「ねぇシリウス、なんであのとき、の手を握ったんだい?」
「んあ?」


 あのとき、というのはが攫われて地下倉庫で発見されて、誰の声も届かないような姿で震えていた時のことだろう。ジェームズの問いに、オレは頭の後ろをかきながら返答を探す。


「去年のクリスマスに、オレの目の前に現れた時のあいつにそっくりだったんだよ。・・・そのときは、手を誰かに伸ばしたような格好で。それで・・・なんか」


 なんだかうまく言葉が見つからない。


「手を握ってやったらいいんじゃないかって、直感的に思った」


 へえそうか、と笑うジェームズの顔が何だかむかついて、とりあえず頭に一発食らわせておいた。





 113.





 OWL試験が近づく中、寮内は着々とぴりぴりとした不穏な空気を漂わせ始めた。ジェームズやシリウスは相変わらずいつもの通りなんだけれど、それが非常にムカつくってことを理解したのか、今回ばかりはおとなしい。


「ところでお前らはさ、進路どうすんの?」
「ん?あー・・・」


 机の上でクルクルとクラシック・バレエを踊りだした手鏡を無造作に掴んで、オレは魔法史のノートに目を流しながらつまらなそうにクルクルとペンを回し始めたシリウスに問いかける。すると薬草学の教科書からパッと顔を上げたジェームズが、物凄い笑顔で語り始めた。


「ところで聞いてくれよ!僕なんて、イングランドとスコットランドからクィディッチの公式チームからのスカウトが来ていたんだ!!パドルミア・ユナイテッドとプライド・オブ・ポーツリー!もう僕、嬉しくて仕方なくてどうしようかと思ったよ!!」
「あ、それオレも来てた。ホリヘッド・ハーピーズから」
「えぇ?そうなのかい?」


 オレの言葉に、ジェームズの覇気が収まり一気に沈み込んだ。手の中で相変わらず手鏡がじたばたと暴れる。教科書に突っ伏すジェームズを冷ややかな目で見ていたリーマスが、声をかける。


「で、ジェームズはクィディッチ選手になるの?」
「あー・・・いや、スカウトは来てたんだけどね。せっかくだけど断ろうと思って」
「え?ジェームズも?」
「も、ってことは・・・、君も辞退するのかい?」
「うん」


 闇祓いになりたいんだ、と続けるとジェームズは目を丸くした。一生懸命ノートを埋めていたピーターが、難しい顔をして首をかしげている。ちらりとそれを見たシリウスが何事か助言して、途端にぱぁっと明るい表情でピーターは再び羽ペンを動かし始めた。まるで兄弟だな、こいつら。


「奇遇だね、僕もだよ」
「えっ?マジで?」
「ね、パッドフット」
「・・・・・・・・・・」


 言うんじゃねえよ、とばかりに顔をしかめっつらにしたシリウスがジェームズを睨んだ。え?ジェームズもシリウスもなの?目を瞬かせていると、シリウスは諦めたように溜息をついた。


「まぁな、ほっとけ。ムーニー、お前は?」
「僕?僕は・・・うん」


 難しい顔をして首を傾げた後、リーマスはしばらく逡巡してから、躊躇いがちに口を開く。


「ウーン、僕は・・・ね、先生になりたいかなって」
「先生!?」


 声を張り上げたシリウスの後頭部を思わずぶん殴って、オレはリーマスを見た。すごく自信がなさそうに目を伏せる彼の肩をたたく。


「いいじゃん!ムーニー、すっげー似合うよ!」
「そっか、そういえば監督生だったね、ムーニー」


 合点がいったように頷くジェームズは、思い出したように笑った。そうだった、リーマスは監督生に選ばれているんだった。監督生に選ばれたって全く態度を改めないどころか、相変わらずオレたちの悪戯に参加しているのだからすっかり忘れていた。


「先生かあ。いいなあ、オレ、リーマスの授業受けたいな」
「ああ、是非とも魔法史あたりを教えてほしいぜ――――全くビンズの授業は眠気しか起こらないんだからな――――」
「考えてみるよ」


 シリウスの切実な呟きに、リーマスは苦笑する。それからピーターを見ると、考えすぎてプスプスと頭から湯気を出しそうな状態だ。大丈夫か、こいつ。


「ワームテール、お前は?」
「え?僕・・・?僕は・・・とりあえず、誰かのために働けたらいいなあ」
「具体的じゃねーなあ」
「普通、そんなものさ。僕らの年で明確に将来を見据えてるような人のほうが少ないよ」


 肩をすくめるジェームズは、杖を回すと羊皮紙に向けて何事か唱えて満足げに頷いた。そうだよなあ、仕事とか、そんなの、まだ全然わかんないよなあ。オレは溜息をつくと、手鏡にかけていた魔法を解いた。将来、オレたちはどうなっているんだろう。





 *




「レギュラス。もう謹慎は解かれたのか」
「ええ。心配かけてすみません。でも我が家の権力は強いですから」


 こともなげに言う後輩を見下ろして、僕は軽く鼻を鳴らした。それでも随分と長い謹慎期間だったが、それも仕方ないだろう。今回の騒動で、ブラック家を筆頭にいくつかの旧家が魔法省の立ち入り検査を受けた。それでも大して収穫は無かったらしいが。


「まあ、まだ機会はありますし。今回は僕らの計画が甘かった。『あの方』の逆鱗に触れなかったことが幸いです」


 不遜にそう言うレギュラスに、僕は沈黙で返す。あの日、の杖を取り返し、張り巡らされていた多くの罠を壊し、錠を開けたのは僕だ。当然、彼女を最初に見つけたのも僕だ。だけど。

 小さく震えるは今まで見たことのない姿で、なにも救えないでいたなか、聞こえてきた足音に思わず身をくらました。物陰から覗いていれば、思った通り、やってきたのはあいつらで。――――だけれど、ヤツらは、見事にを救い出した。


「・・・・・・」


 強くなりたかった。そのために、僕は。


「行くぞ、レギュラス」
「えっ?は、はい」










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