真っ暗で、なにも聞こえなくて、静かで、なんだか寒い。 ―――― だれかの呼ぶ声がする。 ――――・・・だよ ――――だいじょうぶだよ、 「・・・え?」 110. 「・・・・・・ここだね」 アッサール薬専門店。この怪しげな店は、ホグズミードの外れにありホッグズ・ヘッドから数件先に行ったところにある。一人の老人が切り盛りしているけれど、暗いし、埃っぽいし、不気味だし、基本的に誰もよりつかない。なにより、胡散臭い連中が出入りしていることもあって雰囲気も悪い。その窓からスネイプを目撃した僕を先頭に、僕らはドアの前に並んで一息ついた。 「あ、リリーとピーター、あとディゴリーはここに残ってくれないか?」 「え、どうして?」 「単純に店が狭いからだよ。それに、もしかしたらここに本当にを攫ったやつらがいたら、逃げられるかもしれないからね」 「・・・分かったわ」 渋々頷くリリー。まあ、本音は危ないかもしれないから、彼女にはついてきてほしくないだけなんだけど。ディゴリーは一応先輩だし、リリーとピーターを任せるよ、とこっそり彼に告げる。本当は僕がここに残りたいぐらいなんだけど、も気がかりだし。「分かった。を、頼む」・・・そういえばディゴリーはに気があるんだった。でも彼はそんなことを表情には出さずに真剣な顔で頷く。そして僕はリーマスとシリウスを振り返った。 「じゃあ、行こうか?」 「ああ」 リーマスの声に頷く。 ギィ、と開いたドアは重く、中に踏み込むとつんと強い薬草の香りがした。ぼそぼそと奥の方から話し声が聞こえてくる。そろりと近づいていく。 「しかし、思っていたより簡単に攫えたな。どこに放り込んであるんだ?」 「地下倉庫だ。杖も取り上げて、隣の部屋にあるから逃げられないだろう」 「・・・≪移動者≫だったら簡単に逃げられるんじゃないのか?」 「・・・・・・・・・それはそれで、ヤツが≪移動者≫の証明になるだろ。改めて捕まえればいい」 なるほど本当には彼らに攫われたらしい。見事なまでに足取りがつかめていたことに少し驚きながら、僕らは顔を見合わせ頷き合った。うわあ、シリウスがキレそうだ。・・・リーマスまで真っ黒なオーラを放ち始めている。何を隠そう僕だって怒ってるんだけどね!ということで、杖を握りしめ―――― ―――― 一気に踏み込んだ! 「なっ・・・!?」 「――――レギュラス!!」 「に、兄様!?」 突然の来訪者に驚き色を失くした彼らの中に、なるほどシリウスと似たような顔の少年がいた。彼がレギュラスくんだね?全部で4人かな。揃って少し幼い顔をしている―――おそらくみな4年生だろう。慌てて体勢を整える前に、僕らは一斉に叫んだ。 「「「Expelliarmus!!」」」 ガシャン!と薬草棚の瓶がはじけ飛び、杖が宙を舞う。綺麗に僕らの手の中に杖が収まり、丸腰になった彼らは一気に青ざめた。酷薄に笑うリーマスがへたり込む彼らの一人の胸ぐらを引き寄せて低い声を落とした。 「――――なにをしたか分かってる?」 「あ、あ・・・、あ」 「彼女は無事なんだね・・・?傷ひとつ付けてみろ、僕は貴様らを許さない」 静まり返る室内。シリウスのドスの聞いた声が響いた。 「レギュラス。・・・は無事なんだろうな」 「・・・兄様に・・・関係ない」 瞬間、レギュラスくんの顔の横で薬草瓶が爆発した。杖を向けたシリウスは、完全にプッツンキレた顔だ。やれやれと僕は首を振ってぐるりと室内を観察する。・・・っていうか、店主はどこいっちゃったんだい?こんなに騒いで出てこないなんておかしいじゃないか。 「何故こんなことをした。答えろ」 「・・・・・・」 再び爆発が起きる。唇を噛みしめるレギュラスくんと対照的に、お友達の3人は半分涙目だ。リーマスの威嚇にあてられて対抗する気も起きないらしい。ええっと、全員スリザリンだね。見たことがある。 「・・・兄様は、しらない」 「あぁ?」 「家を出た兄様は知らない。どうせ何も知らないから、そういうことが言えるんです。 ――――さんは無事ですよ。地下倉庫にいます」 「・・・・・・レギュラス。去年のクィディッチで、ブラッジャーに細工をしたのも、お前たちか」 返答はなかった。けれど彼はくつりと喉から笑い声を漏らす。その表情に逆上したシリウスが杖を振り上げる。 「ふざけるな!なんのためにそんな、」 「にいさまにはぜったいにわからない。 ・・・もう、いいです。早く迎えに行ってあげてください」 レギュラスくんの言葉に、ハッとしたリーマスが突然顔色を変え、瞬間、リーマスの杖から飛び出した縄が4人の体を縛り上げた。