人のあのひとたちだわ」
「リリー・・・」


 こらえきれないように次から次へと、リリーの口から言葉が流れて止まらない。


「マルシベールとかエイブリーとか、彼らは邪悪だわ。セブもそうなのよ。あっちの世界を選んだのよ、彼も。『例のあの人』の元へ――――どうして?」


 の家族を奪ったのも、『あの人』だったのに。


 涙声でそう振り絞るように言ったリリーを抱きしめた。わかってる。わかってるんだ、そんなこと。だけど、・・・だけど。セブは、オレの家族を殺したあいつの元へ行くのか。どこか他人事のように聞こえるのは、現実感が無いせいだろうか。


「ごめん・・・オレのせいで、余計に辛い思いをさせてたんだな、リリー」
が謝ることじゃないわ!」


 リリーが焦ったように顔を上げた。その瞳からまたぽろりと涙が落っこちて、オレはそっとそれを拭う。 


「でもオレは、それでもセブルスが好きだよ」
・・・」
「たとえ今のあいつが昔のあいつではなくなってしまったかもしれないけれど、オレにとっては大事な初めての友達だ」


 最初の電車の中で出会って、初めてできた友達で、魔法薬の練習に何度も付き合ってもらって、一緒に首席を目指したこともある。目ざとくて頭もまわるセブは、嫌なことがあるとすぐにオレを気遣ってくれた。無口で無愛想で不器用だから分かりにくいけれど、本当はすごく優しいところがあるんだ。

 だから、まだ間に合うんじゃないかって、思ってしまうオレは甘いのだろうか。


「・・・は、優しいわ」
「リリー・・・」
「私は、もう無理。自分に嘘はつけないわ。ねぇ、私の友達はね、誰も私とセブが仲良いことを理解できないのよ。そして―――私ももう、彼を理解できないの」


 涙を拭って首を振ったリリーは、どこか諦めたように笑った。





 *




 リリーが、セブに会いに行った。

 女子寮のベッドの上で、月の光を眺めながらオレはぼんやりと寝っ転がっていた。オレも行こうかと思ったけれど、なんとなく心の準備が出来なかった。本当に拒否られたらどうしようかと、なんだか怖かったのだ。


「あーあ・・・」


 オレ、こんなに弱虫だったっけ。

 誰かが傍に居ないこと、傍からいなくなることがこんなに怖くなるだなんて思わなかった。大切なものはとても簡単に消えてなくなってしまうことを知ってしまったから。
 メイファがクィディッチの練習で疲れ果てて、隣のベッドですやすやと寝息を立てている。その枕元に置かれている小さなテディ・ベアはこないだケイシュウから貰ったのだと嬉しそうに語ってくれた。いいなぁ、可愛いなぁ。

 こつん、という窓の音に、ごろりと体を移動させてそっちを見上げてオレは目を丸くした。そこには箒に乗ったジェームズが、セーターとジーパンだけのラフな格好で浮いていた。


「・・・何しに来たんだよ、ジェームズ」
「いやー・・・その」


 珍しく歯切れの悪い口調で、どこか気まずそうに視線を泳がせながら彼は言葉を探す。・・・正直、まだオレは少し怒ってて、ジェームズと顔を合わせたくは無かった。


「謝ろうと思ってさ。・・・その、あそこまでするつもりはなかったんだ」
「へえ?オレ、ずーっと言い続けてると思うんだけど、セブに手ェ出すなって。それに、謝るべきはオレじゃなくてセブにだろ」
「うん。わかってるさ、調子に乗りすぎたんだ。スネイプにも『やりすぎた』ってフクロウ便を出しておいたよ。読んでくれるかはわからないけど」


 すまなそうに目を伏せるジェームズを見て、オレは溜息をついた。


「・・・なあ、ジェームズ。なにがあったか聞いていいか?」
「え?」
「魔法の使いどころをわきまえてるだろ、お前は。なんであんなことをしたんだ?」
「・・・・・・」


 しばらく押し黙ったジェームズは、だけど観念したように両手を上げるとオレを見る。浮いていた箒の高度を下げると、オレと同じ目線まで降りてきた。


「本当は、シリウスから聞いた方がいいんだろうけどね。・・・、君の家族を殺したのがシリウスの親戚だってことは知っていたかい?」
「・・・!?」
「実際に手を下したのは『あの人』だったかもしれないけれど、襲撃に参加していたメンバーにね、いたそうなんだ。もちろん、シリウス自身は一切関与していない。そもそもあいつはもう縁切られてるからね。――で、それを――がシリウスと取っ組み合いになったあの日、大勢の前でスネイプに言われてしまったそうなんだ」


 数か月前の話だ。オレがセブとシリウスのケンカに割って入って、最終的にオレとシリウスの大喧嘩に発展したあの日。そういえばシリウスは一言もそんなこと話してくれなかった。やたらと機嫌が悪かったのは確かだけれど。


「それからも、同じようなことが何度かあってね。ちょっと頭にキテたのもあるんだ・・・あと、僕がリリーのことを好きなのは知ってるだろう?でもヤツは彼女にあることないこと吹き込むから少しうざったくて――いや、これは関係ないな。とにかく、君らとスネイプの間に亀裂を入れるつもりはなかったんだよ」


 ごめん、と頭を下げるジェームズは本当に反省しているようで、ぐしゃぐしゃの黒髪にも少し元気が無いように見えた。・・・うん。仕方ないなあ。


「いいよ、もう。分かったから。・・・なあ、ジェームズ」
「なんだい?」
「まだ、間に合うかなあ」
「ん?」


 闇の底へと引きずり込まれていく彼を、オレはまだ、止められるかなあ。












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