何事かと目を瞠る僕らを振り返り、彼は真剣な顔で口を開いた。 「まだ、中にいるみたいだよ。物音がした」 「物音?」 縛られた4人を置いて、僕らはリーマスの言う奥のほうへと足を進めた。彼女がいるのは地下倉庫らしいけれど、とそれらしい階段を見つけて降りていく。ギシリ、と板が軋む音がして危うく踏み抜きそうだ。シリウスもリーマスも先ほどまでの激昂を抑えて慎重だ。こんなところで暴れられない。 「地下・・・倉庫って、ここだね」 「ん?」 開いてる? 鍵は開いていて、少しだけ開いた扉。不審に思いながらも中を覗き込んだ。魔法の気配は無く、罠が張られている様子もない。ギギィ、と不格好な音が響いた。 「!」 それらしき姿が倉庫の奥、壁際で小さく丸まっているのを見つけて声を上げた。 でも、様子がおかしい。 「!?」 目をぎゅっと瞑ったまま、両腕で自らを抱きしめるような格好で、小さく縮こまったままなにも答えない。カタカタと小さく体は震えていて、僕らは息をのんだ。――――去年のクリスマスに突如として現れた恐慌状態のに、その姿はそっくりで。 去年その場にいなかったために彼女のこんな姿を見るのは初めてなリーマスが目を瞠る。呼んでもは答えない。小さく震え続ける彼女は、なにも答えない。話しかけるのをほんの数瞬、躊躇ったそのとき、動いたのはシリウスだった。 * 声が、聞こえる。 伸ばした手はだれも掴まなくて、みんなオレの前から消えてしまう。 空を掴むことがなによりも怖くて、逃げだした事実が突き刺さる。 だれも、オレの手は掴まない。 差し伸べたはずの手は何の意味も持たずに―――― 「オレがいるから」 「お前の手は、オレが絶対掴むから。絶対に離さないから、安心しろ」 だから、帰ろう。。 「・・・・・・シ、リウス・・・?」 気が付けば、目の前にシリウスの整った顔があった。呆然とした喉から声がこぼれて、その表情がほっとしたように緩む。顔をあげるとリーマスとジェームズまでもが心配そうな顔をしてオレを取り囲んでいた。 「・・・・・・え、オレ・・・へ?はあ?」 事態を把握できずに目を白黒させていると、無事でよかったとリーマスが安堵の声を漏らした。ふわりと笑うリーマスと、明るい声を張り上げるジェームズ。シリウスはシリウスで、深い深いため息を目の前でついた。え、ちょっと待ってよなにがどーなってんの。 「・・・お前、本当にふざけんなよ・・・」 「えっ?なに?オレなんかしたの?」 「心配させんなっつってんだよこの鳥頭!」 「痛ァ!?痛いってばなんなんだよシリウス!いだだだだ!」 容赦なく拳骨を落っことしてきたシリウスに、涙目で抗議の声を上げる。まだ頭が混乱中だ。えーっとえーっと、なんでこんな事態になってるんだ。誰か説明してくれ。 「まあいいじゃないか、無事だったんだから!」 「シリウス、もうその辺にして今度は僕に殴らせて」 「えっちょっとリーマスなにそれ物騒なんですケド」 リーマスがにこにこと笑いながら物騒な言葉を簡単に口にした。嫌だよ何言ってんの!怖ェよ!!何故か脱力して頭を抱えていたシリウスが、ようやく立ち上がった。引っ張られるようにしてオレもそのまま立ち上がる。 「怪我はないみたいだね?」 「う、うん。ありがとジェームズ」 頭の先からつま先までじっくりと見られてなんか気まずい気持ちになりながら、何故かジェームズは目を一瞬瞠ってからそう言った。なんで驚かれてるんだ。そんな気持ちが表情に出てたのか、ジェームズはカラカラと笑う。 「そういう格好してると女の子だね!」 「・・・・・・ああ」 薄い反応を返すとなんだつまらない、と唇を尖らせた。今日一日で結構な人数に驚かれたからもう恥ずかしくもなんともない。横で、興味なさそうにシリウスが頭をかいた。 「いいから、もう行こうぜ」 「そうだね。大丈夫かい、」 「え、うん」 「じゃあ、行こうか」 リーマスの一声で、オレたちは倉庫らしい場所を出て階段を上ろうとした――――そのとき、ようやくオレは違和感に気が付いた。 右手が、シリウスの左手に繋がれたままだ。 「・・・!?」 えっ、てゆーかいつから繋いでた!?慌てるオレの気配に気づいた3人が怪訝な視線を向けてくる。それを首を振ってなんでもない、と示して、オレは内心で物凄い大汗をかいていた。あまりにも動作が自然すぎて気づいてなかったけど!なんで手ェ繋いでるの! だけど、その手が何故だかすごく安心できて。 少しだけ、嬉しかったことは。 内緒、にしておこう。 ←BACK**NEXT→ 130315 |